第二話
今、私は猛烈に後悔している。
目の前には騎士科の皆様の屍の山。ほんと、どうしてこうなったんだろう。意味がわからない。
金の巻き毛を無造作に揺らし、仁王立ちするその美貌。黄緑の瞳は屍を見るその苛烈さをもってしてなお輝く。まさしく女王の名に相応しい立ち姿だ。が。
「全く不甲斐ない。貴様らそれでも栄誉あるルフェダオス学園の騎士か!?わたくしの剣一つ捌けずしてそう名乗るもおこがましいに、わたくしの友人のペアになりたいなどとよくも申したな」
いや、誰もなりたいなんていってないよ、キュリー。
そう、そもそもの発端は私の討伐演習が許可されたことにある。
セルマ先生が、何度目かの実技のときに、私の実力を認めてくれ、学園に掛け合ってくれたのだ。裏にルーセル先輩の動きが無かったとは言わない。小遣い稼ぎの最中に、ちらっとセルマ先生の姿を確認したし、それを見て先輩がまた笑い死にしそうになっていたからだ。
何はともあれ、せっかく許可されたのだからペアを探して演習に励もう、と決意を新たにした。そうしたら、キュリーが見定めてくれよう、と独特な口調で騎士科3年を召集したのだ。それが、まさかこんなことになろうとは。
「ぶっ...ふぐ、ははふゅ...ぼふゅっ.........!!!!」
「ルーセル先輩、笑いたいならはっきり笑ってください」
「うむ?ルーセル、どうした?」
声高に笑いだした先輩に、キュリーが剣を納めて近寄ってくる。
あなたのしたことにおおわらいしてんですよー、と半ば本気で目で訴えてみる。
訴えてみる。
訴えてみ...た。
「ああ、今日も可愛いな!キーディア。わたくしにもっとその顔を見せておくれ」
いや、キュリーのがかわいいしきれいですよ。
抱き締められながら思うが、これを言うともっと抱き締められる。騎士科の女王様の異名は伊達じゃない。あのときは本気で死ぬかと思った。
ルーセル先輩が揺れる腹筋を撫でながら解放させてくれたので、きっと青あざができているだろう箇所に治癒をかけた。
話は戻るが、キュリーが見定めてくれたとしても私は学園の生徒をペアに選ぶつもりはなかった。
最高学府といっても、世の中は孤児であるというだけであまり良く思われない。あからさまな差別があるわけではないが、平民であっても字が書けない人間もいるのだ。うちは比較的ましだったけれど、それで孤児が満足な教育を受けているはずがない。
そんな風潮の世の中で、よく知らない人間が私をどう見るかというと、大体は孤児である、ということにおいて蔑んでくる。成績で言えば私の方が上であるにも関わらず。
いやー、最初はほんとひどかった。
ルーセル先輩と知り合って、キュリーと友人になるまでの一週間は、精神的に図太いはずの私でも思い出したくない。私が今こうやっていられるのは、前世の記憶に助けられたからと、二人に出会えたからだ。
こう考えたら、うん。私は友人に恵まれてるし、後見人にも恵まれてる。
ミレス伯の子供は既に学園を卒業しているから、色々と気を使うこともないしね。
「ありがとうございます、キュリー。でも、私はペアには孤児であることを気にしないひとを選びたいのですよ」
「何故だ?キーディアの実力ならばそこまで気を使う必要なかろうに」
「もしかしてディア、外部の人間とペアになるつもり?」
「ダメですか?その方が、選んだひとにも被害がいかないと思うんですけど」
騎士科には貴族が多い。平民が多い普通科や魔術一色の魔術科でさえ孤児であるというだけであまりいい顔をされないのだから、偏見のないひとを外部から選んだ方が私も楽だ。
キュリーも貴族だが、家は武門の家系で暑苦し...意味不...半端じゃない実力主義を掲げているためにある意味考え方は柔軟だ。ルーセル先輩は平民から貴族の師匠さんのところに弟子入り兼養子になったから、感覚的には平民に近い。
あ、ちなみに私を拾ってくれたのはキュリーのところの騎士だって院長先生が言ってたなあ。
「別に悪くないけれど、あまりおすすめはできないよ」
腹筋を撫でるのを止めた先輩が、真剣な表情でいった。
「現状でディアへの嫌がらせが止んでるのは、君の存在感のな...僕らとつるむようになったからって言うのが大きい。自分で言うのもなんだけど、学園内で僕らの影響力は大きいからね」
確かに、王子様と女王様だからね。影響力も大きいでしょう。存在感なくて悪かったな。
「ディアの実力は成績にも表れてるし、否定する要素がないから、孤児であることを理由に攻撃するんだよ。まあ、妬みだね」
この8ヵ月間、成績で誰かに負けたものなんてないからね。実戦でもまだ殆どの人に負けるつもりなんてないけど。
「だから、今君が外部の人間と組んだとしたら、後見人に腕の立つ者を用意してもらって、なんていう切り口を与えかねない。ミレス伯の権力なら出来ないことではないしね」
ううん。嫌がらせが再発くらいなら、どうせ4年間の学園生活だし我慢できないことはない...とおもうけど、ミレス伯にまで話が行くとちょっと困る。最初に釘刺されちゃってるし。
どうしよっかなあ。もうちょっと知り合いでも増やせればいいんだけど、孤児がどうだの置いといても私には誰も近寄ってこない。
先輩もいってた通り、この二人が高嶺の存在過ぎてあまり軽く近寄ってきてはくれないのだ。
「ふうん、じゃあ俺と組まない?」
もちろんこんな軽い感じで近寄ってほしくも無いわけだけど。
「うーん。先輩の言う通り、外部は止めときます。ミレス伯まで巻き込むとなると出来ませんし」
「それがいいよ。キュリー、今日集まった3年以外で有望なのは居ないの?」
「だから、俺と組もうって」
「ふむ。わたくしは騎士科の全てを把握しているわけではないのだが。今日召集したは実技も座学も上位の成績を修めておる者だけゆえ、実技だけに焦点を当てるのであれば居らんこともないな」
その言葉に、私はちょっと不安になる。
討伐演習に頭でっかちを連れていくわけにはいかないが、バカでも困る。目の前のペアが一緒にいるなら大抵は大丈夫だろうけども。
「その中に私と組んでくれるひとがいればいいですけど...」
「俺と組めば万事解決じゃんか」
「キーディアの実力を見ればむしろ志願者が募ろうて。心配せずともよかろうよ」
「そうそう。大丈夫だよ、ディア。君のペアは僕らとチームになるわけだからきっちり見定めてあげるしね」
「え、なんで皆して無視すんの?」
「先輩、キュリー。ありがとうございます」
私は心からお礼をいった。
精神的には年上だけど、私を可愛がってくれる年長者で、友人だ。前世でも友達は居たけど、この二人ほどの存在じゃなかった気がする。
私も動くけど、二人もいればなんとかなりそう。
と、思ったら私のお腹がぐうと鳴った。
そう言えば、朝御飯を食べた後すぐにキュリーに呼び出されて無双を見せられてたから、すでにおやつ時なのにお昼も食べてなかった。
「お腹減ったね。ああ、セルマ先生が美味しいお店教えてくれたから、そこに食べにいかない?」
「あ、俺もいっていい?腹へってさあ」
「あの店か?なら邪魔は入らない個室があったな」
なにそれたかそう。
私のお小遣いじゃきびしいかもなあ。
「お高い店は無理ですよ?」
「大丈夫。セルマ先生のお陰で特定条件下ならスッゴい安くなるんだ」
ならいいか。よくわからないし、ルーセル先輩の黒い笑みがちょっと怖いからさらっと流すことにする。先輩に、先生に今度お礼を言っておいてね、とも言われたので素直に頷いておいた。
私たちは3人揃ってその場を後にし、美味しいご飯に舌鼓をうった。
翌日、セルマ先生にご飯のお礼を言ったら、かまわないからもっと食べに行くといい、と言ってくれた。
ものすごく動揺してたけど、っていうか私、動揺してないセルマ先生と話したことないんだけど、あれは大丈夫なんだろうか。
ルーセル先輩にそれを言ったら、大笑いしそうな気がする。
先輩は兄弟子が好きなんだろうと思ってたけど、逆だったのかな。
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