私は貝になりたい
「貝を焼く網になる魔法ってない?」
手習いの一環として魔法を習い始めた私に父はそう尋ねてきました。
網くらいなら器用な父はさっさと作ってしまうのですが。
使い捨ての籠のような網を作るのはとても得意ですし。
「どうして? お父さん手先器用だし要らないでしょ」当時はまだ生意気盛りの私は父に少々冷たかったことを告白します。
「貝、美味しいもん。網になるの」父は網を作る魔法ではなく、自身が網になる魔法を所望している模様で。
「お父さん、貝食べられないよ。私食べちゃうよ」「もみゅぅ」
「じりじり焼かれて熱いかもだよ」「こまるねぇ」
セイザして首を左右にゆっくりふって戯れる彼に呆れる私。
「でも、お握りを焼くとおいしいんだよ」「へぇ」
「バターをつけてもいいし、ミソとかショーユってソースをつけてもいける」父は何かと博識です。ミソは存じませんが。
この幼児の姿をした男の子は私の父です。
私がもっともっと幼いときは体格がほぼ同じの私を背負って歩いてくれました。
私が幼いときはお兄さんのようにふるまってくれました。
私が子供の時は私がお姉さんぶっていました。
ある程度成長して、父が成長しない種族であるということを再認識したとき、私の心の隅を覆うのは彼と私の血のつながりが無いという、父もその友人も言わない事実でした。
反抗期を過ぎる少し前に本当に彼が私とは血のつながりがまったくない事実を知ります。
こんな小さくて、幼児にしか見えない彼はこれでも。この国一番の勇者様なのです。
今は、全身を呪詛でおおわれて傷口腐敗の術と戦っていますが。
私は彼の手のひらを握ろうとします。その指先はとても小さくて、頼りなくて。
「お父さん。しんじゃいや」その柔らかくて優しい掌は多くの魔物を傷つけてきたということは知識としては知っていますが実感のわかないことです。
私は。武術大会で木刀を振う。あるいは武者修行にて野の獣と不幸ながら遭遇した以上のことはしていません。
意思を持ち言葉を放つ生き物と戦ったことはありません。
だから、この私の台詞はとてもとても勝手で、わがままなのかもしれません。
それでも私は祈ります。父の意識が戻ることを。あの笑顔を明日も見ることができることを。




