もう後には引けないから
私の名前はフィリアス・ミスリルと申します。
ローラ王国出身の15歳。冒険者見習いをしています。
育ての父は同国一の勇者であるファルコ・ミスリル。
有翼人の村にて産まれたひ弱な卵の一つです。
「こどもはたまごから産まれるんだ」
父は時々おばかなことを言うと思っていましたが納得ですよね。
でも私ってそこそこの乳房がありますし、おへそもありますよ。
どうなっているのでしょうね。
私は父を抱きかかえ、ふわりと空に舞い上がります。
偵察においては視力がものを言いますが、私の視野は特殊ですので父の視力も重要なのです。
あちこちで『サワタリ』によって被害を受けた村や町が見えます。
腕だけになった赤子、片脚がもげて悶え、暴徒となった人々に着ているものすら奪われる老婆。
血と泥と骨。そして死。
ケーンさんやディーヌスレイト様たちも被害を抑えるべく奮戦したため全滅は免れたのですが、だからと言って冬の食糧不足を解消できるわけではありません。
ケーンさんは本気を出せばとても強いのですが、街や食糧ごと焼き払うことも多々。
ミック先生が神族の皆さんに頼んでたくさんの薪と食料を支援しなければどうなっていたやら。
「来る」
このぞわぞわとする不気味な気配は間違いようがありません。
父はじたばたしています。早くおろせということのようですが。
高空だと寒いので単純に寒くなったのかもしれませんね。
私はふかふかの防寒具を伯父のピートに買ってもらったので何ともないのですが。
でも、背中は穴あきです。背中だけはとても寒いのです。
「おとうさん」「う」
あ、ごめんね。腕が喉に入っていたわ。
「しっかり」「わかった」
彼はぐっと親指を伸ばし、空から両手を広げて飛び立ちます。
大きく開いた腕を振り回し、叫びます。
『へんしん!』
金剛石の短剣を手に。
隕石に生えていた星の大樹から削りだした丸い小楯を手に。
私の名前はフィリアス・ミスリルと申します。
これから決着に向かう父の名はファルコ・ミスリル。
私たちの親子仲は、とてもいいです。
『この世には絶対の理があります。お嬢様。
旦那様。いえ。夢を追う者たちに不可能はありません』
ラフィエル。
あなたのいうこと。信じるわ。
おじさん。
一緒に信じてあげて。
お父さんたちなら『サワタリ』を倒すだけではなく救えると。
お父さん。
がんばって。




