中
ロアノヴァはその頃、ターゲットの場所に向かうため、階段で三階まで上っていた。
螺旋階段。
手摺りから身を乗り出し、階下から迫る追手を撃ちながら上る。
四階の踊り場に着いた。
続けて走る。上る。
手摺りから火花が散った。
反応したロアノヴァが下に向けて撃つ。
人間が階段坂を転がる音がその方から響いてきた。
五階に着いた。踊り場を抜け、廊下へ進む。
今まで通りの赤いカーペットの回廊を折れて折れて、三階折れたところに兵が二人待ち構えていた。
二人の兵は巨大な扉を挟んで立っていた。あの扉がターゲット、ジョージ・ハイントンのいる部屋らしい。
一人を撃って即座に銃弾で薙ぎ倒した。
もう一人。AKを撃ってきた。
撃とうとしたが、トリガーを引くと銃身から情け無い、乾いた音が鳴った。
弾切れした。弾切れしたので腰のベルトに装着したバタフライナイフを投げた。
兵の腹に突き刺さった。悲鳴を上げている隙に走り寄り、突き刺さったナイフを抜き、それでこめかみを貫いた。
白目をひん剥いて倒れる兵を興味なさ気に一瞥した後、ベレッタのリロードを行った。
とても慣れた手つきで、完了まで二秒と掛からなかった。
リロードが終わり、銃のグリップを握り締めると、扉を蹴り破った。
白の壁に赤の床。暖炉の火が揺らめき、パチパチと小切れの良い音を立てる。
誰もが羨望する程の大きなベッドの横のアンティークテーブルで、館主、ジョージ・ハイントンが顔を赤く染めて、ワインをチーズと共に嗜んでいた。
ジョージ・ハイントンはロアノヴァが来たのを見ると豪快に笑った。
笑いの意味が判らず、一瞬当惑した次の瞬間、後ろから何者かの太い腕で首を閉められた。
チョークスリーパー。
ロアノヴァは構わず、後ろの者に銃口を向けた。
すると、突き飛ばされた。床を転がってから体勢を立て直す。
顔を上げて、相手を見る。
アジア人らしい顔立ち。
世界の荒事を知り尽くしたような、野蛮で鋭い目つき。
グルカ兵だ。
ジョージ・ハイントンが言ってまた笑った。
グルカ兵。
ロアノヴァは思い出した。
インドで四十人のバスジャック犯を相手にしたという、世界屈指の強さを誇るネパール山岳兵……。
立ち上がり、改めて相手と対峙する。
自分の体の動きを見られている。じっくりと。
筋肉。呼吸による肩の上下。獲物を観察する豹のようだ。
動いたら殺す。
猛禽の如き眼光が言う。
金縛り。硬直して動けない。
だが、構うかと自分を叱咤して後ろに退がった。
ベレッタを放つ間合いを取る為だ。奴に近づかれたら銃も糞も無くやられてしまうだろう。
ロアノヴァとグルカ兵との距離、六メートル。
しかし、その六メートルの距離がグルカ兵によって一瞬にしてゼロにされた。
目の前で無表情に笑うグルカ兵。何という凄まじい脚力だろうか。
ロアノヴァが驚愕してる間に彼女に強力な一打が打ち込まれた。
リバーブロー。
これを間一髪で身を捩って避けた。
再び後方に退がるが、グルカ兵がこれについてきた。
次の瞬間、唐突に銃声が室内に轟いた。
沈黙がわずかに場を支配した後、グルカ兵が地に伏した。
硝煙がロアノヴァの足元……ヒールの爪先に立てられたベレッタの銃口から立ち昇る。
ロアノヴァはリバーブローをもらう刹那、手にしていたベレッタを縦に立てて床に落とし、ヒールで受け止めた。
そして退き様、爪先で……引き金を引いた。
練磨された殺し屋のみが成せる業……。
だが、彼女が振り返るとすぐそこにルガーを構えて冷笑するジョージ・ハイントンの姿があった。
死ね。
再び銃声が鳴り響いた。