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お父さんは『勇者』さま  作者: 鴉野 兄貴
『黄金の鷹』と『真銀の隼』

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涙の壁

 きたか。

『遠見』の術で視野を拡張していた男は呟く。


「リンス。近づく前に『光の刃』で倒せ。ミックは『戦巫女の投槍』を」「了解」「解りました」

「ロンはクロスボウ。チーアは弓で止めを」「解ったわ」「……ああ」

「死んだかどうかの確認は俺がやる」「楽な仕事ねぇ。ローちゃん」


 村の人々を逃がし、迎撃態勢を整えた六人の冒険者。

きびきびと指示を出すロー・アースの頬がロンの悪態で緩む。


「ま、期待しているぜ」「はいはい」


 戦いの基本はアウトレンジだ。

近接戦闘はやらないに越したことはない。

とはいえ、射程でいえば『サワタリ』に分がある。

傷ついていなければの話である。


 『光の刃』はピートの妻が開発。得意とする術だがその奥義はどこにでもある初歩的な魔法、『発光』でしかない。

しかし、集束し、波長がそろったその光は、空気を焼き雲を切り裂き、ぼろぼろの翼で近づく『サワタリ』の胴を薙いだ。

そこに命を刈り取る光の槍が加わる。


「ロー・アースッ」


 聞こえたわけではないだろうがロー・アースは呟く。


「散々やられたからな。お返しだ」


 『天気が悪いと効果は激減する。遮蔽物があると効果がさらに激減する』。『光の刃』の欠点を踏まえての光の槍だったが『サワタリ』を倒すには至らず、ぼこぼこと泡立つ血と肉の塊はやがて視認できる距離に達する。


 その飛行は安定せず、フラフラと、されど確実に五人の冒険者の命を狩りに来る。


「迎撃!」


 迎撃のために用意された投石機や弩弓から幾重もの矢が飛ぶ。

弓を震えながら引くチーアの瞳。空中できりもみをはじめた『サワタリ』の目が一瞬交わる。

そんなはずはない。しかしあった。

震えるチーア。狩人の彼女はその手で幾重にも獲物を倒してきたはずだ。仕損じることなど無いはずだ。

一瞬、手元の狂った矢は太陽に向けて弧を描く。

『抗飛術』を唱え、矢の切れたクロスボウを投げ捨て、ロー・アースが迫る。


「サワタリ。やっと捕まえたぞ」


 血か、それともふつふつと湧きたつ汚泥かわからぬ体液をまき散らし、竜の鱗と百足と蝙蝠、トカゲのような姿の魔物と成り果てた娘と剣士は刃をかわす。


「ロー・アース。この卑怯者め。私を利用し私を裏切り私を愛し私に親しみを与えた」「卑劣と言ってほしいね」


 自嘲気味につぶやく彼は二本の剣のうちの一本を囮に、短い剣を突き立てる。

銀色の剣は『サワタリ』の胴を貫くが致命傷に至らない。複数の心臓を持っているらしい。


「なぁ。ロー・アース」


 へなへなと弓を手に膝をつく女性。それを支えて首をふるミック。

『助けられないのか』そんなこと、もう10年以上試しきった。

「もう。ひとの心が無いんだ」ロンもまた大剣を手に駆け出す。


 友達を助ける。

努力を続ける限り不可能など無い。

そんなのは嘘だ。


 いつも最悪の結果を産み続けていた。

そして今日、そのツケを払う日だ。


 チーアはかすれ声でつぶやく。声にならぬ声が漏れる。


『夕菜。いい加減にしろ。帰ってこい』


 ひゅ。

空から舞い降りた小柄な影は『サワタリ』の頸椎を狙ってその金剛石の刃を突き立てようとしたが外れた。

しかし肩口に突き刺さった刃はかの魔物が放とうとした極大冷気魔法を打ち消す。


「ごめんね」


 ふるわれる鉄の爪をかわし、ファルコは告げる。

狙い外れてその刃は深々と『サワタリ』の腕を貫く。


「もう。やめろ。やめてやってくれ! なにかできるだろ。神様。あの子を助けてやってください。お願いです」


 『慈悲の女神』の信徒の叫び。しかし神は聞き届けなかった。

ただ、神は黙々と愚かな信徒、人間たちの傷を癒しつづける。


「傷なんて、傷なんて治せても何もできないじゃないですか。どうしてあの子をこの世に呼んだのですか。応えてください。神様!!」


 涙を流し、大地を呪うように殴りつけ、チーアは呪いの言葉を吐く。

容赦なく剣を振う三人の剣士。両手両足二十の爪を無尽に振い、抵抗する魔物と化したかつての友。


『視界をやられた』


 ロー・アースは一瞬、重大な取り違いをした。

視界をやられたのではなく、おのれの涙なのだと。

その事実に気付いたとき、決着はついていた。


 伸びる七の爪が彼の急所を貫こうとする瞬間、脇から伸びた光の槍が『サワタリ』の胸を焼く。

一撃ではその鱗を貫くには至らず、何度も。何度も。そしてその身を貫く。


 断末魔の悲鳴をあげるかのように。蛇のごとく大きく開いた『サワタリ』の口から放たれた超音波。

『破ァ!!!』大剣を手に立ちはだかったロンの気合。

必殺の攻撃を防がれ、動揺のそぶりを見せる『サワタリ』。


 リンスの詠唱が続く。

歌うように。世界を呪うように。

雨雲が集まり、稲妻が収束する。

『神雷』

エルフの魔導士を祝福する神の加護はかつての友に降り注ぐ。

救いではなく、破壊の力として。


 天から迸ったその刃は幾重ものきらめきとなって『サワタリ』の鱗を焼き、肉を吹き飛ばし骨を砕き、内臓を煮えたたせ、心臓を壊す。


「『瞳』を使います。ファルコ。下がりなさい。リンス!」


 ミックとリンスの後ろに下がった冒険者たちは破壊の瞳を受けて塵となりながらもなおたつ『サワタリ』を見ていた。


 皆。泣いていた。

その涙が『破壊の瞳』『石化の瞳』を緩めたのだ。


「『できぬことなど無い』。夢を追う者。貴様らは嘘をついたな。

出来ぬことがあったなッ! 残念だな。私は必ず復活する。

その時には貴様らは老い衰えこの世にいない! 私はこの世界を吹き飛ばしてやる。

神も人も獣も草木も、土ホコリに至るまで消し去ってやる」

『拒絶』

魂が織りなす無敵の防壁を貫き、六人の攻撃が届く不思議におののきながら『サワタリ』は悪態をつくことを忘れない。


 千切れた翼を広げ、彼女は飛び立つ。

「貴様らの術では私より早く飛ぶことは出来ぬ。最後に、最後に最後にィ!!!!!!!!!!!!」


 サワタリの翼はローラ市国に向かった。

あの街を。彼らが愛するモノたちを消し去ってやると。

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