お父さんがけがをしました
「ユースティティア様はご在宅ですか」
息せきかけてくる美しい女性はチーアさんのお付きである持祭様です。
チーアさん曰く、『高司祭様が年中監視している』とのこと。
チーアさんって昔のお師匠様を敬愛しているのですよね。
その方にとてもよく似ているそうです。
『もっとも、生真面目過ぎてやりにくい』そうですが、いつもお疲れ様です。
フィリアス・ミスリルです。父は先の大戦の英雄、ファルコ・ミスリル。
チーアさんとロー・アースさんと共にこの国を救った英雄。
突如乱暴に家のドアをノックされ、執事のラフィエルに通された彼女。
せっかくの母の話に水を差されて私はちょっと不機嫌でした。
「一応、告げておきますが今回は『ちーあさんはいません』とか言わないでくださいね」
息せきかけてきて乱れた神官服を直す暇も惜しまず妙に真面目な表情に嫌な予感がします。
「父上が。ファルコ様が」え。
「落ち着いてください。フィリアス様?!」おとうさん。
ぐらりと目の前が真っ暗になって、はながつんとして、目が熱くて。
正気を取り戻す奇跡を受けた私は、いち早く愛馬で駆け出したチーアさんを追う形で彼女と共に駆けていました。
「『氷の魔神』がまた蘇ったのです」
陰鬱な表情をして唇を噛みしめる持祭さん。
チーアさんは集中治療に入っており、今は手が離せないとのこと。
父への面会は謝絶されました。治癒の邪魔をしなくても他人が入っていくと治癒術を失敗しかねない状況だそうです。
血の臭いやどう考えても毒としか思えない悪臭。
回復術のみならぬ攻撃術や呪詛に似た力も感じます。
「蘇生術はユースティティア様といえどいまだ使えません」いつも口うるさいながらも敬虔な信徒での彼女が『私に少しでも高司祭様の助けを行う力があれば』と神に祈る。否呪う姿。
氷の魔神。その話は父も父の仲間も口が堅くて教えてくださいませんでした。
ただ、まだ幼かった私に父が泣き出しそうな顔をしたことだけは覚えています。
「治癒しても治癒しても傷口が壊死していく」
小康状態には入ったがと憔悴したチーアさんが説明。
「おそらく呪いの一種だが、解除に失敗した。呪いを解くには……身体の一部。髪の毛でもなんでもいいが……が必要だ」
苦々しい表情を見せる父の仲間たち。何かあったのでしょうか。
「フィリアス」はい?
いきなり肩を掴まれてロー・アースさんに問われます。
「俺たちは英雄でも、勇者でもないんだ」意味が解りません。
「俺たちは、俺たちのために武器を振ってきただけだ」
必然的に恨まれたり、呪われたりもしている。それくらいは理解できます。
「できたら、父親を信じてほしい。そしてそばにいてほしい」はい。
ロー・アースさんたちは『氷の魔神』を倒すためにまた旅に出ました。
傷ついたお父さんはとても小さくて、こんな身体を張ってたくさんの村人を逃がしたのかと私は。
「ばか」
私は。
泣きました。




