はんこーきなのです
「ふぃりあすが怖い」
ずずんと落ち込む少年を仲間たちははやし立てる。
最近皆出世してしまって昔通りの気ままな冒険者とはいかなくなってしまった。
一人はエルフ王として滅びゆく種族の改革をめざし、一人は彼を別のエルフの村で支える長老。否、賢者と呼ばれている。
さらに一人は性別すら変わってしまい、一人つつましく暮らしているが剣の腕前は昔以上と評判である。
「いつも通りなんだが」「そのいつもどおりが怖いのです」ファルコはそう告げる。
高司祭を名乗る女性はここでは長い髪を縛り、男性のような恰好をしている。
魔剣士と恐れられる青年は相棒が頭に抱き着くままにしているが少々重そうだ。
「反抗期なんだよ。反抗期」「ううう」
きにすんなとつぶやく黒髪の神官女性に涙目の少年。ただし本当は成人済み。
「印章の痕」「それははんこだ」
ちゃんと子育てできているんだから不思議ですよね。
誰彼ともなくつぶやいて彼らは街道を踏みしめ、目的の場所に向かう。
「サワタリだったっけ? あの子かわいいわよねぇ」げんなりとする仲間たちにその大柄な女性はにっこり。
「あら。他意はないわよ。ね。ローちゃん」「……ローちゃん言うな」
体格に応じた巨大な乳房を押し付ける女性に辟易する剣士。
鎧越しとはいえ女性の体臭は届く。その甘い芳香は別に香水によるものではない。
「ふぃりあすちゃんもそうだけど、ああいう子って危ういわ」
間違っているかどうか。
本当はあっているかどうか。
社会や大人たちに歯向かって自分なりの結論を出すべき時に誰よりも強い力を持ってしまう。
そしてその力は己の意思とかかわりなく利用される。これでは健全とは言えないと続ける彼女に「お前のどこが健全だ」と悪態をつく剣士。
長身の半妖精の青年はその様子にほほ笑むと愛馬の鬣を軽くなでる。
「このクッキー美味いな。ミリアさんに焼いてもらったのか」「ふぃりあす」
上達したなぁ。今すっごく美人さんになってるんだろうな。
「ろう。娘はあげない」「どうしてそうなる」
今のうちから結婚式で泣く準備ですかとあきれる半妖精の青年の長い脚をぽかぽかたたくファルコ。
「サワタリか。あの子には俺たちができることをやってあげないとなぁ」「歳だね。やだね」
ファルコがあきれる中、皆は恵心したようにほほ笑む。
「あ、空にきれいな鳥が飛んでる」「懐かしいな」「ふぃりあさんにあたときみたい」
子供のようにはしゃぐ六人の冒険者を青い青い空が見守ってる。
青い瞳に銀の髪のエルフの賢者が渡り鳥と思しき鳥に『手を振る』と鳥たちは大きく翼をはためかせてそれに応じた。
優しい風が彼らの鼻腔を刺激し、街の香りが近づく。
街道の敷石はブーツを押し上げるけど不愉快ではない。
旅は続く。誰かと出会い。また笑って泣いて喜ぶために。
誰かの待つあの家に戻るために。




