ミルクとジャムとお母さんと
『お父さんに』『ファルちゃんに』ご近所様がたから新鮮なミルクを頂きました。
フィリアス・ミスリルです。ローラ市国に住む十四歳淑女見習いです。
家畜飼料の保存を可能とした特別の要塞塔を持つローラは豊富な飼料を背景とし、優秀な軍馬や他国より大きい家畜が有名です。
濃厚なミルクはこの近辺の名物でとっても美味しいのですよ。
とはいえローラはやはり小国。
数でいえばやはり劣るのです。それでも食材としては群を抜いているとはチーアさんのお言葉。
「ふぃりあすだ」生意気そうな顔が私の足元に。
「ふぃりあす。ふぃりあす。ふぃりあす」「なによフェイスちゃん」「なによふぇいすちゃん」「真似しないでください」「真似しないでください」最後は仕草と声までそっくりでした。
この小柄な幼児は私の従姉妹に当たるのですが、面識はほとんどありません。
つまり早い話が私の伯父のピートの娘ということになります。
「いつもお世話になります」彼女の背に回ってあっかんべをするフェイスちゃんに軽く「めっ」と言っているのはピートさんの奥さんで人間の世界ではマイラさんと名乗っている方です。とっても美人さん。温和で素敵な方なのです。
とはいえ、結婚前のマイラさんは単独踏破を是とする凄腕遺跡荒らしとして有名だったそうで、荒くれはだしだったそうですが。
「いつも夫がお世話になっています」「世話になっているな。フィリアス。お礼だ」
んべっっと生意気なフェイスちゃんですが、見た目はさておき私と大差ない歳です。伯父の血筋だからでしょう。
「うちはミルクの仲介業をやっていますので、これはおすそ分けです」え?
私は先ほどご近所様から頂いた分に加え、またも大量のミルクを頂いてしまいました。
「おーい」
なんだ。ファルコはいないのか。
こういう時に限ってロー・アースさんたちが遊びにくるのですね。
神殿を抜け出してきたというチーアさんとロー・アースさんはお互いテーブルの対面で居心地悪そう。
「大変なんです。チーアさん。ミルクがあふれて腐っちゃいます」
私が泣きつくと高司祭様は『ひとにあげれば?』とおっしゃりますが曲がりなりにも留守を預かる身としては父に渡されたものを横から横には。
『無駄にしているわけではないし、人からひとへは神の意思』と諭されて納得です。
「とはいえ、ファルコにいいものを作ってやるか」
そういって神官服を投げ捨てると彼女は厨房に向かいます。
あとから神官服をもってロー・アースさんが続きます。
「これを煮詰めて甘蜜を加えてミルクのジャムにしてやるよ」そういって彼女は嬉しそうに笑います。
ミルクの。ジャムですか?
ちょっと想像。味が濃そう。
「お前の『おふくろ』に習った味だ。練乳っていうんだ」「……聞かせてください」
興味がないと言えば、嘘になりますから。
ぐつぐつとジャムとなるミルクを煮詰める香りと音。
やがて蜜が加えられてとろりとするそれをかき混ぜる手つき。
暖かい厨房の炎。薪を運ぶロー・アースさんとそれを受け取るチーアさん。
厨房の隅に座ります。甘く優しく濃厚な香りが私の口腔と肺腑を満たします。
やがてチーアさんとロー・アースさんのお話が始まりました。




