#1 私と店長の朝。
「店長!起きてくださあーい!!」
「んん、ん?まだ7時半じゃないか。開店まで30分もある。バイトの分際で僕の生活リズムを崩さないでくれるかい?」
どーせ客は来ないんだし。と、店長は眠たそうに付け加えた。
「バイトに叱られるような店長が店長だから客が来ないんです!もっと真面目に店長して下さいよ!」
「まったく君は言いたい放題だねぇ。僕に文句を言う暇があるなら掃除でもしときなさい」
それと、店長店長うるさいけど、僕は店長じゃなく"マスター"だよ?と、そこは重要なのか店長は相変わらず眠たそうな声で付け加えた。
「掃除はとっくに終わりました。私も学校あるんですから、早く起きて準備して下さい」
「あー、もー。分かったよ、分かりました!もー本当にうるさいんだから。あー面倒くさい」
ここは貴様の店だろうが!と、私は心の中でツッコミを入れる。
「ちょっと待っててね。後5分くらいしたら作るから」
そう言って店長は店の奥へと消えていった。
〜5分後〜
「はい、いつものね」
どうやら顔を洗ってきたらしい。服装はパジャマのままだが、その声からは眠気が消えている。
「ありがとうございます」
"いつもの"というのは私の朝食(モーニングA)のことだ。
たっぷり玉子が入ったホットサンドと野菜サラダにホットコーヒー。という至って普通の組み合わせなのだが、これが思った以上に美味しい。
どういう訳か、ホットサンドに入っている玉子の黄身は毎回同じようにふわふわとしていて、ほんのり塩味なのが余計に黄身の甘さを際立たせる。
サラダもみずみずしく、そのシャキッとした食感はやはり他のサラダとは比べ物にならない。
ホットコーヒーは苦いから苦手だったのだが、それに気づいた店長が牛乳と砂糖を入れてくれてからはとても飲みやすくなった。(店長曰く、それは邪道な飲み方だそうだ)
とにかく、こんなに長くその美味しさを力説出来るほど私はこの朝食を気に入っている。
この時だけ、私は客として毎朝350円をこのモーニングAに費やし、この店の収入に貢献しているのだ。
しかしこのモーニングA。私以外が注文しているのを見たことがない。というかそもそも、この店に私と店長以外の人間がいるのを見たことがない。
店長曰く、『君がいない間に1日に何人か客は来るよ。心配しないで』だそうだが。
私としては、こんなに美味しいモーニングがあるんだから、この店がこんなに廃れているのはとても勿体ないという気持ちである。
「店長。この店このままでいいんですか?こんなに美味しいモーニングがあるのに。お客さんもっと欲しくないんですか?」
カウンター越しにこっちを見ている店長に聞いてみた。
「そうかぁ。僕のモーニングが、美味しいかぁ。ありがたいねぇ」
店長は嬉しそうな顔をして、話を続けた。
「でもさあ、お店が繁盛しちゃったら僕が忙しくなるでしょ?それは面倒くさいなぁ」
そう。やっぱり店長はこんな人である。そもそも店の繁盛を願ってすらいない。
「それに、もしお店が繁盛しちゃったら、君はこんな風に毎朝モーニングを食べることは出来なくなるんだよ?」
少し寂しそうに店長は付け加えた。
確かにそれは……、嫌だ。なんだかんだ言いながらもこの静かな空間は私にとって居心地の良い場所である。
毎朝、モーニングAを食べながら店長と他愛もない話をする。
それは店の繁盛よりも価値のあるものなのかもしれない。
「確かに、このままの方がいいかもですね!」
「だろ!おっと、時間大丈夫?」
現在、8時15分。
ここから学校まで徒歩10分だから…。
「ちょっと、ヤバいかも!」
私は急いでホットコーヒーを飲み干すと、店のドアへと向かう。
「行ってらっしゃーい、彩音ちゃん」
「ごちそうさまでした!行ってきます!」
〜カランカラン♪
喫茶店特有のドアを開ける心地よい鈴の音と共に、いつもより少し歩くスピードを上げて私は学校へと向かった。