#4 私と店長達の休日。
短くまとめると言っていたにも関わらず、思っていたより長くなりました
それでも普通に短い方だと思うので、良ければ読んでって下さい。
5月中旬、日曜日。
今日は2週間後に迫った中間テストの勉強をするつもりだ。
でも取り敢えず、朝はバイトとして店の掃除をしに行かないと……。
〜午前7時30分
開店までは30分もある。
"準備中"の札が掛かっている正面は閉まっているので、私はいつも通り裏口から店に入る。
この静かな雰囲気。
何処からか漂ってくるコーヒー豆の香り。
私はやっぱりこの店が好きだ。
店長の部屋に入ると、
「えっ?!」
驚きのあまり、思わず声を出してしまった。
部屋の中は珍しく綺麗で、その上店長がいないのだ。
いつもはくしゃくしゃになったスポーツ新聞、食べ終えたカップラーメンのゴミ、飲みかけのビール缶(彼はアルコールに弱く、いつも飲んでいる途中で眠りにおちる)とまるでごみ溜めの部屋の中心で毛布にくるまって爆睡している店長がいるのだから、驚くのは当たり前だ。
改心して掃除をすることにしたのか。それとも流石に居心地が悪くなったのか。
どちらにせよ、店長が自発的に掃除をするなんて。
いやぁ、感心感心。
だが、私のこんな想いは、すぐに打ち消されることになる。
「店長〜!自分から部屋の掃除するなんて偉いじゃないですか〜!」
店に入るとコーヒーを淹れる店長の後ろ姿が見えたので、声を掛けた。
しかし、店長は振り返らずキョトンとした顔で言った。
「掃除?なんのことだ?」
そんな面倒くさいことをする時間があれば僕は寝るよ。
と、眠そうな顔で付け加える。
そうですよね。一瞬でも貴方を信じた私が馬鹿でした。
でも、じゃあ誰が……?
その時、不意に客席の方から声がした。
「ああ、掃除?私がやったのよ。いくらなんでもあれは見てらんないから」
――え、誰? 女の人??
「ああ、美久がしてくれたの?あれ」
―――店長名前で呼んでるし!
「礼くらいしなさいよ」
「ハイハイ、ありがとうございました」
「棒読みね……」
――この人なんなの?店長の彼女?ていうか、お客さん来てるの初めて見た……。
「そーいやぁ、小野の奴まだか?」
「彼はもうすぐよ」
――小野さん?って確か店長の友達だっけ……。
もう訳分かんないよ……。
会話に全く付いていけず、私が固まっていると。
「あ、ごめんな、、こっちで勝手に話進めちゃって」
店長がそんな私に気づいてくれた。
「こいつは、大学3年の松岡美久。大学で同級生だった奴だよ」
――松岡さん、この人も友達だっけ?彼女じゃないのかな?
でもそれより気になるのは……
(――大学生で同級生だった奴だよ)
同級生、だった……?
どういうことだろう……。と、戸惑っていると。
「彼、1年の途中でいきなり消えちゃったのよ。コーヒーに目覚めたとか言って。かなり成績良かったのに。勿体ないわ」
美久さんが私の心の中を見透かしたかのように説明してくれた。
「うるせえよ。俺はコーヒー一筋で行くと決めたんだ。あ、彩音ちゃんはモーニング待っててね」
そう言うと店長は私達に背を向けキッチンへと向かった。
え?店長って友達に対してはあんな話し方なの?
聞きたいことは色々あるが、ひとまずモーニングを待とう。と、いつものカウンター席に座る。
すると横から声を掛けられた。
「ねね、彩音ちゃん、だっけ?」
「は、はい!」
美久さんだ。黒髪ロング。顔も色白で整っている。身長も180センチの店長よりは低いけど、170といったところ。
いいなぁ、まさに女の子の憧れって感じだなぁ。
対する私は、身長155cm。スタイルも美久さんのようには……。
大丈夫、相手は大学生!私はまだまだこれから成長を…‥
「彩音ちゃん?」
「あ、すいません。ちょっと考えごとを」
「考えごとかー。何?私に相談してごらん?」
美久さん、いい人そうだな。
でも、貴女みたいにスタイルが良くなりたいです!って言うのもなぁ……。
そうだ。
「あの、店長のことなんですが。店長って友達に対してはいつもあんな話し方なんですか?」
代わりに、聞いてみた。
すると。
「私も疑問だったのよ!彼、貴女にはいつもあんな話し方なの?」
美久さんも同じことを思っていたようだ。
後で色々聞いてみよう。
「そういえば彼ね、今日の朝、面白いバイトの子がいるんだって自慢気に話してたわよ」
店長……。
なんか、嬉しいような。
「貴女達、兄妹みたいね」
と、美久さん。
そうかな?周りにはそう見えるのかな?でも、店長は私を友達のカテゴリーに入れてるんだよなー。
良く分からん。
「兄妹かぁ……」
「何?それともカップルの方が良かった?」
……は?
「いや、それは……」
思わずキョトンとしてしまった。
店長が彼氏?考えたことも無かったなぁ。うーん。
(この子、まだそーいうの鈍いみたいね……)
「店長さーん、あんた振られたわよ〜」
「あ?何の話だ」
(あっちもあれだからなぁ)
〜数分後
「彩音ちゃん、モーニング出来たよ。遅れてゴメンね〜」
「良いよ、店長!今日もありがとう」
(やっぱりこの2人、良い雰囲気なんだけど……)
〜カランカラン!
「悪い、ちょっと遅れちゃったか!」
店に、またお客さんが来た。
茶髪の男の人だ。
すると、隣にいた美久さんがいきなり駆け寄って……
その男性に抱きついた。
「おはよう、慶司」
「おはよう、美久」
「え、え?」
その光景に私が混乱していると。
「店内でいちゃつくのはやめて貰えますかね?他のお客様の迷惑ですので。」
この声は店長だ。
「(あの二人、付き合ってんの。男の方は小野慶司、お巡りさんだよ)」
「何二人でコソコソしてるの。早く慶司にもコーヒー出して?」
へいへい、と店長は再び奥へと戻った。
「あ、彩音ちゃん。この人は慶司って言うの。私の彼よ」
「へ、へぇ、そ、そうなんですかぁ。あ、あはは、は」
未だに先程の光景に動揺している私は、上手く返事が出来ない。
私の目の前にいる美久さんは、さっきまでと違って、なんというか、女の顔になっていた。
(――女という生き物は、恋をすれば顔付きが変わるのですよ!顔付きがぁ!)
莉那ちゃんが前にそんなことを言っていたが、本当だな。
「はじめまして、小野慶司です。刑事って読んでくれたら嬉しいな」
美久さんの彼氏に、自己紹介をされた。
慶司で刑事か。そのままだな。ん?でも本当にお巡りさんなんだっけ…。
「鷲宮彩音です。はじめまして」
私が返事をすると刑事さん(私はこの人を"デカさん"と呼ぶことにする)はにっこり微笑んで、店長から差し出されたコーヒーを啜った。そして、
「苦……」
「「子供か!」」
店長と美久さんに同時に突っ込まれた。
「お前、お巡りさんがコーヒー飲めなくてどうする」
と、店長。
「私、貴方のそーいう可愛いところも好きよ」
と、美久さん。
あ、そうだ!
私は食事の手を止め、席を立ち店長のいるカウンターの内側へと入っていった。
牛乳と砂糖を持ってくる。
〜ドボドボ、バサッ
これくらい大量に入れないと、苦味は消えないのだ。
「あ、ありがとう。苦いのは苦手でね…。」
ゴクッ、ゴクッ
「美味しい!」
「流石はバイトさんね」
2人に褒められ、嬉しい気分になる。
一方の店長はやはりその飲み方が気に入らないのか、邪道だ、邪道だ、と呟いている。
「じゃあそろそろ行くわね。美味しいコーヒーありがとう」
甘くなったコーヒーを刑事さんがすぐに飲み干すと、美久さんは席を立った。
「おう、美久も掃除してくれたみたいでありがとうな」
「彩音ちゃん、だっけ、あれでコーヒー飲めるようになったよ。ありがとうな!」
刑事さんも私にお礼を言うと、席を立った。
「どういたしまして!」
〜カランカラン
二人は手を繋いで、店を出ていった。
「ありがとうございました!」
たまにはこーいう朝もいいかもしれないな。
だけど、気になることが1つ。
(貴女にとっての彼は何?)
帰り際に美久さんが店長の方を向いて私に放った一言。
(次会うときまでによーく考えといてね)
そう言われたからには、考えるしかない。
モーニングAを食べ終えた私は、この店で初めて自分以外の食器も洗うためにキッチンへと向かった。