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第八話


 後ろ手に縛られて、指もしっかり封じられてる。猿ぐつわは噛まされてないけどさすがにここで大声あげても意味ないだろうな。足も縛られててうつ伏せに寝かされてるんだけど、この体勢ってキッツい。油断することの危険性はこの間学んだばっかりだし、ぼうっとしてた覚えもなかったんだけどなあ。っていうか、寝てるとこ拐かされるなんて思わないよ。部屋の鍵とかどうやって開けたんだ。


 「ごめんな、もうちいと我慢、な」


 気が付いたらこの男に拘束されてたんだよね。目が覚めたら腕の中ってか。前世を含めて考えなければ生まれて大体16年、男っ気はなかった。だからもっとロマンチックな雰囲気で、だったら舞い上がったかもしれないけど、ナイフを突き付けられてたら赤面も出来ない。ある意味ドキドキしたけどね。

 先輩たちが目覚めた時には、私の姿がなくてびっくりすると思う。

 この男は、書き置き残してきたから、と言ってたから大丈夫だとは思う。けども。


 「せめて、座らせていただけませんか?ーーーーーゼルガ兄様」


 私だってその辺の誘拐犯の言葉を信用したりしない。この男、キュリーの家の次男、ゼルガ兄様だったからこれだけおとなしくしているのだ。

 ベルセルクル侯爵レオナルド家は武門一辺倒の変わり種貴族だ。家長で将軍のベルセルクル侯爵には5人の子供がいる。長男は王太子の近衛隊長、次男は傭兵として国を巡り、三男は諜報部隊長、四男は大隊長に任ぜられていて、長女であるキュリーは国立ルフェダオス学園騎士科に通う。普通は一貴族に軍部を掌握されるような配置は取らないと思うんだけど、彼らは権力というものに全く興味がない。そして王家に絶対の忠誠を誓っている。例を挙げるなら、何代か前の侯爵が戦争で武功をあげて褒美に武器と領地を賜った。しかしすぐに、領地を王に返還した。調べさせると、その領地の兵は皆、王家に忠誠を誓う屈強な戦士に鍛え上げられていたそうだ。他にも王家に暗殺者が送り込まれると1週間後には組織や首謀者が割り出され、ついでに潰される。「権力がいらぬなら地位を返上して戦場にいきればどうか」と言われたなら「陛下が仰られるならすぐにでも返上いたしますが、貴殿に言われたからと陛下をお守りできる地位は返上できませぬ」と返したそうだ。ちなみに、そのときの王は忠誠を試すため本当に返上しろといったらしい。もちろん、彼らはすぐに職を辞し、屋敷も引き払って自領だった領地の片隅に引っ込んだ。この際財産はすべて屋敷に残されていたという。

 とまあそういう逸話をもつ一族だからか、王家も彼らに疑いの目を向けるのは止めた。しかもその忠誠心が彼らの努力への執念と変わり、それを見た王家も下手なことはできないと国務に励み、さらにそれを見た彼らは更なる努力をし、さらにさらにそれを見た王家も、というループができている。最近は落ち着いたみたいだけど、そのお陰かエーネオ国王家は賢王が多い。

 私からしたら、宗教的脳筋集団にしか見えないんだけどね。

 王家もものすごい脅迫受けてるようなものだよなあ。ただ盲目的に忠誠を捧げられるだけならまだしも、王家のために、を合言葉に超人になる集団が自分の下にいるんだよ?いやあ、キュリーの家の訓練みてると、なんかもっとちゃんとしなきゃって強迫観念にかられるんだよね。

 よく歪まなかったな、王様。


 「それで今回は私を誘拐しろって依頼を受けたんですか?ゼルガ兄様はそんな仕事はしないと思ってたのに.........」

 「ち、ちょお待って?おれだってこんなんしたくなかったんけど、対象はキーちゃんだっちゅうし、他に回されてなんかあっちゃ、キュリーにも嫌われる.........」

 「だから自分が誘拐して、安全を図ろうと?」

 「そうなんけど、だめだったかやあ?おこっちょる、よね」


 相変わらず口調が独特だ。キュリーがいうには、兄弟全員が小さい頃からいろんな国につれ回される為、喋り言葉がおかしくなるらしい。前世的に言えばみんながみんな、いろんな方言を混ぜて話しているような感じ。その反省もあってかキュリーはきっちりした言葉遣いを叩き込まれたらしいんだけど、どこで何が混ざったのかやっぱり口調は独特だ。


 「怒ってはいませんよ。犯人がゼルガ兄様でまあよかったです。.........それで?」

 「うう、おこっちゅう.........ごめん、ごめんなあ」


 今私が要求しているのは謝罪じゃなくて情報だよ、ゼルガ兄様。

 この男はいつもこうなのだ。仕事は出来るくせにプライベートではかなりのへたれ。あー、外見につられて付き合って、こんな人だと思わなかったってフラれる典型的なタイプだ。キュリーの兄なだけあって顔は整ってるし、クール系の顔だから余計かも。


 「もういいですから。誘拐を依頼したひととその目的はなんですか?」

 「.........名前も目的も知らんのよ。ケティップって言う人間が間にはいっちょる。昨日の夜、いきなりケティップに呼び出されてキーちゃん誘拐せえて言われたから.........」

 「うーん。私個人を誘拐してどうするんですかねえ。身代金目的ならキュリーとかマッグケーン先輩の方が.........」


 むしろ身代金要求なんぞされたら、私は即座に殺されるに違いない。

 とりあえず、お金目的ではないとして、私の魔術の才能を求めて、とか?いやいや、それなら私よりルーセル先輩の方を狙うでしょ。あ、でもいくら誘拐なんてしてる馬鹿だって一応貴族は狙わないか。

 まさか、私が前世の記憶を持ってるってバレたとか.........。いやいやいや、それこそないでしょ。そもそもそんな役立つ知識なんて持ってないし。一番可能性が高そうなのは、先輩たちに対する人質ってとこだけど、誰に対する?

 拘束は解かれないまでも、壁に寄りかかるように座らせてもらえたので妙な圧迫感は無くなった。拘束はゼルガ兄様がしたわけではなく依頼人の抱える魔術師がしたみたいだ。誰かの陣がぼんやり見える。解けなくもないけど、そうしたらゼルガ兄様が困るかも、かな。

 結局拘束はそのままにして居心地の良いように身じろぎする。私が思考してるのが分かってるのか、ゼルガ兄様は捨てられた子犬のようにしゅんとなってこっちを伺っていた。本当に怒ってないのにな。一見クールな美形にそういう風にされたらちょっと、嗜虐心がくすぐられるじゃないか。

 .........とりあえず兄様は放置しておこう。

 仮に私が人質になるって思うから私を狙ったんだとしたら、それなりに私たちのことは調べてるよね。

 でもそうだとして、だったらゼルガ兄様に依頼なんてする?兄様がベルセルクル侯爵レオナルド家の人間なのは隠してはない。隠してはないけど、言いふらしてる訳でもないから知らなかったってのはあり得るのかも。でもまあキュリーに対する人質ってことはまずない、かな。

 じゃあ、ルーセル先輩に対する人質?相手にも魔術師がいるのに、わざわざルーセル先輩にやらせたいことがあるとか?でもなあ。言っちゃ悪いけど、ルーセル先輩だってまだ学生だ。いくら規格外でも、魔術師としてちゃんと働いてる人の方が出来ることは多いし、仮に罪を擦り付けるのでもそれなら私を使った方が後腐れはない。

 うー.........やっぱりここはマッグケーン先輩に対する人質っていうのが確率高いんだけど、それが一番ヤバイ。昨日の身の上話を聞いた後だからか、死亡フラグがものすごくたってる気がする。ただ、私がマッグケーン先輩とペアになったのは1か月前だ。1ヶ月しか付き合いのない私を人質にするか?私にその価値があると思ってるなら、相手は確実にマッグケーン先輩の性格や人柄を熟知している。

 マッグケーン先輩も言ってたけど、先輩は国王には向いてない。彼は優しいひとだから仲間と認識すると非情になれないたちだと思う。だから先輩は、まだ自分の身を守れそうで、学園の王子や女王に守られる私をペアに選んだと思うんだけど。


 「私を人質に、国王になるように言質をとるとか?でもそれって犯人を特定しすぎかな.........」


 呟いて、ちらりとゼルガ兄様を見る。

 一瞬ビクッてなったけど、安心させるように微笑む。大丈夫だよー。怒んないからねー。本当によく傭兵として生きてるよね、このひと。

 兄様は、いきなり依頼主に呼び出されて私を誘拐した。ってことは少なくとも周到な計画じゃないと思う。もともとゼルガ兄様に依頼する予定だったなら、ここに来るまでいくらでも誘拐できたわけだし。


 「あれ、『呼び出されて』?」


 いきなり『依頼された』んじゃなくて?


 「そうなんよ。おれが受けたのは護衛の依頼だけだっちゅうに、いきなり何人か呼び出されてな。キーちゃんを誰か誘拐してこいゆうて.........。宿屋の食堂でキーちゃんらいるーって思っとったから、おれめっちゃびっくりして、すぐに立候補したんよ。そんで」


 うわあ.........。

 兄様の言葉は最後まで聞こえなかった。

 ええと、依頼人はマッグケーン先輩をよく知るひと。さらにあの護衛の一団の主でもある。ケチャッ、じゃなくてケティップって名前の男が仲介していて、おそらくあそこに居た護衛のほとんどが本当の依頼人のことを知らない、雇われた人たち。

 それで、その依頼人かケティップが宿屋でマッグケーン先輩を見つけたんじゃないかな。それがどのタイミングかはわからないけど、ルフェダオス学園の学生証を全員が身に付けていたから、討伐演習にきたパーティで誰かがマッグケーン先輩のペアだっていうのはすぐに理解したはず。食堂ではちょくちょくカップルがピンクの雰囲気を作ってたから、そこでペアは私だと特定。調べられても切れるように護衛で雇った人たちに誘拐を依頼した。ゼルガ兄様と私たちの関係は間違いなく知らないだろう。

 .........てこと?

 あああ。また足引っ張っちゃった。

 演習自体問題起こりすぎだけどさあ。問題が起きたのは私のせいじゃないけど、対応が打てなくしてるのは間違いなく私だよね。もう何なの?森に飲み込まれるし、狼に食われかけるし、誘拐されるし。この世界って厄年とかあるのかな。演習自体は問題ないのにそれ以外で問題起きすぎでしょ。何、これって嫌がらせの一貫?こんな嫌がらせできる能力あるなら私になんて目ぇ向けてんなよちいせえなあ.........!


 「.........聞いちゅう?」

 「すみません、取り乱してました。もう一回お願いしていいですか?」

 「そうけ?ならもっかい説明しちゃるな」


 私が内心で暴れまわっている間にも、ゼルガ兄様はなにか話していたらしい。快く引き受けてくれて優しいとは思うけど、突っ込まれないのも寂しいものがあるなあ。

 ゼルガ兄様は、ここに依頼主が来る予定だって教えてくれた。依頼主がどういう目的で私を誘拐したのかわからないけど、もし身の危険が迫ったら契約破棄してでも助けてくれるみたい。だから目的が分かるまでは、私は意味がわからず誘拐された学生を装っておいてほしい、とのこと。囮ですね!

 ゼルガ兄様は黙ってれば冷酷非常な剣士に見えるし、実際そういう仕事を受けたこともあるみたいだけど、やっぱり優しいお兄ちゃんだ。へたれを知ってると驚くけど、これでも戦ったら死ぬほど強い。多分スーパー○イヤ人になれる。

 


 「もう、本当に大変だったんですよ」

 「そんな偶然起こりゆうもんなんやなあ」

 「あ、でもそのあとのキュリーとマッグケーン先輩がすごくって!普通ならもっと多い人数で相手するものなのに楽しそうに62匹も討伐しちゃったんです」

 「2人で62匹はすごいなあ。キュリーも十分強うなっちょるけど、そのマッグケーンって奴もなかなかやるなあ」

 「ゼルガ兄様は一人でどれくらい相手できますか?」

 「うん?一人で討伐に行くことなんてないけえ、正確にはわからんなあ。でも100ぐらいなら楽勝で行ける気ぃするわ」

 「うっわ。やっぱりゼルガ兄様スゴいですね」

 「そんなことないけえ。それぐらいならキーちゃんも行ける思うけど」

 「さすがに1人じゃ無理です」


 私たちは近況を話しながら、依頼主が来るのを待っていた。演習で巻き込まれた件やキュリーの様子を聞かせてあげるとゼルガ兄様は優しげに微笑む。ちなみに、ルーセル先輩の話はしない。兄様たちに取って先輩は敵だ。キュリーに止められてるから手を出さないだけで。もし、宿屋であの二人が同じベッドで寝てたら多分キュリーの横に惨殺死体が出来てただろうな。

 今度はゼルガ兄様の話を聞こうと思ったら、兄様は唇に人差し指を当ててしいと私を黙らせた。

 私たちがいた場所は倉庫みたいなところで、木箱がごちゃごちゃに置いてあるし、明かり取りのための窓しかないから薄暗くて、周囲の音も聞こえない場所だ。日本じゃないから完全防音の部屋なんてない。出来るとしたら音を散らすくらいだけどそれだって魔力の扱いが難しい高等技術だし、もしかしたらここは半地下なのかも、なんて今さら思った。

 兄様は最初と同じように私をうつ伏せに寝かすと、腕を組んで木箱に寄りかかる。

 それだけでちゃんとした誘拐犯に見えるんだから、見た目クールってすごい。私がやったら存在が消えて終わるのかも.........いや、周りに目立つひとがいなきゃそこまでにはならない、よね。

 私も捕まったひとらしくしようと思ったけど、危機的状況にあって混乱してるひとってどうなるもの?とりあえずもがいて髪を振り乱して床に頬を擦り付けてみたけど、どうだろうか。兄様は心配そうにこっちを見て、意図を理解したのかちょっと苦笑した。


 しばらくすると足音が聞こえてくる。

 何人分かはわからないけど一人は女のひとみたい。コツコツと多分踵の高い靴の音。これで全員男だったらどうしよう。


 「これがそう?」


 私は顔をあげてないのでゼルガ兄様がどういう動きをしたのかわからない。無言でうなずいたのかな、なんて思ってたら髪を掴み上げられた。

 抜けるって!っていうか痛いんだけど!

 涙目になりつつ睨んだ先には間違いなく貴族のお嬢様がいた。旅をするには向いてないドレスに華奢なヒールのパンプス。レースの扇で顔を隠すようにしてるけどきっちり化粧もしてるみたい。縦ロールにしてる髪は黒い。その色で縦ロールにうると重たくて仕方ないな。目は茶色、いや、もっと明るい。

 私を掴みあげてるのは多分従者の男だろう。鍛えても無さそうだから護衛じゃなさそう。お嬢様の後ろには制御の術具を着けた魔術師が居て、すでに水色の陣を用意してる。うへえ、あの人が私を拘束したんだ。神経質そうでちょっと苦手なタイプだ。もっと後ろには護衛っぽい人が何人か居て、ゼルガ兄様を労っていた。


 「こんなモノがなぜ、マッグケーン様のお側にいるのかしら」


 その声に合わせて、水の魔術が顔にぶつかる。従者はそのまま手を離したから顔から床に落ちて、冷たいし痛い。ちょっと震えながら、やっぱりマッグケーン先輩かあと思う。私は孤児だから嫌がらせとかに巻き込む側だと思ったけど、まさか巻き込まれるなんてなあ。


 「自分がどういう身分なのか理解しているの?あの方に釣り合うだなんて思っているの?」


 今度は風かよ。寒いし、痛い。

 はらりと切れた髪の毛が舞って、頬がさっくり切れているのが分かった。伝う温かいものが何かは今は考えないように、目をそらす。


 「.........あなたは、誰.........ですか」

 

 出来るだけ弱々しい声を出して聞いてみた。

 拘束を解く準備はしているし、兄様がいる限り絶対助かる。そんな状況でリンチ紛いのことをされても痛いし嫌だけど怖くはない。

 兄様は無言でこっちを見ているけど、まだ大丈夫だと一瞬だけ視線を投げた。


 「私は、あの方の婚約者よ」


 お嬢様は律儀に答えてくれた。嘲るように、私を見ながら。

 誰かの人質って訳じゃなく標的が私だったのは良かったのか。人を傷つけるなら私にして、なんて聖人君子のような考えは持てないけど、友達や家族に飛び火するよりはいい。

 だけど、私は言いたい。

 あれだけ国を巻き込む問題なのかって考えたのに、考えたのに。


 まさかの色恋沙汰ってありぃっ!?



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