神の刃
アルダスさんが教えてくれました。
一族に伝わる秘宝はみっつあり。
『剣』『鎧』『盾』。
フィリアス・ミスリルと申します。ローラ市国出身の15歳です。
父。ファルコ・ミスリルの一族は三つの氏族に別れ、各々は剣、鎧、盾を名乗ります。
『剣』
神の剣はこの世界に本当の奇跡を呼ぶ。
運命操作と記憶改変と認識されていますがそれは違うようです。
記憶どころか、すべてが『なかったこと』になります。
喜びどころか悲しみも、怒りも苦しみも奪う神はなんと貪欲なのでしょう。
いえ。それこそが救いなのかもしれません。
どのみち愚かな私たちに神の意志など解るはずもないのです。
『神剣』は縁の強い同族が使えば使うほど効果を発揮します。
この剣が振るわれれば、サワタリを倒すのみならず、ローラに起きた災厄も、私と父の出会う切っ掛けとなった有翼人の村の滅亡もすべて。
無かったことになります。
私は、有翼人の村で父母とともに空に舞い、楽器を奏でて笑っているはずです。
ロー・アースさんたちは『五人で』冒険の旅を続けていくことでしょう。
愛し合い、想い合う力が強ければ強いほどかの剣は力を発揮し、そしてその記憶を奪い取るのです。
つまり使用者と愛するモノたちの縁が強ければ強いほど効果を発揮するかの剣は使用者の記憶と居たという事実をこの世から奪い去ります。
そして父は、父たちは。
同族たちとまた旅に出るのです。
今回『神の刃』を振るう条件が最も整っている同族は私の父であったファルコ・ミスリルなのです。
卑怯ですよね。かえれとか迷惑をかけたくないとか言って。
反発するのがわかっているでしょう。
だって、父を愛しているのですから。
街のみんなにしても同じです。
父はいじめっ子を一人も叩いたりしませんでした。
皆父を見るとニコニコ笑い、帰宅を喜び、私が待っていたとけしかけるのだそうです。
家には小うるさい執事が食事を用意して待っています。
その苦言だって、彼を愛するゆえです。
ミスリルでできた刃の鞘を引き抜き、赤いオリハルコンの本体を取り出した父は大声で叫びます。
「リュウェインーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
それは、かつてのアルダスさんの友達の名前だったそうです。
『神の刃』の発動の言葉になぜ選んだのか。そのあたりは聞くことができませんでした。
お父さん。その剣のために私を利用したのですか。
愛も勇気も優しさも。その剣のためだったの。
サワタリさんを助けるため。それとも。
だめです。剣の刃は私の記憶を、存在を変えていきます。
こうあれば幸せである。こうあれと。
楽しく笑い合う有翼人の村のみんなの光景。
光り輝く刃を通して見えます。
無理やり変えられた運命が戻っていくさまを。
お父さんとの記憶と歴史が消される苦しみと悲しさ。
本当の両親との新たな記憶と歴史を取り戻す喜びの狭間。
光り輝く刃。
うたうみんな。消え去る想い出。
お父さんが砂遊びをしています。
「それはねぇ。せりーぐと」なんといったでしょう。
「娘よ。それは愚かゆえにだ」そうでしたっけ。
「あのね。ふぃりあす。ひとが泣くのはね」どうでしたっけ。
「私の可愛い娘。それはね」
そっと私の背を押す柔らかな手のひらに振り返ると。
フィリアお母さんがいました。エアリスお父さんがいました。
彼女は、彼は笑っていました。ちょっとだけ寂しそうに。
『運命ですら風の妖精たる我ら翼の民を縛りきることは出来ないわ』
『翼を伸ばせ。わが娘よ。己の心の翼を。悲しき運命を打ち砕け』
「また笑って泣くために、人は涙を流すのよ」
『お父さん。どうして人は涙を流すの』『それはねぇ。また泣くためなんだよ』
私は有翼人の村を駆け出します。
お父さんのわきをすり抜け、お母さんの微笑みに背を向けて。
翼を大きく広げ、大地を蹴って、涙を振り払って。
ごめんね。二人とも。
私はわがままで、おてんばで。有翼人らしくなくて。
「「娘よ。私の愛しい女の子。ニンゲンらしく。人間のように生きろ」」
二人の言葉。守ります。
「お父さん!!」
私は、私は私は。
「ふぃりあす?」
彼が握る『神の剣』。
その腕を取り、私は叫びます。
涙なんて出ません。もう決めました。
胸なんてときめきません。わかっていたことですから。
手なんて震えません。覚悟は決めました。
笑顔を振り絞って、また泣くために。
そのためには、彼が必要なのです。
「私も、私もッ。お父さんだけみんなの記憶から、歴史から、存在から消えるなんて許さない! 私も。私も連れて行って!!!!!」
私の名前はフィリアス・ミスリルと申します。
父の名前はファルコ・ミスリルと申します。
運命だって。神様だって。
私たちの仲を引き裂くことなど許しません。




