四人目の家族
私の名前はフィリアス・ミスリルと申します。
ローラ王国に住まう16歳淑女見習い。と言いたいのですがその。
剣タコだらけの掌でそう名乗るのは少々厚かましいですよね。
もっともこの国では剣も淑女の嗜みの一つとして認知されていますが。
「お嬢様。今宵は腕によりをかけて作りました」
私は礼儀に則り、優雅に食事をはじめます。
横から私の好物を狙って掏摸とるいたずら者などいませんからね。
……あら。
「はふはふ。もぐもぐ。おいしー!」「旦那様。苦言を申し上げます。少しはお嬢様を見習ってください」
「だっておいしいもの。ラフィエルも座るのの」「私は主人と席を同じには」
"がたがたいわずにさっさと座れ。僕はその異母兄上だ"とか言い出す人はいないのでお父さんは不承不承『いつも通り』ラフィエルの言葉を受け入れ、少し大人しくなりました。
なんだろう。
いつもお父さんとラフィエルと食べていたよね。
お父さんがいないときはラフィエルと。
私の視線はシチューの中のベーコンに。
街に帰ってきてからも残るこの胸の空虚さはなんでしょう。
一人旅にだって慣れたはずなのに。寂しいなんて今更感じるはずはないのに。
「お父さん」「みゅ」
ぱくぱく。
つぶらな瞳は食べ物に。匙はせわしなく。
いつもの父です。あれだけの大冒険を終えていつも過ぎるのですが。
なんだろう。ご飯のときひどいとかなんとか言ってた気がするけど。
私、お父さんにご飯時に悪戯なんてしていないわよね。今まで。
清潔に洗濯されたテーブルクロス。
それは大きな白い布を惜しげなく使った貧乏なうちには珍しい。
「ラフィエル」「はい」
「うちにこんなテーブルクロスあったかしら」「私めがお仕えしている時から」
あれ。
誰かが汚してしまって、レース編みのテーブルクロスにしなかったっけ。
「十本指で編んだレース編みのテーブルクロスだったような」「お言葉ですがかほどに器用な方がそうそういらっしゃることはないかと」
ろうそくの明かりが美味しそうに食べ物を照らします。
誰かがテーブルクロスを引っこ抜いて遊んだうえ、勢い余って破ったりしなければとても素敵な戦勝の宴に。
わたしの。となり。
古ぼけた小さな赤子が使うような椅子がありました。
来客用にしては使い込まれている気がします。
お父さんの近くにある席ふたつも同じ。
「なぜかしら。胸が痛い」
おろおろするラフィエルに『大丈夫』と告げる私。
もう寂しくなることなんてないし、父の冒険を待つこともないのです。
これからは父の冒険についていくことだって。父は嫌がりますが。
でも、でも。この大事なものが二度と帰ってこない寂しさはなんなのかしら。
「あ、そうだ」
おとうさんがぽんと手を叩きました。
ラフィエルが叱るのもきかずに両腕でテーブルにぶら下がってご飯を食べていた彼はあっさりテーブルから滑落。
一緒に巻き込まれたテーブルクロスの上の料理が。
ひょいひょい。
「ファルコ。ききいっぱつ」「もきゅ」
突如テーブルの上に姿を現したぼさぼさ頭の黒髪の幼児はそういって笑います。
あり得ないほどの量のごはんの入ったお皿を器用にこぼさず抱えて。
え。浮浪者の子供? でも身なりが。
「『初めまして』。僕はミリオン。フィリアス。君の祖父さ」
えええっ?! 私に祖父がいるなんて?!
それもこんな可愛らしい子がっ。
とはいえ、父の同族でしたら相応の歳ですよね。
「もう?! ブーツで破いたわね? ミリオン!」
ぷんすか怒る可愛らしい女の子は5歳ほど。
父と同じ栗色の綺麗な長い髪。意外と優雅に食事をする姿。
と、言うよりいつの間に私の皿を取ったのでしょう。
「テーブルクロスはまた編んであげるわ。フィリアス」
そういって可愛らしくほほ笑む幼女は私の祖母と名乗りました。
「アップルお姉ちゃんって呼んでね!」「は、はい」
お父さん。
お客様が来るならちゃんと言わないと。
ラフィエルだって困るんだよ。
ほら、ラフィエルが困惑しているじゃない。
あれ。
私は四人の瞳をじっと見つめます。
祖父母は間違いなく私の父に酷似した顔をした幼児幼女ですが。
「もう一人。とか言わないよね。目つきの悪くて態度のデカい子とか呼んでいないよね」
そのような方はお呼びしておりませんが。
ラフィエルの言葉を信じます。確かに呼ばれなくても来るでしょうし。
あれ。
『よーしよし。ふぃりあすいいこだねんねしな』
誰かが慰めてくれたときの声。私の隣の古ぼけた席。
『あ~もう。どうしてこのこは哲学てきなことをいうのかね。小難しいことをいってたらだいじなことを忘れるぞってね』
こんな失礼な言い方をうちの執事はするはずがありませんし。
夢でも見たのかな。
「おーい。ふぁるこひさしぶり」「あ。なにもしないひとだ」
手を振って食堂に入ってきた帽子をかぶった幼児は肩を落としてがっくり。
「兄貴分の僕によくまぁ失礼な口を叩くね」「ほーりぃ。座るのの」
「お久しぶりです。兄さん」「らしぇーば!」「ラシューバです。義兄弟の名前くらい覚えてください」
「よっ! 元気かファルコ!」「ふぇいろんのおじちゃん」「こら、ぼくはピチピチの四歳だ。そこのところ間違えるな」「何百年も生きているのに」
次々と姿を現す父の同族たちに我が家のごちそうは危機的状況です。
親しげに言葉を交わす父の同族たちと父。心なしか皆の表情がさえないのはなぜでしょう。
「ね。ラフィエル」「はい」
「この席、どうしてあるの?」「……」
戸惑う執事。いまだ誰も座らぬ私の隣の席。
幼児が座るための足の長い椅子はとても使い込まれています。
まるでつい先日まで誰かが座っていたかのように。
ふと。私の膝の上に重みを感じて私は飛び上がります。
勢い余って膝の上に乗っていた何者かが頭を強くテーブルに打ち付け、私の皿を奪って食べていたらしく、その皿からこぼれた食べ物が白いテーブルクロスを汚しました。
「いってぇなぁ?! なにするのっ?!」「な、な、なにこのセクハラガキっ?!」
額をさすりながら、ツリ目の態度の悪そうな子がニヤリ。
ちちちと口で言いながら指を左右に動かし、尊大に胸を張ります。
もっとも、まったくもって威厳はないのですが。
「ああ、初めまして」
彼は大袈裟なポーズを決めて一礼。
それより、その頭に巻いたターバンもどきの汚い布は室内では取ってほし……。
「ぼくはキミの偉大なる伯父だ。もっとも母親は違うがね」
一瞬、アップルさんの瞳が鬼みたいになってミリオンさんがしゅんとしています。
あきれるお父さんに泣き出しそうな眼を向けるミリオンさん。不貞なのですか。
「ううん。僕らは気に入った相手と子供を作ったら家族を解散したりするから」
祖父の弁護を行う彼はイジワルそうに笑っています。
この笑み。この笑み。この笑み。
「ぼくの名前はね」
喉が痛いほど震えています。
こつん。私の脚が何かに当たりました。
私が座っていた椅子。背後に回した視線。その端にふるぼけた子供用のいす。
目の前にいるツリ目の男の子。この子。
このひと。この方は。
「ぴーと・ふぉん・あいすふぁるしおん……。ミスリルシールド?」「お、一発で言えた。オマエ凄いな」
偉そうにふんぞり返る彼を見て、私の瞳から一気に熱いものが迸りだしました。
え。なぜですか。なぜ。なぜ。なぜだろう。
「こら、泣く奴があるか」
そういって私を支える小さな幼児、なぜか気づかないふりをする父。
「これからはちょくちょく遊びにきてやるからな~。感謝しろ。思い出なんて後からいくらでも作れるからな~」
彼を抱きしめて自分でもなぜかわからないまま大泣きを続ける私に、彼はそういって笑いました。
「ぴーと。ぼく」「兄貴なめんな。これくらいらくしょー」
悪戯気に笑う彼は謎の言葉を告げます。
「おかげで娘と関係改善したからな」「ぴーとにーちゃん。情けない……」
がっくりと肩を落とす父に尊大に笑う伯父。
涙の理由はわかりません。
でも、胸のぽっかり空いた大穴はいつの間にか完全にふさがっていました。
私の名前はフィリアス・ミスリルと申します。
お父さんの名前はファルコ・ミスリルと申します。
ローラ王国にてかつての暮らしを取り戻した私たち。
私の日記帳には不思議な記述がたくさんあります。
今日初めて会ったはずの伯父や祖父母。父の同族の思い出話が。
神の剣を振るう古の英雄たる小さな子供のお話が。
これから始まる、これから私が書き記していくであろう余白。
私たちの物語が。




