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p.2:the strange world

電気を消すと、今まで部屋にあった物がふっと闇に飲まれて見えなくなる。




小さい頃に大好きだった絵本も、


ベッドの中に一緒に居るぬいぐるみも、


ちょっと散らかった勉強机も、


去年の誕生日に友達から貰った髪飾りも、


明日使わない教科書も、


着るのが億劫になってしまった制服も、



―今となっては唯一の話し相手である日記帳も。






初めから何も無かったかの様に、私の部屋の物は全て眠りにつく。


この瞬間が、たまらなく好きだ。



全てを忘れて、独りきりになれるから。


最初からこの世界には自分しかいなかったかの様に感じられるから。



それが淋しくもあり、とても魅力的に思えた。





―そうだ、私は最初から独りだったんだ。


それが普通だったんだ。


寧ろ今までが変だったんだ。


必要とされていない訳じゃない、私が必要としていないだけなんだ。




そう、思い込めるのが心地よかった。


その安心感から、私は段々と意識が遠のき始める。






―もう、このままずっと眠ってしまえば良いんだ。


朝なんて来なければ良いんだ。

永遠に、来なければ良いんだ。


そのまま誰からも忘れられて、いつの間にか消えてしまえば良いんだ。




そう、思いながら私も部屋の中の物達と同じ様に闇の中へ堕ちていった。




















「…、あの!」



それからどの位してだろうか。


突然、聞き慣れない低い声が私の耳に響いてきた。



「え…?」


訳の分からないままゆっくりと身体を起こすと、


「―え!?」



知らない若い男性と目が合った。


焦って辺りを見渡すと、―知らない場所。





ついさっきまで寝間着だった筈なのに、気付いたら見るのも嫌な忌々しい制服。





現実世界とは思えない様な、気だるさと超現実的な感覚が混じった様な、覚束ない雰囲気。






一体、此処は…?


この人に聞けば分かるだろうか。



「すみません、…此処、何処ですか?」



もしかしたら、何か知っているかもしれない。




「…、俺も……分からなくて。」



表情を見るに、彼もまた訳が分からない様子だった。

本当に、此処は何処なんだろうか。




「…、すみません。」



どこか怯えた様に、目も合わせずに謝る。



「いえ、…。」



こちらも顔は上げずに応えた。





「何処なの、此処…?」


つい、疑問を口にしてしまう。



立ち上がって周りを見る。


とても奇妙な空気が渦巻いていた。





どこか重たげで、哀しげで。


とても不安な様な、もう絶望しか無い様な。


残酷で、寂れて、切なげで。


とても息苦しい様な、もうどこか諦めた様な。






そんな空気が、大きな黒や灰色の塊となって所狭しと積まれていた。






そんな空気以外には何も無い、淋しい場所。





―この場所は、私に似ている。





この場所には、見えない傷口があるんだ。


そこからは血液の代わりにこの空気が流れ出ているんだ。


絶え間なく、際限なく。



だからこんなに憂鬱で虚無感しか無いんだ、此処は。


…だから、こんなに憂鬱で虚無感しか無い私と一緒なんだ。






でも、何でこんな場所へ来たんだろう。



誘拐事件に巻き込まれたとかでも無い限り、自分の部屋で寝ていた筈なのに起きたらいきなり見ず知らずの場所で寝ているなんて有り得ない。


身体を拘束されていたり鍵穴のある部屋にいるのなら誘拐と断定出来るが、自由に身体を動かせる所や目には見えない重い何かが溢れている以外は何も無い部屋を見る限り、そうでもなさそうだ。




―今一緒にいるこの人が、自分を連れてきたとも思えない。






まずは色々整理してみよう。


話はそれからだ。



「私、部屋で寝ていて、それで…。」


―駄目だ、思い出せない。




ふと男性の方を見る。


先程は焦ってよく見ていなかったが、こうして見るとかなり若い。

私と同い年のようだ。


仮に年齢差があったとしても、せいぜい2・3歳程度だろう。




そういえばこの人はいつぐらいから此処に居たのだろうか…?



「あの、…」



伏し目がちに顔をこちらに向ける。

絶対に目を合わせようとしない。



「いつから、此処にいました…?」



この人は何故こんなに怯えているのだろう。



「…、すみません、分かりません。」



まるで、周りのもの全てを拒んでいる様に見えて。

それでいて、


「…そう、ですか。」


―何かを求めている様に見えて。







彼が何を必要としてるのかは分からない。


だけど、彼が望んでいるものは、私も欲しいものである様な気がした。

…なんとなくだけど。





この部屋にはそれはあるのだろうか。

この部屋では、それを手に入れることが出来るのだろうか。


音楽も喧噪も流れていない、静かで淋しい場所。

私と彼しか居ないのではないかと思う様な場所。


こんな場所に、それはあるのだろうか。






もう一度心の中で問いかける。

ここは、何処なんだろう。


「なんか、気味悪いですね。 此処…。」




どことなく、現実離れした世界を描いた絵画のようだった。


そっと頷く彼。

彼の存在もまた、どこか現実味に欠けていて。



まるで。





「夢の中にいるみたい。」



そんな感覚。

見たことない場所なのに、知らない人と一緒にいるのに。


―何故か、不思議と落ち着いていて。



もしかしたら、本当に夢なのかもしれない。






「…、……そうか。」


彼は何かにふと気づいた様に、ぽつりと呟いた。





「はい?」


そんな彼の成人男性の様に低い、でもどこか幼い子供の様に高い声を追いかける。




彼は一体、誰なんだろう。

何故、彼は此処にいるんだろう。



「…、いえ、すみません。」



そんな私を彼は拒む。

―謝りながら。


彼は何故、謝るのだろう。

―誰に謝っているのだろう。



「はあ…。」



私にというよりも、見えない何かに謝っているように見えて。

勿論目の前にいるのは私なのだから、多分私に対してなのだろうけど。





彼もまた、怯えているのかもしれない。

見えない何かに、聞こえない何かに。


彼もまた、逃げ出したいのかもしれない。

世間の目に、周囲の声に。






彼は何者なんだろう。

中学生なのだろうか、大学生なのだろうか、もしかしたら社会人かもしれない。


―それか、高校生。




もうすっかり成長しきった様な、それでいてまだ何かから自立しきっていない様な。

そんな雰囲気のする彼は、その単語がよく似合っていた。


…違ったら失礼だけど。





聞いてみようか。

そうも思ったが、


「―、…。」


何故か行動に移すまでの気力が出なかった。

それに、彼の仕草や挙動を見ていれば何か分かるかもしれない。




そう彼の方を見ると―頬を抓っていた。


何をしているのだろうか。

そう思った瞬間。



「…え!?」



彼は死んだ様に動かなくなった。




「あの、…もしもし、もしもし!?」


何故だろう、急に恐怖に襲われた。

本当の意味で世界から取り残された様な気がした。






彼の身体は重かった。

体重が、というよりも大きな鉛が彼の上に乗っている様な、そんな感覚。


彼は何を背負っているのだろうか。

もう、何もかもが分からなかった。




どうして、彼は―。



彼の手が目に入る。

華奢だけれど、男性の手と分かる骨格。


これで彼は自分の頬を抓った。


頬を、抓った。


そういえば。

いつか聞いたことある話を思い出す。

自分の頬を抓ることで、今自分が置かれている状況が夢か否かを確かめるという。




自分の手を見る。


これは夢なのだろうか、それとも―。





















身体が宙に浮いた。


世界が桜色・赤・橙・黄色・黄緑・緑・青・空色と変化し、やがて漆黒に染まった。



そのまま、パレットをひっくり返した様な意識に埋もれていき―。
























「…夢?」


気付けば、いつも通りの部屋。

いつも通りの、朝。


微かに聞こえる車の音。

慌ただしい朝日。


午前6時30分。



「…今日は何曜日だっけ?」



本当は知っている。


今日は火曜日。

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