第六話
あの後、セルマ先生が結界を張ってくれてそのなかで全員一気に休むことができた。
ルーセル先輩がセルマ先生とぼそぼそ話してたけど、知らない方がいいんだろう。むしろ知っちゃダメな気がする。やたら早く寝るようにルーセル先輩に勧められたけど、気にしちゃダメだ。考えるな、私!
気分的に抵抗感を感じても疲労した体は正直で、テントのなかで体を横にしたらすぐに寝入ってしまった。
目を覚ましたのは6時間後で、セルマ先生が激しく吃りながら起こしてくれた。顔真っ赤なんだけど、風邪でもひいたんだと思っとこう。勘違いだったら恥ずかしいしね、うん。
外に出て伸びをして、ブカレス平原を見回してみる。
すでに森は焼かれていて、核も回収されたのかかなり広い範囲が裸の地面をさらしている。なんか.........つわものどもがゆめのあと?って感じだ。上手く伝えられないけど、なんかそんな感じ。
「キーディアちゃん、昼食おうぜ。これからどうするかも話し合わねえとだし」
「あ、はい。今いきます」
お昼は騎士科の二人が用意してくれたみたい。
元々の体力の違いか疲労度の差か、彼らはそこまで寝なくても平気だったようだ。それでも起きたときには学園の魔術師が総出で核の回収をしているところだったらしいけど。
「よく眠れたか?キーディア」
「はい。キュリーも大丈夫ですか?そんなに眠ってないって聞きましたけど」
「わたくしはそこまで動いておらぬからの。体力的にはむしろ有り余っておったから、そこまでの休息は必要ではなかったのだ」
本来4人で分担してた荷物をもって一晩中歩いて、そのあと魔獣50.........マッグケーン先輩と単純に二等分しても25匹くらい相手にして、体力が有り余ってた?.........ああうん、キュリーだもんね。
「そうですか、ならいいんですけど」
私は笑顔でうなずいた。彼女が規格外なのは最初から分かってたことだし。
マッグケーン先輩が干したご飯をふやかした、おじやみたいなスープをよそって渡してくれる。甲斐甲斐しく全員分配って、飲み物まで用意してくれたけど、あれ、マッグケーン先輩って王子さまじゃなかった?
まあ、本人がいいならそれでいい疑問は置いとこう。お腹減ってしょうがなかったんだよね、私。
「ところでこれからどうするんですか?」
「ええと、まず今の現在地がシェーリ国の国境側なんだよね」
「あー.........だと......こっから歩いて平原抜けんのに、上手く行って2日、雨が降りゃ3、4日ってとこだなあ」
「どちらにせよ、このまま帰ることは不可能であるな」
確かに食料ももう無いし、水も心もとない。
そういえばセルマ先生も一緒に食べてるんだけど、さっきから一言も喋らず黙々と食べている。一応先生だから弟弟子のことにも口を出さないようにしてるんだろうな。チラチラこっち見てるのは多分気のせい。
「それじゃあ、補充にまずはシェーリ国に入らなきゃいけませんね」
気のせいなんだから無視じゃない。ルーセル先輩が笑い死にしようと、私には関係ない。
「学生証は身に付けておろう?なれば入国には問題もなかろうな」
「人数分補充できる金残ってる?シェーリってエーネオより物価高えよ?」
「ぶふっ.........それが問題なんだよ、ね。くふふ僕らが、演習用に学園から渡された金額はきっちり.........ふにょっ.........使ったしぶっ!.........一応いくらか持ってきたけど4人分.........っ!.........の旅支度を整えるに、はふっ、シェーリの物価じゃた、足りなくなる可能性が高くてね.........っ!」
「わたくしも持ってきておるが、足してもそうたいした額にはならぬな」
「.........あーっと。すみません、私余分に持ってこれるお金は.........」
私は孤児なのである。
基本的にアルバイトで稼いだお金は生活費だ。ミレス伯爵を後見人に持つとはいえ、出して貰っているのは孤児院への援助と学費寮費だけ。将来、一定期間ミレス伯のために働く契約で後見人をしてもらっているから、出来るだけそう言う契約に縛られる期間は短い方がいい。
っていうかキュリー、よくこのルーセル先輩に対して普通に返事できるね。
「ルーセル、おそらくこれだけあれば足りるだろう。受けとれ」
お椀をおいたセルマ先生が、お金の入った袋をがしゃりとおいた。
音からしてかなりいっぱい入ってそうなんだけど.........!あの大きさの袋にお金がつまってるなんて、金貨、ううん銀貨でもそれなりな額になるよ。ちなみに、日本でいう一万円が金貨1枚、千円が銀貨1枚って換金レートかなあ。銅貨は大体百円くらい。金貨の上に星銀貨、さらに上に白金貨とかあるけど、大富豪とか以上しか使わない単位のお金だ。この中で見たことあるとすれば、マッグケーン先輩とキュリーくらいかなあ。
「でも兄さ、セルマ先生、先生からの援助を受けるわけには.........」
あ、そうだった。今って演習なんだった。普段は兄さんって呼んでるんだーとか思ってる場合じゃないよ。
「お前たち、核はいくつ持ってる?」
「俺が数えた限りじゃ89個ですね」
え、じゃあ森から出たあとの二人だけの殲滅戦で62匹相手にしてたわけなの。
普通の討伐隊でも5人以上で組んで10倍くらいの数を相手取るんだけど。2人で62匹ねえ。
「じゃあ、演習達成条件数以上は俺が買い取るって形でどうだ。他国で核を売ると今は色々と面倒くさいしな」
「ああ、それならよろしくお願いします、セルマ先生」
ルーセル先輩がお金を受け取って、マッグケーン先輩が核を私たちに必要な分だけ数え出す。
「セルマ先生、どうして他国に核を売ると面倒臭いんですか?」
「うわ、き、キーディア!?...あ、う、あれ?ま、魔獣討伐概論は受けてないのか?」
「担当の先生の意向で、私は1年のものを受けています。許可が出ないので自習でも学年が上の書籍は見れなくて...」
「そうか.....あれは2年で....あ、えと簡単に説明するとだな。か、核は、魔石とも呼ばれるえーと魔力の結晶なんだ。あーそうええと討伐隊が集めた核をなんだ、国が、その買い取るのは、えーその魔力を使って結界を張ってるからなわけなんだが.........」
ええと、セルマ先生の話を整理すると。
魔獣の核は魔石と呼ばれる魔力の結晶。そもそも、魔獣が死んだとき死体が残らないのは、その身体を構築する主成分が魔素に変換されるから。じゃあ、彼らはどこに自分を構成する魔力を留めておくかというと、それが魔獣の核だ。魔獣って言う異常なフィルターを通して外に出るから周りの魔素にも異常が出るんであって、核それ自体の魔力は純粋なものだ。
だから、各国は討伐隊が集めた核を買い取り、自国の結界や魔術道具の研究に精を出してる。他国に核を売るとめんどくさい理由は、エーネオ国が今停戦中だから、なんだって。
シェーリ国や、ブカレス平原に接する国と戦争してるわけじゃないけど、今現状でエーネオ国が有するルフェダオス学園の者が外に魔石を売るのは、考えすぎかもしれないけどしない方がいいだろうってことらしい。
そうだよねえ。騎士科や魔術科、医学科なんかは、戦争が起こったら従軍する可能性もあるんだよねえ。
いつ開戦するかわからない状態で、軍人見習いっていってもいい私たちが核を他国に持ち込むのは、処罰こそされなくてもあまり良くはないってことだね。停戦中なのは知ってても、私が生まれて2、3年でそうなったから、戦時中なんてほとんど意識したことなかった。
はあ、2年以上の魔獣概論はこういうことも習うのかあ。
1年の魔獣概論は、魔獣がどういう動きをしてどう対処するかってことしかやらないからなあ。多分今教えてもらったみたいなちょっと政治が絡むようなことは演習に行く予備知識として教わるんだろうな。元々この授業って、演習のための座学だし。
教えてもらったのはありがたいけど、セルマ先生が担当教師だったら私、授業にならない気がする。今だって説明も飛んだり跳ねたりで、ある程度流しつつ整理しなきゃこんがらがるところだよ。
「なるほど、セルマ先生、ありがとうございました」
それでも授業のお礼は大事だよね。
昔は起立して礼して着席してたけど、学園は大学みたいな感じだからあんまりこういう挨拶ってすることがない。ちょっと新鮮だね。
セルマ先生は一瞬固まったあと、ポンって頭を撫でてくれた。うーん、恥ずかしいけど嬉しい。
「さって、じゃあ、片付けて行こうぜー。日がくれるまでにはシェーリに入らねえとまずいんだしよ」
「そうであれば、セルマ先生とはここで一旦別れねばなるまいな。先生、ご助力感謝いたします」
「あ、ああ。気を付けて帰ってこいよ」
先生は、馬上から一瞬振り返ると、ちょっと考えたように止まって馬から降りた。
受け取った核から無造作にいくつか掴んで、ルーセル先輩に渡す。
「これは、兄弟子からのプレゼント。キーディアにも使い方、教えてやれ」
それだけ言って、セルマ先生は踵を返した。
ちょっと思ったけど、ルーセル先輩が規格外ってことはセルマ先生はもっと規格外なんだろうか。先輩は、師匠さんと戦えって言われたら死ぬ気で逃げるっていってたけど、セルマ先生相手だったらどうするんだろうなあ。いつか機会があったら聞いてみよう。
それにしても馬で走り去るとか、こっちの世界でも初めて見たけどやっぱかっこいい。バイクに乗ってる人もかっこいいと思うけど、馬にもなんか独特のスマートさがあって、ロマンだよね。
いつまでも見送ってても仕方ないし、ルーセル先輩も腹筋回復したみたいだし、さっさと片付けて出発しますか!
草原を歩き始めて、セルマ先生が何かを教えてやれっていってたことを思い出したのは、野生の狼に襲われたときだった。
正直危なかったんだよね。
そういえば、なんか教われって言われたなあ、って思ったとき、真横から狼が噛みつこうとしていたらしい。横から突然剣が飛び出して狼が撥ね飛ばされてから、事態を理解した。ビックリして、指が陣を描いてたけど、だけど間に合わなくて中途半端な陣が座り込んだ私の横に浮かんでた。
あと○描くだけだったのに。
一瞬そんなバカなこと考えて、それから心臓がばくばくしてきた。
「キーディアちゃん、大丈夫か?」
守ってくれたのはマッグケーン先輩だったみたいだ。
差し出された手を掴んで立ち上がる。幸い腰は抜けてないみたいで、まだ鼓動は速いけど大丈夫そうだ。
「距離的にキーディアちゃんに当たっちまいそうだったんで切らなかったんだけど。平気?噛みつかれたりとか切れたりとかしてねえよな?」
「.........ああ、はい。びっくりしましたけど、大丈夫です。ありがとうございます」
「ボーッとすんのはアブねえから気を付けろな。野生の動物は気配消すのが上手えから、こっちが気付くのもギリギリになっちまう」
「キーディア、マッグケーン殿のおっしゃる通りだ。一体何故に呆けておったのだ?」
キュリーが剣を鞘に仕舞いながら尋ねてきた。
だけど手だけは剣から離さず、厳しい表情をしたまま。
なんか私が切られそうでちょっと怖い。けど、狼を撃退した訳じゃないから警戒してるんだろう。
申し訳なくなって少しうつむいちゃったけど、素直にごめんなさいと謝った。
「あの、先生が何か教われって言ってたなって、思い出しただけなんです。意識がそっちに持ってかれて、そのごめんなさい.........」
「ああ、それなら国境越えたら教えるつもりだったんだよ。一言言っておけばよかったね。ごめん、ディア」
「いえ、私がボーッとしてしまっただけなので、こちらこそすみません」
ルーセル先輩にも気を使わせてしまった。
このメンバーなら大丈夫って過信してたけど、絶対なんて存在しないんだった。私がいるせいで崩れる可能性もあるんだから、特に国境の外ではきっちり警戒すべきだった。うう、穴があったら入りたい.........。
「ま、次は気ぃつけてくれりゃいいし、むしろ、その辺は俺らの仕事だからなあ。頑張って周辺警戒すっから、俺が怪我したら治してな、相棒!」
「マッグケーン殿、それはその通りでございますが、呆けていて良いと言うわけでも」
「そうだけどさ。あの状況で自分で避けれちゃう魔術師って俺いる意味ねえし。反省してくれてるんならがっつり説教はいらねえだろ。それからキュリーちゃん、俺のことはケーンでいいし、なんで俺にだけ言葉かたっくるしーの?」
説教モードに入りながら剣に手をかけているキュリーと、抜き身の剣を持ちながらへらへら笑うマッグケーン先輩。端から見たら草原で果たし合いでもしてるように見えたかもしれない。
っていうか、マッグケーン先輩、矛先変えてくれた?
私が悪いの分かってるし、危なかったのも心配してくれたのも分かるんだけど、キュリーの説教は長くなるから出来れば遠慮したかった。不謹慎だけど、ちょっとだけほっとする。反省するよ、休憩になったらがっつり落ち込む。それまではちゃんと警戒しなきゃ。
「はあ.........。まあ良い。呼び方に関しては、貴殿がそのちゃん付けを止めたなら考えよう」
「えー.......俺がキュリーって呼んだらルーセルくん、怒んない?」
私が決心している横で、マッグケーン先輩はルーセル先輩も巻き込んだ。
「別に怒らないよ。僕はキュリーがしたいようにしてくれればいいし。あ、ケーンくんがキュリーを好きになったりとかしたらとりあえず消すけど」
「そりゃ絶対無い.......ちょちょちょ、待って待って!!なんで魔術発動しようとしてんの!?」
「キュリーの魅力が分からない目なんて必要ないかなって思って」
「必要!!必要だから!」
「わたくしの魅力はルーセルだけが分かっておれば良いのだがなあ」
「そうだね、キュリー。他の男には勿体ないよね、僕だけのキュリー」
「もちろん、わたくしだけのルーセルであろう?」
また二人の世界が出来上がって、マッグケーン先輩は苦笑いしながらウィンクしてくれた。
あ、分かってて誘導したのかな。
後でこっそり、マッグケーン先輩にお礼をいっとこう。それと、庇ってくれた先輩のためにも、ボーッとだけはしない。それだけは絶対ちゃんとしよう。