死体は桜を朱に染め〜もしかしたら、もう一つの物語〜
季節は春。俺たちの住む町は標高が高く、一年を通して気温も低く避暑地としてわりと有名だ。だから、四月が終わろうとしている今でもまだ桜が咲いていた。
家の近くの学校に植わっている桜を一本一本眺め、やけに色の濃い桜を見つけてふと思った。
『桜の木の下には死体が埋められている』
元ネタはたしか何かの小説だったと記憶している。その作品を読んだことはないが。
桜並木の近くを歩きながら幼なじみの凛を振り返って言ってみる。
「なあ、『桜の木の下には死体が埋まってる』って知ってるか?」
「え、聞いたことある気がするけど……桜見ながら言うのやめてよね!」
凛は少し怒りながら言い返す。
「いま思いついちまったんだから仕方ねーだろ? 迷信なんだしさ」
俺はあくまで軽く言う。
ホラーはわりと好きだが、俺だって実際に体験したいわけじゃない。幻想の……違う世界に存在するから好きだと言えるのだ。
「ったく……譲はそういうの好きだよね。話の相手にされるこっちとしては迷惑以外のなにものでもないけど」
凛は本当に迷惑そうに据わった目を俺に向けた。
俺は苦笑して視線を桜に向けた。
桜は散り始めで、風の中に花びらが舞って今が一番綺麗な時期だろう。
日本人は昔から桜を好む。中世では、多分桜を詠んだ歌が最も多いだろう。『桜色』なんて色もある。桜の木を英語でジャパニーズチェリーと言うくらい桜=日本のイメージが強い。
ポピュラーなのはソメイヨシノだが、これはもともと江戸時代にオオシマザクラとエドヒガンを掛け合わせた、どちらかというと最近のものと言えるだろう。昔から日本に多くあるのはヤマザクラと言われるもので、ソメイヨシノと比べるとわりと白っぽい色をしている。
まあ、授業で桜を調べる課題が出たから、ほんの興味でインターネットでさらっと見たという程度の知識だが。
それはともかく、きっとこんなに綺麗だから『木の下に死体が埋まってる』だの、『人を狂わせる』だのと言われるんだろう。
そう思って見ると、吸い込まれそうな薄紅色の花は妖しい魅力を放ち、このたくさんの空を舞う花びらに呑み込まれ包まれたら自分は消えてしまうんじゃないか、なんて馬鹿なことも思ってしまう。
そこまで考えて、我ながら詩人だと自嘲する。
「譲〜。なーにぼっとしてんの! 早く行こう?」
凛に大声で呼びかけられてはっとする。どうやら考えにはまり込んでいつの間にか立ち止まっていたらしい。
「あ、ああ。わりぃ……桜が綺麗だなーって思ってさ」
とりあえず益体もない言い訳をする。さっきは詩人だったのに、今の俺はなんなんだ? 自分のなかでダメ出しすると、それに追い打ちを掛けるように凛の声が掛かる。
「うーわっ、なに言ってんの? 頭だいじょぶぅ? 病院行きましょうかー? 脳外科? それとも心療内科とかかなぁ……」
どうせガラじゃねーよ。自分でも解ってる。
下を向いて溜め息つきつつ首を振ると、急に風が強く吹いた。
「きゃあっ、すっごい風! あっ、髪が〜!」
叫びながらわたわたしている凛の声を聞いていると、それが急にやんだ。
「? 凛、どうし……、―――っ?」
顔を上げると、すぐ目の前数メートルあたりにいるはずの凛がいない。代わりに、凛がいたはずのその場所には、舞い上がりもせずに地面に積もった異常なほどの量の花びら。
「な、なん……?」
俺は茫然として半ば無意識にその花びらの積もった場所まで歩く。
「凛? 凛……どこに行ったんだよ?」
状況の有り得なさを次第に俺の脳は理解していき、そうしてはっきりと形を取った感情は『恐怖』だった。
「り、ん……凛ッッッ! 返事をしろッ、凛!」
俺は必死で叫んだ。そうすれば凛は笑って慌てふためいてる俺を馬鹿にしながら出てくるって、そう信じているみたいに。
でも、凛は出てこない。
解ってる、凛は消えた。理由も原因も、なんにも解りゃしない。でも、そうなんだ。凛は消えたんだ。
何度も、何度も凛の名を叫んだ。凛がどこにいても、聞こえるように。返事ができるように。
馬鹿みたいだが、今の俺はそんなことしか思いつかない。
ふらふらと迷子の子供みたいに辺りを見回して歩く。しかし、分かりきっていたことだが、凛はいない。手がかりもない。
心のなかを絶望に黒く塗りつぶされて、俺は積まれた花びらを前に座り込んだ。いきなりすぎて、思考がまったく追いつかない。なにが起こったんだ? どうして凛は消えた?
しばらくぼーっとしていると、落とされた視線の先に、ふいになにかが現れた。それは足だった。それも女性の足。
「―――ッ」
がばっと顔を上げた先には、見も知らぬ女性が悲しげな表情で立ちつくしていた。
俺はがっかりと溜め息を吐いた。
凛のことで頭がいっぱいで、思考は正常に働いていない。だって、頭がちゃんと動いていたら、本当にいきなり現れた女性にまず驚いていたはずだからだ。
しかも、女性は全体的に色が薄い感じで、後ろの景色に溶けそうに見える。いや、すでになかば溶けかけていて、女性の体を透して後ろの景色が見えていた。
「――って、ええっ?」
やっと俺は気がついた。あまりにもおかしいその光景に。
俺は思わず、勢いよく手を前に突き出した。その勢いは、女性を転ばせる意図があったと思われてもおかしくないほどだ。
しかし、すでに自分でも分かっていたのかもしれないが、女性が転ぶことはなかった。薄く透けた体を、俺の手はいとも簡単に通り抜けた。
確定だ。この人は生きている人間なんかじゃない。足はちゃんと付いているように見えるが、れっきとした幽霊というものなんだろう。この言い方も十分おかしいけれど。
「――えっと、アンタはなんなんだ?」
いくら何でもこの尋ね方はないだろうと俺も思う。思うけど、さっきもいったとおり思考とか理性ってものはとっくに仕事を放棄している。
俺は今度は、幽霊を見たという驚きのあまり、凛のことを少しだけ横に置いた。
尋ねられた女性は、悲しげな表情のまま、話しかけられた驚きに目を瞠った。戸惑った表情になり、それでもしっかりと俺を見た。
『……あなた、私が見えるの?』
「…………」
複雑な気分になった。このセリフは、何よりもはっきりとした幽霊みずからの証明だ。この期に及んでそのほかの可能性を望んでいたのかと、自分のヘタレさ加減に呆れた。だが、こうなっては腹を括るしかない。
なんといっても相手は幽霊。つまりもう死んでしまった人だ。しかし、俺が探しているのは生きている人間だ。当然そちらを優先させてもらう。
「見える。俺にはアンタが見えるよ。どういう因果か知らんけどね……。それで、いきなりだけどアンタに訊きたいことがある」
『なにかしら?』
まだ若くして亡くなったらしいその女性は、可愛らしく首を傾げた。
「俺と同じ歳くらいの女を知らないか?」
言った途端、その人はいきなり涙を流した。
感情を高ぶらせる慟哭ではない。ただ静かに悲しみを涙として流している。それがどんな深い悲しみかは俺には分からない。だから、分かったふりをして下手な慰めをかけるより、そのまま目的を進めようと問いかけた。
「……頼む。アンタがずっとここにいたなら知ってるよな? 俺と一緒に歩いてたヤツだ」
『知ってるわ。2人で歩いてきたのをずっと見ていたもの』
涙を拭いもせずに静かに答えた。涙の理由はいったい何だったのだろうか。
『お願い、あの子を助けてあげて。あの子はまだ間に合うから……』
「言われなくても助ける! 凛はどこにいるッ」
いまにも消えてしまいそうなその人は、最初に見た時みたいに悲しそうな表情で黙った。
そして、そのまま腕をすっと伸ばし、一本の桜の木を示した。
一本だけやけに色の濃かった木だ。
「その木がなんだって、いう……、――?」
まっすぐに伸ばされた指の先を追って、木を見たときに、ふと違和感を感じた。だが、それがなんなのか、はっきりと分からない。それがもどかしくて、その木を上から順に凝視する。
と、その視線は木の根元で止まった。止まらざるを得なかった。
なぜなら……、
「っ! り、――凛!」
俺は咄嗟に駆け出していた。確証があったわけじゃない。俺が見たものが本当に凛のものかは分からない。でも、俺はなぜか確信できた。あれが凛のものだと。
地面から生えるように見えている手が、凛のものだと。
走り寄って座り込み、縋るように白い手を強く握る。すると、その手は力弱く握り返してきた。
「………っ」
涙が出そうになった。
これは凛だ。この手は凛のものだ。
どうしてこんな短時間でこんなに埋まることができるんだとか、どうやって埋まったのかとか、そんなこと考えない。考える余裕もない。
だってそうだろ! こんなものを目撃して冷静でいられる人間がいるんなら是非紹介してほしいね!
「凛……凛っ! いま助けてやるからな!」
俺はすぐさまその場の土を掘り始めた。片方の手は凛の手を握ったまま、空いた手で一心不乱に土を掘る。
ああ、なんて俺はいま、傍から見たら間抜けに映るだろう。それでもやめる気なんかさらさら無い自分に苦笑する。
素手だったから、あっという間に手は汚れ、爪が剥がれかけたが、気になんかしていられなかった。
だんだんと手の先が出てくる。手首くらいまでしか見えなかったのが、肘が見え、二の腕が見え、肩が見え、そうして掘る場所をずらすと顔が見えた。
「――凛!」
その顔はまさしく凛のものだった。
「ゆず、る………」
俺の声に応える凛の声は当然だが弱々しい。なにせ、いきなりこんな目に遭ったんだから。
「いま助けてやる! もう大丈夫だ!」
安心させるように力強く言う。
「う、ん………」
凛はほんの少しだけ、弱々しく微笑んだ。
俺は凛の腕を掴んでいた手を離し、両手で土を掘った。少し掘っては引っ張り上げ、また掘って……の繰り返し。
そしてとうとう、凛の全身が外に出ようとしていた。
あと土の中にあるのは、凛の右足首だけ。
そう思って引っ張ったら、なにかに引っかかるように動かない。
「なんで………」
俺が呟くと、凛が応えるように言った。
「譲……足、何かに、掴まれて………」
それ以上恐くて言えない、という風に凛はぎゅっと目を閉じて首を振った。
「…………」
俺は無言でその場所の土を掘った。
だんだんと見えてくる。凛の足首に絡み付くようにある、何かが。
凛の足首の先まで見えた。すべて外に出た。
「……これ………」
俺はそれ以上言葉が出なくて口を噤んだ。
凛の足を掴んでいた『それ』は白かった。
土から出ていた凛の手も白くてぎょっとしたが、『それ』の白さはそんなもんじゃない。質の違う白さだ。
凛が自分の足を掴んでいる『それ』を信じられないという目つきで凝視している。
「ねえ、これ……骨……?」
そう。凛の足に絡み付いていたのは骨だった。しかも、察するに人間の。
その骨は、ちょうど手のひらの部分。それが本当に足を掴むような形だった。
そんなはずはない。骨と骨を繋ぐ、神経や筋肉などはとうに朽ちて、たとえその骨が掴むように動いたとしても、掴んでいられることなく外れてしまうはずだ。
なのに、引っ張っても動かなかった。
いや、それよりも、人間が埋まっていたとしても、何らかの理由で凛が埋まってしまったのだとしても、骨が凛の足首を掴めるはずがない。動かないのだから。
……動いたのだろうか? 凛を自らと同じくするために、足首を掴んだのだろうか?
「――まさか」
俺は無意識に呟いて唾をむりやり飲み込んだ。そう、まさかだ。それじゃ本当にホラーになってしまう。
だが、凛は俺が一瞬目を離した隙に消えたのだ。気付いたら土に埋まっていたのだ。そして、足首には……。
すべてが立派な超常現象だ。常識を当てはめて考えるべきではない。
「…………」
俺は考えることを放棄した。
ただ、いまもなお強く凛の足首を掴んでいる指の骨を一本一本剥がしていく。
凛の足首には、くっきりと跡がついていた。骨が掴んでいた形そのままに。
「ゆず、る……譲……譲ぅ………」
恐怖からか、緊張の糸が切れたのか、凛は俺の名を呼びながら次第に涙ぐんでいく。
その細く華奢でか弱い腕は、震えながら俺に伸ばされる。
俺は凛を力強く抱き締めた。凛の手が俺の背中にまわされ、服を強く掴む。やはりまだ恐怖は去らないのだろう。
「大丈夫だ……凛、大丈夫だから……」
泣きじゃくる凛を安心させるように俺は何度も繰り返した。
そうして、みずからの存在を確かめるみたいに縋り合う俺たちの目の前に、その人は再び現れた。やはり悲しげな表情で。
『ごめんなさい……』
彼女は、開口一番こう言った。謝られても、俺には何のことだかさっぱり分からない。
「謝られる理由がない。俺はべつに、アンタになにかされたわけじゃないし」
俺が言っても、その人はただ、黙って悲しそうに首を振る。
『私のせいでその子が引きずり込まれてしまったから』
名指しされても、凛はなんの反応も見せない。俺の顔を不思議そうに見つめるだけだ。まあ、当然ながら凛には俺の目の前の女性が見えていないんだろう。
「だから、なんでアンタのせいになる――まさか」
今日一日で何度目の『まさか』だろうか。言いかけて、立ちつくす女性の目を見る。風景に溶けかけた目を。彼女はしっかりと俺の視線を受け止め、はっきりと頷いた。俺の言いたいことはとうに分かっているという感じだ。それとも、俺がそう疑うように誘導されただけなのだろうか。
「あれはアンタの……? 凛を引きずり込んだのもアンタなのか?」
俺の声は知らず険を帯びて低くなる。遺体が埋葬もされずにあんなところにあったんだ。よほどのことがあったに違いないが、いまの俺にはそれに同情する余裕なんて無い。
だが、彼女は首を横に振った。
『あれはたしかに私です。殺されて、あそこに埋められて……気付いたらあそこから動けなくなっていました。でも、その子を――凛さんを引きずり込んだのは私の意思ではありません』
「でも、アンタさっき、自分のせいだって……」
『はい。……私にもよくは分からないんですが、たぶん、桜が――』
「桜? 桜が凛を殺そうとしたって?」
幽霊の存在以上にあり得ないだろう。意志を持たない植物が人間を殺そうとするなんて。でも、目の前の女性は俺の考えを察して、また首を振った。
『あの桜は、私という『餌』を得てしまったことで、変質してしまったんだと思います。木の下に埋められているだけの私には、止めることもできませんでした……』
心底、申し訳なさそうに項垂れる。止められなかったから自分のせい、ってのは、ずいぶん極端な話だと俺は思うんだけど。
「……べつに、そこに埋められちまったのは、アンタのせいじゃないだろ? 俺もそんなこと責めるつもりはねぇよ。止められなかったことにしても、だ。仕方がなかったと思う」
我ながらお人好しだと思う。こんな簡単に許してしまうなんて。でも……やっぱり仕方ないことだった。
「凛は生きてる。あんな目に遭ったけど、それでも生きていてくれてるから……俺はそれでいい」
『――あなたは優しいですね。すでに命のない私にまで同情するなんて』
その言葉が、ほんの少しだけ笑いを含んでいたから、だから俺もわざと怒ったように言う。
「うるせぇよ。どうでもいいだろ、そんなこと」
くすくすと可笑しそうに笑うから、本気で腹が立ちかけて……ふと思った。
「アンタは、見つけて欲しかったのか? だから凛を……」
その先の言葉は続かなかった。俺自身も、なんて言おうとしたのか分からなかったから。
『…………』
彼女は、やっぱり悲しげに黙りこくるだけだった。だから俺もなにも言わないでおく。言ったとしても、なにが言えただろうか。慰めも、断罪も、いまこの場には似合わない。
……なんて、また詩人みたいなことを考えてる。もうやめよう。こんなばかばかしいことを考えるのは。
『――ご迷惑を、おかけしました』
沈黙が場を満たしているところに、唐突に彼女は言った。
「っ………」
俺がなにも言えないでいると、彼女はさらに言った。
『ありがとうございました……』
それがどういう意味なのか、やっぱり俺は訊くことができなかった。なんと言うべきか分からない。
俺が迷っていると、彼女は穏やかな微笑みを浮かべた。
『私は、やっぱり見つけて欲しかったのかもしれません。だから、見つけてくれて、ありがとうございました』
――違う。咄嗟にそう言いそうになった。口だけが開いたが、でも言えなかった。言いたいことはたしかにあるのに。
……その『ありがとう』は、アンタを見つけたことに対してじゃないだろ? 見つけて欲しかったのが本当だとしても、その『ありがとう』は、本当は――……。
「――ああ。どう、いたしまして」
結局本当の問いは飲み込んだ。そして、気の利いた言い方一つできずに、どうにかそう絞り出すと、彼女はまた微笑んだ。今度はただ穏やかなだけの微笑みじゃなかったけど。
『……さようなら。またお会いできますように――今度はちゃんと、生きた人間として』
冗句のように、悪戯めいた微笑みを見せた。そこに込められた意思を、俺はちゃんと読み取れただろうか。
「そうだな。また会おう――お互い生きた人間であることを祈って」
『ええ……』
そう彼女は微笑んで、そのまま風に溶けた。
行くべきところに行けたのかは、俺にも分からない。ただ、安らかであればいい。本当に、そう願う。
「譲……?」
凛が気遣わしげに俺を見上げる。凛も、なにも分からないわけじゃないだろう。ただ言わないだけで。いまは、それが嬉しかった。
「……悪い。なんでもないんだ。べつに、なんでも――」
なんとも言い難い感情が押し寄せて、言葉にならなかった。
俺は見も知らぬ彼女の死に対して、その時一度だけ涙を流した。俺の性格をよく知っている凛は、見ないふりをしてくれたけど。
嗚咽もなく、ただ静かに涙を流す泣き方は、彼女によく似ている気がした――。
そして、俺は始末をつけるために警察に通報した。
骨はすべて掘り出されて、服装から女性のものだと断定された。木の下に骨が埋められているなんて、事故や自殺ではあり得ない。でも、死因の特定すら難しいこの事件はいっこうに進展するはずもなかった。
俺たち二人は警察から事情を聞かれたが、どうにか取り繕って、本当っぽい嘘を重ねて逃れた。本当のことを言ったところで、どうなるものでもない。
そんなこんなで、事件は一応の幕を閉じた。
あとに残ったのは、あっさりと迷宮入りになった殺人事件と、白骨化した遺体の身元だけ。
俺は警察に身元を聞いた。また嘘をかさねて。
べつにあの人が誰だったとしても、どうということはない。ただ単に俺の自己満足だ。せめて、名前くらいは知っておきたいっていう、俺の自己満足。
そして、あんなことが起きた理由――原因。それはきっとこのさき一生知る時は来ない……それは、俺の確信。
でも、いい。
知りたいなんて思わない。奇跡的な何かが起こって、真実を知ることができると言われても俺は拒むだろう。
そんなことを知ったとしても、あの奇妙な事件と悲しみは無かったことにはならないんだから。
もう、終わり。
それでいいだろう?
桜の木の下には、死体が埋まっている………。