神の手のひら
あちこち千切れた翼を広げ、『サワタリ』は飛ぶ。
雲の谷間に目指す都を見出し、ほくそ笑む。
やっと取り戻した幸せを奪われる口惜しさ。
哀しさを乗り越えようとしたときに襲い掛かる絶望を見てみたい。
『むかし。むかし。そんごくうという猿の魔物がいたの。
彼は地上のみならず天の世界でも暴れて暴れて暴れたの』
誰の声。
久しく忘れていた。
人間だったころの自らの声を。
『どうして泣くのよフィリアスちゃん?! そりゃうろ覚えで適当だったけど』『かわいそう』
暴れに暴れた猿の魔物は気づく。
自分の暴行はすべて、神の掌の上での戯れに過ぎなかったと。
神に挑んだと思っていたのに。神には及ぶことすら叶わず。
「なんだと」
その眼下に広がる光景は復興に向けて鎚を振う大工たちでもなく。
河にて今なお遺骸を探す老婆でもなく、涙をぬぐって明るい歌で気力を振り絞る詩人でもなく。
ひなびた寒村と涙を浮かべながら各々の刃を構える六人の冒険者の姿。
「封印術。堂々巡りで私はこの村にかえってくるということかっ?! 死に場所すら選ばせぬというのかっ?!」
六人の剣士の刃が深々とその鱗を貫く。
魂が織りなす無敵の防御、『拒絶』を貫いて。
「呪ってやる。恨んでやる。この大陸、この世界すべてに病魔をまき散らしてやる」
かすれる声。
剥げた鱗の隙間から年頃の少女の顔が半分見えた。
鱗が剥げ、光の刃に貫かれたところから乳房が漏れる。
「この世の全てに、呪いを」
空に飛び出した『病原竜』は少女の姿から煮え立ち、泡立ち、爪を出鱈目に生やしていく。
鱗が生え、剛毛がそろい、筋肉の束は腐敗しつつも増大し、怨霊たちを吸収してその翼は広がり呪いそのものとなっていく。
角が幾重にも生え、目玉が出鱈目に生まれ、体の彼方此方から小さな口が怨嗟の言葉を吐き、その小さな毒の息が天を焦がし、波打つ腐肉は竜の形になっていく。
「ファルコ」
首を振り、アルダスは己の短剣をファルコに差し出す。
「運命だ。『神の刃』を使うんだ」
ファルコは無言でその小さな手のひらを伸ばし、ミスリルの短剣を手に取った。




