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第五話


 「キュリー、ケーンくん!この森抜けるまでは荷物以外に気を配らないでいいから」


 ルーセル先輩の言葉が後ろから届く。

 魔獣化した植物の森だから、おそらく普通の獣はもう生きてないだろう。例えればここは巨大な魔獣の胃袋のなかなのだ。消化しやすいものはどんどん消えていく。

 こういった植物の魔獣は、自分から獲物を探しに行くことは出来ない。だから、こいつらは中に入った獲物を逃がさないために、迷わせて中心部へ案内する。

 森に入ったと確認したときから、何があるかわからないって移動にも結界を張ったままで良かった。じゃなきゃ、特に魔術師じゃない二人が危なかった。


 「ルーセル先輩!今結界ってどれくらい伸びてますか?」

 「約1キロだね。終わりは見えた?」

 「まだです!ブカレス平原の広さを考えたら、都合よくいってもまだ半分って所でしょう」

 「.........休憩にしようか」


 この森を抜けるには、太陽の位置も方位磁石も使い物にならない。

 普通に歩いていたらまたあの花畑に戻されるだけ。植物の魔獣は襲ってくる訳じゃないから、騎士はぶっちゃけ役に立たない。そのぶん魔術師にはやり易い相手なんだけど、それは外から見た場合に限る。魔術師を集めて焼き払えばそれで終わるからだ。大体にして植物が魔獣化するときにその場に居合わせるなんて確率としてかなりレア。動物に比べて植物の方が魔獣化しにくい。基本的に魔力を持たない植物は魔に当てられないはずなのに。


 「ブカレス平原に、世界樹なんてありましたっけ?」


 短くても休憩だ。結界だけは維持しながら、私は地面に直接座り込んだ。

 キュリーが、水筒から水を配ってくれる。少ない魔素を取り込みながら自分の魔力に変換して、私はルーセル先輩を見た。


 「世界樹は特殊な植物だから、この大陸じゃなかなか見れない筈なんだけどね」


 先輩の答えを聞いて、やっぱり、とおもう。

 急いで支度を整え、あの花畑の結界から出ないように結界を変形させて進んできた。立ちはだかる木を焼きながら、一直線に。結界を変形させたのは目印だ。結界内に歪んだ魔素をもつ植物は生えてこないから。

 迷路から脱出するには、迷いながら出口を探すか壁を壊して一直線に進むかの2つに1つ。今回の場合私とルーセル先輩の魔力がつきた時点でゲームオーバー。悠長なことはやってられない。


 「植物の魔獣を見たは初めてだが、ほんに不気味であるのう。わたくしとしたことが、今は何もできぬのが不甲斐ない」

 「それいっちゃあ俺もそうだなあ」

 「君たちには荷物全部抱えてもらってるし、松明も掲げてもらってるからね。それだけでも今は助かってるよ」


 騎士科の二人が項垂れてるけど、ここから出たら絶対に私は使い物にならない。半径1キロ以上ある森を今度は焼き払わなきゃならないなんて、考えただけで気が滅入るよね。

 ああ、もう。なんだってこんなとこに世界樹があったんだ。元々別大陸の植物だし、育成条件が厳しいからこの大陸ではほとんど植物の魔獣は見ることがないのにな。

 世界樹っていうけど、それは樹だけに限定されない。草でも花でも、魔力を持ってればそれは世界樹だ。私もルーセル先輩も魔術師として知識だけは持ってたけど、まさかたまたま世界樹が育ってて、たまたまあのタイミングで魔獣化するなんて、確率低すぎて気付けなかった。

 

 「この大陸で植物性魔獣に出くわすなんて、運が良いのか悪いのか.........」


 現在進行形で悪いに決まってますよ、ルーセル先輩。経験値の為だけに行動できるのはゲームだけだと思う。私は基本的にいのちはだいじに、でいきたい。


 「なあ、ルーセルくん。このまま行ったら、平原のどの辺に出るんだか分かるか?」

 「...ちょっと分からないかな。もう一回惑わされてるから、方角が推測できないんだよ。出来れば国境に近いところに出たいけど、祈るしかないね」

 「ああ、だから荷物だけは持っとかないとヤバいってわけか」


 どこに出るにしろ、学園はエーネオ国にあるのだから帰るのはそっち方向だ。だけどブカレス平原はエーネオ国とジャズ国、シェーリ国の国境に面してるから、一番近いところに向かって旅支度を整えないと広い平原を抜けるのでさえ厳しい。

 そういえば私ってこれが初めての演習なんだよなあ。え、ちょっと難易度高すぎるよね。千円握ってケーキ買いにいく程度の難易度だったはずなのに。

 ため息をついて、多少は回復した魔力を感じつつルーセル先輩の号令を待つ。このパーティではリーダーはルーセル先輩だからね。そのせいかマッグケーン先輩に対してルーセル先輩は気安くなってるし、マッグケーン先輩もまんざらでもなさそう。.........Mかな、マッグケーン先輩って。


 「さて、そろそろ行こうか。これが出来たのが今日の朝だから、明日の朝までに出られないと外からの魔術で焼かれかねないしね 」


 うああ、そういう時間制限までついちゃうのか。

 まあそうだよね、この規模の森なら、学園か3国の内のどれか、もしくは合同で魔術師が派遣される可能性もある。演習じゃないから馬で来るだろうし、来るとしたら明日の朝がリミットだ。


 「それならば夜通し歩かねばならぬな。寝ずの行軍は士気にも美にも関わるゆえあまりしたくは無いが、背に腹は代えられぬ。ルーセル、キーディア、悪いが頼むぞ」

 「ふふ、大丈夫だよ。僕の愛しいキュリーの美しさは何があったって霞まないから」

 「嬉しいことを言うてくれるのう、ルーセル。愛しているぞ」

 「僕もだよ、キュリー」

 「.........」

 「.........」


 今私とマッグケーン先輩の考えてることは同じだと思う。

 状況考えてくれませんかねええ.........!


 私たちはそのあと、休憩を挟みつつ歩き続けた。

 生命の気配ひとつしない森のなかを、黙々と、時にはピンク色を無視しながら、ザクザク進む。私とルーセル先輩は先頭と殿を入れ替わりながら。

 ルーセル先輩が殿になるとピンクの気配が立ち込めるから、そのお陰で私の進むスピードが上がったのは気のせいじゃない。だって必殺『見ざる聞かざる言わざる』がこの状況じゃ上手く発動できないんだよ。マッグケーン先輩も、スッゴい居心地悪そうだったしね。

 


 先頭で木を焼き払った先輩が声をあげたのは、空が少し明るくなった時だった。

 結界はもう2キロ以上に伸びていて、なるべく魔力が温存できるようにはしていたけどもう維持できる限界が近かった。

 よかったあ。出口見つかればあとは何とかなる。

 出る前に騎士たちが抱えてくれていた荷物を分配して、剣が振れるようになってもらう。


 「なあ、俺、今すげえ嫌な予感すんだけど」

 「あーはい。私も何か嫌な予感します。ここまでやっときたのに、ブルータス、お前もかって感じで.........」

 「え、なにそれ?」

 「ああ、気にしないで下さい」

 

 一番後ろからちらりと見ただけでも50匹位の魔獣がうろついてる。まさにここに来て(ブルータス)また魔獣(オマエもか)!?だ。

 

 「あの手のモノならわたくしたちでも出来ぬことは無いが、魔術科二人は戦えそうかの?」

 「ギリギリ......だね。あんまり期待しないで欲しい。1時間くらい休憩できれば何とかなりそうだけど」


 それだけでいいの?私は1日くらい休みたいけど。

 やっぱり、規格外.........もう化け物でいい気がしてきた。

 私たちは覚悟を決めて、森の外に出た。ずっと張っていた結界を解くと、異常な速度で木が育って道を塞ぐ。ちらりと前を見たら、なにもできなかった鬱憤を晴らすかのように騎士科の二人が戦っていて、うーん、これは戦いというより殲滅とかその方が合ってる気がする。キュリーの目が爛々と光ってて、危険な魔獣討伐だって言うのに唇が緩く弧を描いてる。マッグケーン先輩は先輩で高笑いしながら一気に5匹くらい相手取ってるし。さっきまで嫌な予感とか言ってたのが信じられない位のはっちゃけっぷりだ。


 「やっぱり、ストレスたまっちゃったんですね、植物性魔獣相手に」

 「ん?うんそうみたいだねえ.........。ああ、キュリーが楽しそうだ、ふふふ」


 一番はっちゃけてて危ないの、この人かもしんない。寝不足ってだけじゃないよね、いや、平常運転なのか?これ。

 魔獣って存在自体が魔素に変換されてるから、切り刻んでも血とかは出ない。

 スプラッタ映画も真っ青なぐちゃぐちゃ加減でも、空気に舞って最後に核が残るんだ。今のキュリーの様子なら少しくらい返り血があった方がいいんじゃないかと思うくらいだけど。

 そんなことを考えてたら、核が散らばるだけの草原が目の前に広がってた。昇りかけの朝日が反射して、キラキラ。


 「怪我はない?二人とも」

 「ふふ、少しかすった程度ゆえ、大事ない。歩き通した後なのに妙に調子が良くてな。今ならあと50は相手取ることができようて」


 ふふふ、と笑うキュリーはとっても綺麗なんだけど、それは寝てないからハイになってるだけだよ。妙に目が据わってて、正直ちょっと怖い。 っていうかキュリーも規格外.........もう化け物でいいよね。マッグケーン先輩はキュリーほど体力は無いみたいで 、茶色い髪が汗で額に張り付いてるし、肩で息してる。あれだけ動けば普通はこうだよね。

 核を回収して、出来るだけ森から離れる。もし、まだあの近くに世界樹が育ってて、また飲み込まれたらとてもじゃないけど今の私たちには対処しきれない。

 少なくとも、ルーセル先輩が言うように1時間は回復に専念したいけど、無理なんだろうなあ。


 「ぶふぉっ.........!!」


 歩いてる最中、遠くから蹄の音が聞こえた。瞬間に、ルーセル先輩が笑い出す。お腹を抱えて。


 「キーディア!!無事か!?」


 程なく追い付いた馬から飛び降りて私の肩をつかんで安否を確認してきたのは、セルマ先生だった。

 それを聞いたルーセル先輩が「ひぐっ」と声をあげて動かなくなったので、キュリーとマッグケーン先輩は背中をさすって介抱してあげていた。

 とりあえず、全員(・ ・)無事ですよ、セルマ先生。



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