エピローグ。旅立ちの日
「行ってきます。ラフィエル。お弁当は大目に入れてくれた?」「もちろんです。お嬢様」「ふぃりあすちゃ~ん! 早く早く!!」
もうっ。エフィーちゃんったら。
私は彼女に見せつけるように。いえ、見せつける気全開で父を抱きしめてその頬に唇を落としました。
ぶうと頬を膨らませるエフィーちゃんですが、今日だけは何も言いません。
しばらく会えませんからね。しっかり感触を味わっておくのです。
一緒に抱き着かれている伯父に至っては不満だらけの模様。
「こんなろ。離せふぃりあす」「だ~め」えへへ。
「お嬢様。幾度も申しあげますが」「大丈夫とは言わないけど、大丈夫!」
私は、エフィーちゃんたちと旅立ちます。
このおうちに戻ってくることはあまりないかもしれません。
「ラフィエル」「はい。お嬢様」
「かように立派に。ラフィエルは感激で。……目が見えません」
旅立つ今の私と幼いころの思い出を重ねて感激を抑えつつ、まじめそうに立つ彼に悪戯心を起こした私。
「目を閉じて」「はい?」「いいから」
わずかに触れる彼の吐息。
私は彼の唇のすぐそばに軽く唇を落としました。
「な、なっ?!」
大慌ての彼。
顔を真っ赤にしているエフィーちゃん。相変わらずウブですね。
きーきーと説教をはじめる逃亡高司祭。
そふぃあちゃん。ここで騒ぐと神殿のみんなに見つかるわよ。えへへ。
「あっかんべー!」
舌を出してラフィエルに背を向ける私。
やっちゃった。唇は無理だったな。恥ずかしいもの。
上気する頬を誤魔化すように歩く私。
うん。地面を歩くのは良いです。空も悪くはないですけれど。
私の足取りの先にはリンスさんのお弟子さんのエルフの青年たち。
「お父さん! いってくるね! おじさん、悪さしちゃだめだよ!」
その後、父は完全に引退しました。
最近は荒野に煉瓦の一軒家を建てて餓鬼族や犬頭鬼たちと畑を耕しています。
傑作なのはそのおうちに『ぼくのおしろ』と書いた表札があることです。
なんでも自分の国が欲しくなったらしいのです。
長い月日と封印と封印人格の力で沢渡さんが人の心を取り戻す日。
そうなったとき、禍根無く迎えに行けるように。
封印の村がその日まで穏やかに暮らせる地であるようにと。
伯父ですか。
フェイロンさんともども時々悪評を耳にします。
二人とも本当はもっともっとステキなんですよ。
もし、もっと背が高くて未婚だったら。なんてね!
ラフィエルとは今でも書をやりとりしています。
え。恋文? ないない。あり得ません。
よくわからないのは父の同族たちです。
アルダスさんは封印の村で沢渡さんの番人をするとか。
あそこは人の足が勝手に遠のくらしいのでゆっくり過ごすには良いかもしれません。
ほかのひとたちは、大店であるカント商会の連絡網を通じて行方はわかるのですが、ポチとタマと遊んでいるとか、どこかまたふっとばしてもめたとかいろいろどうしようもない報告ばかりで平和の限りです。
あ、そうそう。父の知り合いの未婚の方々は結婚しましたよ。
ここでは詳細は触れないことにしておきましょう。
旅をするのは良いものです。
一人旅も楽しいですが、気の合う友達となら尚更。
それが生死を共にする戦友ならばこれほど心強いことはありません。
岩を踏みしめるサンダルの感触。
夏の風に触れて乾く汗。身を切る冬の雪の痛さ。
春の花々の香り、秋の農村のにおい。
雨宿りに駆け込んだ洞窟で聞く雨音。晴れの日にみなと歌う旅の歌。
夕焼けを眺めながら一日の終わりに感謝して、朝明けとともに目を覚まして。
各地で口にする美味しい食べ物。旅行中に急きこんで食べる美味しくない保存食。
そして。
お・さ・け♪
「この野郎! 名を名乗れ! ぶっ殺してやる?!」あら。お言葉。
がたんと蹴飛ばされるテーブル。
ここぞと賭けを始める胴元、アップテンポの曲に切り替える吟遊詩人。
テーブルと椅子を瞬時に組み上げバリケードにして、てんやわんやと煽りだすお客さんたちに頭を抱える店主さん。
「私は見なかったことに」「そのセリフ、聞かなかったことにするわ。そふぃあちゃん」
テーブルの下に長身を隠そうとする司祭を引きずり出すエフィーちゃん。
別に名乗る必要はないのですが、聞かれた以上は答える必要があります。
「『夢を追う者たち』と人は言うわね」
その言葉を聞いて、給仕の女の子に悪戯をしようとしていた男は顔を青くさせます。
「ま、まさか二代目の?! ということはその酒癖?! 『翼の悪魔』か!!」「……」
軽く窘めるのみのはずでしたが。少々、教育的指導が必要ですね。
あ、そのレート変更は無効ですから。胴元さん。理解していますよね?
私たちの財産全額10倍プッシュでお願いします。
「負けたら性奴隷じゃないですか!」
そふぃあちゃんがいるから大丈夫。
おお。強い強い。さすがソフィアちゃん。
一人で王城を攻めるだけのことはありますね。
「あれは無我夢中で、神の奇跡です」
その神様は彼女の奉じる『女神』でも慈愛の女神でもなく、きっと邪神に違いありません。
あら。うちの男ども、ドン引きして戦いに参加していませんね。
あとで折檻もしくは掛け金マイナスの刑です。
……。
……。
私たちは旅立ちました。
父たちができなかったことを成すためといえば聞こえはいいのですが、『なんとなく』が最も適切な理由だと思います。
私たちは知っています。夢を追う者達に不可能はないと。
夢を継ぐ者たちがいるから、人は無限の力を持つのだと。
後の無責任な歴史家はこう記しています。
父、『真銀の隼』ファルコ・ミスリルには幾多の功績がありますが、最大の功績は『黄金の鷹』と後に呼ばれる娘を育てたことだと。
エルフの彼が記した『隼が鷹を産んだ』とは、私たちのことをさしているのですが最近の意味は異なるそうですよ。
『乙女の涙が大地を濡らすとき おせっかいな冒険者たちがしゃしゃり出るッ 大地枯れ葉て天が泣き 涙の海が世界を覆って絶望の闇が広がろうと、このお人よしどもは怯まない 悪党は問う! 剣を振りかざし天に叫ぶその者たちの名前は!』
私たちは一斉に剣を抜き、名乗りをあげます。
「「「「「「二代目『夢を追う者たち』。只今参上!」」」」」」
私の名前はフィリアス・ミスリルと申します。
ローラ王国出身の冒険者。英雄と人は呼びますけど、それは嘘。
私にとっての英雄はたったひとり。私のお父さん。
あ、おじさんとラフィエルは別ですよ。
お父さんの名前はファルコ・ミスリル。
私の素敵なお父さんは『勇者』さま。
私たちの親子仲は、とても良い。
~ お父さんは『勇者』さま Fin ~




