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お父さんは『勇者』さま  作者: 鴉野 兄貴
『黄金の鷹』と『真銀の隼』
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絵描きの子供を拾ったら俺が英雄にされていた件

 この宿が最盛期の時は沢山の伝説の英雄や冒険者が立ち寄ったもんさ……って親父は昔言っていたが、今じゃそんなことはもうあり得ないな。

ご覧の通りの埃臭い寂れた宿さ。なに? 掃除しろって? たとえ話だ。ちゃんと掃除しているよ。でもボロなのは勘弁してくれ。


 ただ、女どもは今でもよく泊まっていく。

安心して泊まれる宿だってさ。舐められたもんだぜ。

お蔭であぶれた元娼婦だの盗賊から足を洗った小娘の給仕だのには困ったことが無い。給料には困るがね。まぁ借金返せってことで黙らせている。黙らせきれないのはちょっと情けないが。

要するに、カカアと結婚するのは意外と早かった。それだけが役得っちゃ役得だ。当時は美人だったんだ。今は見る影もありゃしねえ。詐欺だろと思ったら元詐欺師だ。笑えないね。

でも料理が美味いのはありがたいぜ。女は口が上手くて料理が美味くて気遣いが巧いのが一番っていうだろ。

当人がいない時くらいノロケさせろって。たまにはいいだろ。


 あの子供と出会ったのはいつだったかね。

雪が解けてからだったと思うが良く覚えているよ。

あんな小さな、幼い子供が一人で旅をしているなんて親を失わなければ無いだろうしね。

年のころは五歳くらいか。うちのチビとかわりゃしねえ。まぁ今では口うるさい背丈だけは立派な餓鬼になってるがね。女のケツばかり追いやがって。昔の俺みたいじゃねぇか。

こんな小さな子が一人でうろうろしてたら奴隷商人にとっ捕まるぞと思ったが仕方ない。親を亡くしたんだろうな。姉貴を探していると言ってうちの宿に来た。


 驚いたのは粗末なペンでサササと描いたその絵さ。小さいのに細密な絵でね。その姉さんとやらは見たこともない別嬪さんだった。伝説に聞く神族エルフかと思う美貌さね。まぁうちのカアチャンの若いころには劣るがな!


 ……嘘だよ。信じるなよ。だからたまにはノロケさせろよ。本人がいない時くらいな。

ヤツは俺の爺さんのそのまた爺さんのことを聞いてきやがったがなんでだろうな。俺でさえ爺さんのそのまた爺さんの事は店の帳簿でしか知らねぇ。それでもそいつはその帳簿を手に楽しそうにしてたよ。

そうそう。うちのチビは当時はミミズがのたくったような絵を描いて子供ながら巧いもんだ将来は画家だなと親ながら思っていたがピートのそれは大人顔負けでね。パパパっと物凄い勢いで人相書きを書いちまう。

驚いた。お前は絵描きなのかいボウヤと言ったら曖昧に笑っていたね。

本当に凄い人相書きの腕で一目見た顔は寸分足らず覚えて絵にしてしまう。衛視の奴らに重宝されていたよ。オマケにあの愛らしさだ。女共がほっておかなくてね。気が付いたらチビと一緒にうちで世話してたよ。まぁチビと違って体の良い奴隷代わり、もといちょっとした手伝いになるかと思ったら予想以上でね。水でも荷物でもヒョイヒョイとおっそろしい勢いで運ぶし、俺が帳簿の計算を間違えていたら全部訂正してやがる。憎ったらしいッたらネエ。そのくせ女共の評判は良いってガキだった。

うちのチビ? そりゃもう弟だ弟だって妙に誇らしげだったな。


 歳とったら絵描きのボウヤの話ばかりか。そうかもなぁ。あの子は今何処にいるんだろうな。

うん? そんな餓鬼はいなかったって? いや、いたさ。絶対いた。あの絵描きのボウヤは確実にうちの宿にいたんだ。

他の奴らは忘れていても俺は覚えているからな。

 結局姉貴は見つからなかったらしいが、うちのチビは苛めっ子を絵描きのボウヤと一緒にやっつけやがってな。まぁ後始末が大変だったことったら。でも泣き虫だったあいつが今ではいっちょ前の口を叩くのは絵描きのボウヤのお蔭なんだぜ。まったく薄情な餓鬼だよな。俺の息子だけのことはあるよ。


 ああ。うん。あの話か。

実は俺はあんまりその時のこと覚えていないんだよ。

あのとき、街の莫迦政治家が封印を邪魔だって言って壊してしまってな。

黒い影みたいな化け物が出やがった。化け物なんて物語でしか見た事ねぇ。

知ってるか? 『夢を追う者達』って言う連中の物語はうちの宿の話で、爺さんの爺さんの……いや、その話はもう聞きたくねえってか。まぁ俺とは関係ないしな。

でだ、その黒い魔物が街を壊しまくったとき、出動した兵隊たちでも全然かなわなかったんだな。銃を撃ちまくっても全く効いていねえ。

俺は必死で女共を逃がし、カーチャンとチビを追い立てて、宿を出て気づいたんだよ。

絵描きのボウヤ。そうピートの奴は何処だって。


 果たして、あの餓鬼は会ったその時持っていた玩具の剣を手に人の流れを掻き分けて走っていた。

俺は必死で奴を追おうとしたんだが追いつけねぇ。ついこの間までオッカァのおっぱいを啜っていたであろう子供の足じゃねえ。

とんでもない速さ、まさに風さ。逃げまどう街の人の肩を踏みつけ、頭を手で弾いて魔物のほうに走っていくんだ。俺は叫んださ。戻って来いって。


 俺は見たんだ。

黒い影が膨れ上がって、石畳を砕き、建物を壊して人を殺そうとする姿。

その形も定まらぬ黒い影の化け物に敢然と立ち向かう小さな餓鬼を。

絵描きのボウヤだと思っていたあの子が手に持った小さな槍が何度も黒い影を貫く姿を。

しかしガタイが違いすぎる。俺は石を投げつけて叫んだんだ。逃げろって。

でもあいつはこっちに来るなって。バカやろう。子供を見捨てる親はいねえ。

そう言ったらピートの奴、確かに笑いやがった。うちの爺さんの爺さんの名前を出してな。

あとはよくわからねえが、黒い影がなくなっていて、俺は剣を手に倒れていた始末さ。


 妖精の伝説って言うのを知ってるか。

魔物や災害が現れるとき、小さな小さな子供がフラリと現れてそいつをやっつけてしまうって。

そんな話が昔はいっぱいあったって言うだろ。街の中央にも子供の像があるけどアレは本当はこの街をかつて救った勇者の像だったって言うんだな。

まぁその日以来、ピートの事を覚えていた奴はいなかった。不思議な話さ。

壊れた街は今ではすっかり元の通り。俺は街の英雄になっちまって商売もまぁさびれたもんだがなんとかやっていってる。チビもなんだかんだで仕事を継ぐ気になってくれたみたいだしな。

 歳とってくるとな、あの絵描きのボウヤはいつ姿を現すんだろうって思うんだ。ひょっとしたら俺が死んで俺のチビがジジイになったらひょっこり姿を現すのかも知れない。そうじゃないかもしれない。

妖精なんて信じないって思うけど、それはそれで面白い話じゃねえかなって思うのよ。

うん? 酔ってる。まぁ酔わせてくれよ。俺が言いたいことは俺は街の英雄でもなんでもねえタダの宿屋の親父だってこと。忘れんなよ? だから明日までにツケを返せ。なに? できねえ? できねえっていうなら仕事をやれ。

子供のピートでさえ出来た仕事だ。まさか冒険者ドリームチェイサーズができねえってことはあるまい。

期限は明後日まで。サクッとやってくれよな。依頼人も気を揉んでいるんだ。

昔から言うだろ。『夢を追う者に不可能無し』ってな。

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