ミック先生と学校の先生
「それで、学校の先生に叱られたのですか」
「ひどいんです。もう思いっきり叱られた上に掃除当番なの!」
温和な笑みを浮かべる彼は長身にして美形。
ご近所の奥様方の評判は極めて良いのみならず名医でもあらせられます。
父の関係者はお医者さんの技能を持っている方が多いのです。
軍学や馬術を教えてくださるミック先生は私の父の旧友です。
「それにしてもファルコの将来の夢はおにぎりですか」「ああもう。すごく恥ずかしかったんだから?!」
優しくほほ笑むミック先生ですが、昔はすごく怖い人だったらしいのです。
無償同然でお医者さんをして、手習い教室を開いて近所の子供たちに慕われている今は全然そんな様子はうかがえませんが。
「昨日聞いたら『みのむし』だったわ」「兄上がアレですから」
人格者のミック先生をして『アレ』と言わしめる伯父は実はすごい人かもしれません。
「ファルコはつかみどころがないように見えてかなりいろいろ気遣いができる人材ですからね。意外と私でもわからない意図があるかもしれません」「すっごく仲がいいのにミック先生でもわからないんだ」ちょっと意外です。
彼のほほえみは女の子なら胸が動かないことはないと断言できるほど魅力的なのですが、残念なことに私は日常的に彼の教えを受けていた身ですので『そういうものなんだろうな』と言う認識にとどまっています。
「ええ。人の心はわからないからこそ人はお互いを尊重し合うものです。ゆえに傷つけあってしまうこともあるのですが」
そういうミック先生はエルフの血筋に漏れず、額を合わせれば相手の心がわかる力を持っています。
後日、学校の先生に私たちはあの作文の内容について謝罪を受けました。
ミック先生の家に『生徒に変なことをたびたび吹き込むのはやめてほしい』と言いに行ってお互い話し合った結果間違っていたのは自分だったとのことでした。
学校の先生だって生徒想いでやさしい先生なのです。
悪意なんて全然ないし、若くて少々暴走気味なことは存じているのです。
「あの素敵なかたはどうして独身なのですか」
それでも、最後に先生が放ったセリフについては、聞かなかったほうが私たちには幸せだったと思います。
先生の瞳は恋する乙女のそれでした。
知らないほうが尊敬できることって。ありますよね。
うちの父なんて特に。
本当はみんな尊敬しているし、大好きだよ?
フィリアス・ミスリルです。
城塞都市国家ローラに住む13歳です。
額を合わせて心を知る能力はありませんが、他人の悪意はわかってしまいます。
これは私だけの内緒なのです。
あ、父にはばれているかもしれません。
知っていてほしいなぁ。これって矛盾していますよね。




