みなさん『セイザ』です
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
その言葉に反してラフィエルの瞳は氷のように冷たく。
フィリアス・ミスリルです。城塞都市ローラ市国に住まう13歳です。
「お嬢様が男のご学友たちを追い回す程度にお転婆なのはもともとでしたからよしとしましょう」それってどういう意味でしょうかラフィエル?! 学友がお父さんを苛めるからです!
「に、してもです」『証拠物件』と張り紙が貼られた樽に彼の視線が注がれます。
「週末の各大通りの大会で準優勝をかっさらう12歳にどなたが育てましたか?!」
あ。怒ってますねラフィエル。私までセイザです。
セイザというのは東方の拷問みたいなものですが、父は礼法のために普段からこの姿勢をしていたりします。
「あ……その。あのぅ」エフィーさ……ちゃんの視線が私に向いて。
「一応。本人の希望に副ってだな」ロー・アースさんが続けます。
「『魔剣士』の二刀流とそれをもしのぐと言われる実力の妹の二刀流をかわし続ける。素晴らしい『護身術』ですね」そういえば明らかにやりすぎかも。
「家中に大穴を開ける罠術を教えた我が家主の兄上はさておき」ラフィエルにしては珍しく伯父は見事なお仕置きを受けて現在冬空の下『みのむしごっこ』をして遊んでいます。
「ぶらーん。ぶらーん。いいだろフィリアス。意外と快適だぞ」窓の外から逆さづりで言わないでください。伯父のことですからいつでも逃げられるのでしょうけど。
まぁうちの父の関係者は皆が皆優秀で変人揃いですから。私が言うことではありませんが。
「軍学は論理的思考を得るために必要ですから頼みましたが、馬術はやりすぎです。馬に乗りながら矢を放ったり、走る馬の背に立つなど趣味と言える範囲を超えていますよね。ユースティティア高司祭。『くらくきらめくいどのそこ』殿。
どうして料理の授業が馬の授業になっているのかご説明を願います」
「『馳走』っていうだけあって、美味い飯を食うには食材集めが重要」チーアさんはあっさりそうおっしゃます。
最近でこそ弓を取りませんが彼女はもともと狩人だったのでなおさらですね。
「いつの間にか商人もかくやの複式簿記技術や算術もできるようになっていましたし」
アキさんはべっと舌を出して見せます。ラフィエルの背中側にいらっしゃるからですが。
それのみではなく、給仕娘の真似事を当家のお嬢様に仕込むとはとぷりぷり怒るラフィエル。
私が近所の定食屋でこっそりアルバイトをしていたのがばれたのです。
「化粧が妙にうまくなるのは兄上の指導として、『男を引っかける蠱惑的な行動術』という淫猥な本を与えたあなたは大いに反省してほしいところです」「いいじゃないラフィエル。禿げるわよ」
ロン……ローズさん。ラフィエルは怒らせないほうがいいですよ。
大柄で筋肉質ですが相応の胸を持つ美女はへらへら笑っています。
真面目にすればちゃんと彼女は淑女で通るのですよ。『彼女』と呼ぶには少々疑問ですが。
あ。もう怒ってる。ラフィエルの長い髪がバチバチと雷気を帯びだしました。
「『かがやくかみのむすめ』殿は少々手習いの範囲を超えていると思わなかったのでしょうか」
リンスさんはエルフです。『手習い』という言葉は理解できないと思います。
それに父と伯父の一族は語学堪能です。私が認識しているだけでも各国共通語、古代魔道帝国語、東方辺境語にエルフ語ドワーフ語。ケンタウリ語や巨人語といった『古き種族』の言葉。鳥妖語や餓鬼族語といったマイナーな魔物の言葉などなどを現地住人もかくやのレベルで自在に操ります。
その娘である私もそのレベルで修めるのが普通と思っていました。
ええ。『少々』私が魔道や精霊の力を使えるのは便利だったからです。
「手習いの限度をなんだと思っているのですかッ?! 優秀すぎて婚約者たちも逃げていきます! お嬢様の婚期を逃すつもりですか皆さまはッ?! それとも何でしょうか。どこかの大国の王妃にでも育てるつもりですかッ?! このままでは当家の翻意を疑われてもおかしくないのですよッ?!」
大量に届いた『恋文』を握りしめてラフィエルは怒鳴ります。
各国王族貴族からの妾に寄越せという要請。竜大公様の縁者の恋文。
ドワーフ王族からの恋文などなどはこの一年間に起きた事件によるもので多くは父のせいなのですがそのへんはさすがのラフィエルも口にしません。
「あ?!」「こほん」
あ。チーアさんアキさんが怒った……これは危ないかも。
びりびりする空気を感じながらも私は皆さんと連座で座っていました。そこに。
「え? 俺はてっきりラフィエル。お前がフィリアスと結婚する気だと」ロー・アースさんはいつもの『何言ってるんだお前』な口調で告げます。
「え?」「えっと」私たちは思わず視線を交わしあい。
「え? ラフィエルさんってそうだと思ってた。ちっちゃいころからそうだったし。雨の日も傘をささずに傘が濡れるからって傘を抱いてフィリアスちゃんの帰りを待ってたり」エフィーちゃん。懐かしいですね。
「違ったのか」「そうなんだ。あんまりにも仲がいいから」「執事とその家の娘というには仲が良すぎるわよね」「どっちも妖精族だし良いんじゃない?」「事例はないけど『りんす』応援する」「『妹』の意思は尊重しましょう」
えっと。うーんっと。あいまいに笑う私に頬を一気に赤らめる彼。
「みなさんセイザですッ?! セイザッ?! 今日は言いたいことをすべて言わせていただきますよッ?!」
ぼけーっと座っていた父はこの国の救国の英雄です。
とはいえ、見た目は幼児のそれなのですが。
そんな愛らしい彼ですが怒った時の迫力を知っている者は少ないのです。
当然ですよね。この容姿で凄んでもかわいいだけです。普通なら。ええ。
もっとも、この場にいる全員は彼が本気で怒った時の迫力を知っているわけですが。ええ。
「らふぃえる」「はい。旦那様」
「詳細」「誤解です!?」
父の目は明らかに座っていました。
私の名前はフィリアス・ミスリル。
父の名前はファルコ・ミスリル。
私たちの親子仲は。ちょっと良い。
その間にたつうちの執事が誤解を受けるのは、ちょっと楽しいかもしれません。
そうね。その可能性も考えてあげてもいいかなぁ。ラフィエル。
お父さんからの質問にちゃんと答えることができたら。ですけど。
できなかったら口きいてあげないけど。ええ。
「で、ですから私はお父上のミリオン様から当家を任され」「ほうほう」
私は、あなたの心配に反して貰い手には困っていませんからね。
『その気』ならばまず父にちゃんと相応の答えを出してくださいね。
とはいえ、ちょっと旗色が悪いようですけど。
べ~。だ。ふん。




