#16 私と店長の決戦前夜。
お久しぶりです。
仮どんです。
更新遅れて、誠に申し訳ありませんでした。
それでも、こうやって続きを出せるのは、辛抱強く更新を待ってくれている心の広い皆様のお陰です。
これからも頑張りますので、よろしくお願いいたします。
ではでは
「彩音」
「ひ、ひゃい! なんれふかへんひょう!?(なんですか店長?)」
慣れない呼ばれ方に、思わず舌を噛んでしまった。
今日は金曜日。
明日はとうとう、志村くんと莉那ちゃんがこの店にやって来る日である。
現在、私達は訳あって、周りから恋人っぽく見られる様に練習をしている。
そして、これもその一環。
そっちの方が恋人っぽく見えるからということで、店長は私を呼び捨てにすることになったのだ。
まあ、それは一向に構わない。ちょっとむず痒い感じがするけど、これも友達の為。
この程度で弱音を吐くわけにはいきません。
けれど。
どうしても腑に落ちないことが1つ。
「店長。いま私達、恋人同士っていう設定ですよね?」
「え、違うの?」
「い、いや、そうなんですけど。現在私は自分の彼氏の名前すら知らない彼女になってるんですが」
そう。
お互いの呼び方とか以前に、私は店長の本名を知らない。
そんなカップルってないでしょう。
「…………、じゃあ、仮に僕の名前を"誠一"としようか」
「仮!? 何故頑なに本名を隠すんですか? それになんで"誠一"?」
疑問しか湧かない。
恋人に本名を教えない彼氏。
こんなので大丈夫なのか、私達。
「じゃあ彩音は、僕のことを"誠一さん"って呼ぶように。分かった?」
「ハ、ハイ。誠一さん……」
だいぶ強引に話を進める店長。
身体中がむず痒い。
店長に呼び捨てにされるのも、知らない人の名前で店長を呼ぶのも、違和感しか感じない。
それでも、大事な友達の為。
弱音を吐くわけにはいきません。
「誠一さん! 次はどんな作戦で私達を恋人っぽく見せますか?」
「よし、次は少女マンガにしよう。少女マンガのカップルを参考にするんだ。 まずはなるべく年が離れたカップルを探し出して」
「了解!」
私は半ばやけくそな気持ちで、数日前に店長が何故か持っていた少女マンガを次々と読んでいく。
しかし、これがなかなか見つからない。
どうやら世間の流行りは、王様キャラの男子が登場する同級生カップルの様である。
それでも、根気強くページを捲っていくと、ようやく年の差カップルが登場するマンガを発見した。
「ありましたよ! 店ちょぅ――、じゃなくて誠一さん!」
「お、見つかった? 彩音ちゃ――じゃなくって、彩音」
――危ない危ない。
早くも綻びが見え始めた急ごしらえの偽造カップルだが、時間のない私達に多少のミスを気にする時間なんてない。
「どれどれ、どんな内容なんだい?」
店長とその少女マンガを読んでいく。
話が途中からである為、細かい内容までは良く分からない。
それでも、学生の女の子とイケメンの先生による禁断の恋を描いている話、ということだけは分かった。
「ふむ…………」
何か参考になる台詞や行動はないか。
私達2人は一文一句なりとも漏らさぬ様に、その少女マンガを隅から隅まで読み尽くした。
――しかし。
「――彩音ちゃん。これはちょっと……」
「ええ、あの、なんか、アレですね」
うーん、なんだろう。
このもやもやする感じ。
話自体は結構面白くて、続きが読みたい位なんだけど、主人公のヒロインが恋心を寄せている先生。彼の発言が、ちょっと痛い。
そして、その先生の容姿が店長と妙に被ってしまい、なんだか見てる私が恥ずかしくなるのだ。
「彩音ちゃん、これは止めて他のにしない? ねえ、他のを探そうよ」
私を呼び捨てにして年上オーラを出しまくっていたさっきまでとは打って変わって、いきなり弱々しい表情を見せる店長。
その困った顔を見て、私の中のもやもやが、別の何かに変化した。
「いやいや、やりましょうよ店長。店長も言ってたじゃないですか。『初々しいのを見てたら僕も応援したくなる、協力するよ』って」
「……い、いや、あの、これは駄目でしょ? こんな台詞吐いたらキャラが壊れるって」
「ほらほら、早く言ってくださいよ。マンガの中の彼の様に」
「駄目だって、マズイよ、いや、言わないよ。言わないからね?」
弱々しい表情を見ていると、ますます苛めたくなってくる。
「駄目ですよ店長。そもそも少女マンガを参考にするって言ったのは店長なんですから。男に二言はなしですよ!」
「くっ…………」
――そして。
「『彩音、今からお前に俺の特別授業を――』」
〜カランカラン♪
例の先生の決め台詞を店長が言いかけたその時。
私達2人しかいないこの静かな喫茶店に、玄関のドアが開くときの軽やかな鈴の音が鳴り響いた。
「「なん……だと……?」」
私と店長が急いでドアの方を振り向いた時には、既に時遅しで。
ドアの近くには、どこかで見たことのある顔の男性が呆然と立ち尽くしていて。
よくよく見ると、その男性は井上さんで。
私はこの前の日曜日、居酒屋でのお代を未だに払っていなかったことをハッと思い出していて。
店長が私に顔を近づけて、ちょっぴり痛い決め台詞を吐くその光景を、彼の視界はしっかりと捉えていた。
◆◇◆◇◆◇
「おまえら、バカなんじゃねえか?」
すっかり呆れ果てた表情で、井上さんは言った。
あの後、私の貞操を案じ、純粋な正義感から110番に通報しようとした井上さんを羽交い締めにし、必死の説明でなんとか誤解を解いた私達。
しかし誤解を解いて尚、井上さんは冷めた白い目をこちらに向けるのだった。
「周りからカップルだと思われる為に少女マンガを参考にするだと? そんな中学生並の発想しか出来ねえ奴が、喫茶店の店長なんてやってもいいのか?」
店長から差し出されたコーヒーを渋い表情で啜りながら、井上さんは呆れた調子で言った。
「それとこれとは別だろうが。あと中学生とか言うな」
同年代の人と話す時は、相変わらず少し乱暴な口調になる店長。
私はそんな彼を珍しがると共に、この騒動の一端に自分の不用意な発言があったことを思い出し、申し訳なさそうに、店長の方へと目を向ける。
「(ゴメンなさい、ちょっと調子に乗り過ぎました)」
「(いやいや、彩音ちゃんが謝ることはないよ)」
お互いに微妙な表情を汲み取り、無言の言葉を交わした後、店長は井上さんに言った。
「どうしたら俺達、恋人同士に見えると思う?」
「取り敢えず少女マンガはNGだな。 何度でも言おう、あれじゃただの不審者だ。 不・審・者」
「くっ……」
井上さんの容赦ない言葉の前にうなだれる店長。
私はそんな店長を尻目に、1人しばし考える。
(少女マンガが痛すぎるのなら――)
「それなら、恋愛小説はどうでしょう?」
恋愛小説。
これを参考にすれば、もう少しリアリティーのある偽造カップルになれるのではないか。
「おお、それならリアリティーが増していいかもね」
店長も私と同意見。
うんうんと何度も頷いている。
しかし、そんな私達とは正反対に、相変わらず冷めた白い目をしているのは井上さん。
「あのなぁ……、どうしてお前らは人の真似ばかりしたがるんだ。もう少し自分達で何とかしようとは思わねえのか?」
「なんだと? それじゃあ真似をすることが悪いみたいじゃないか。いいか。"学ぶ"という字は、"真似ぶ"と書いて――」
「黙れ屁理屈野郎。 いいか。お前ら、もう今のままで十分カップルに見えるから。色々と無駄なこと考えるんじゃねえぞ。 じゃあな」
飲みかけだったアイスコーヒーを一気に飲み干すと、井上さんは店から出ていってしまったのだった。
◇◆◇◆◇◆
「結局井上くんは何をしにきたんだろう?」
現在、午後8時。
すっかり暗くなった外に包まれた喫茶店で、私と店長は話をしている。
「この前の居酒屋でのお代を取りにきたんだと思いますよ。結局、払う前に帰っちゃいましたけど」
そのうち、こっちから払いにいかないと。
「ああ、あの時の……って僕は酔ってたからあまり覚えてないんだけどね」
へらへらと、笑う店長。
「まったく。あの時は大変だったんですよ?自転車で店長をここまで運ぶのは……あ!自転車も返してないままだった」
次の日曜日にでも、自転車も返しにいかないと。
でも、その前に。
「明日だね、いよいよ」
「そうですね、どうしましょうか?」
「うーん。この際、もう小細工はなしにしよう。その場のノリで、恋人っぽく見えるように上手く合わせて行くんだ!大丈夫。たぶん、なんとかなるさ」
「はい、店長!」
根拠のない自信を胸に。
私達は、決戦の土曜日を迎える。