雨
この章は 塔子 目線です。
私は智樹と弘樹に支えられて日々の生活を送っていた。そんな二人に心配かけないようにいつも笑っているようにした。実際、本当に辛いことなんてほんの少しだけ。そんなの笑っていられた。
でも朱莉いないのはどうしようもなかくて、二人がいない日にリビングの壁にかかった赤いキーリングを手にとり、朱莉の部屋で一人泣くこともあった。
内戦直後の手紙以来、朱莉からの連絡は途絶えていた。朱莉は19歳の誕生日も20歳の誕生日にも帰っては来なかった。
私たちは少しずつ朱莉のことを口にしなくなった。口にすると自分も二人も重たい気分になるから……。朱莉がいなくなった生活に慣れてきたのかもしれない。
放課後、買い物でもして帰ろうと思ったのに教室には智樹がいない。
(……何処に行ったのかな?)
私は教室を見回して智樹を探した。
「塔子ちゃん!」
「あっ、平沢くん」
平沢くんは高校からの同級生で智樹の親友。大学でも智樹と同じ学科を取っている。
「平沢くん智樹知らない?」
「あいつなら午前の講義終わって帰ったよ。なんかバイトの人数足りないんだって」
「そうなんだ」
(ひとことメールくれてもいいのに)
私は小さくため息をついた。
「塔子ちゃん今からヒマ?!たまには俺とお茶でもどうよ?」
「平沢くんまた彼女とケンカしたんでしょ」
「……バレた?」
平沢くんは苦笑いをしながら頭をかいた。
「ごめん!話は聞きたいんだけど今日は帰るね。雨降りそうなのに洗濯物干して来ちゃったから」
顔の前で両手を合わせてから、バッグを肩にかけ平沢くんから離れた。
「あっ!塔子ちゃん!」
振り返ると平沢くんがキョロキョロしながら近づいて来て、小声で話した。
「あのさ……、高倉朱莉から連絡ってない?」
「……無いよ。なんで?」
「…………」
平沢くんは口に手を当てながら私に背を向けた。
「平沢くん!!」
私は腕を掴んで強引にこっちを向かせた。あまりに大きな声を出してしまって教室に残っていた数人の視線が一気に集中した。私はそんな視線は気にならなかった。
「何かわかったの?」
「……20分でいいからお茶しよう」
平沢くんは私にそう行って教室を出た。
私たちは大学の前の喫茶店に向かった。
コーヒーが運ばれ一息つくと平沢くんが口を開いた。
「俺の親父が警察官なのは知ってる?」
平沢くんのお父さんが警察官で結構偉いってことは知っていたから私は静かに頷いた。
「実は親父は高倉の件の調査してるんだけど……」
平沢くんは私と目を合わせたまま少し言葉を詰まらせた。
「高倉、日本にいるかも知れないって」
「……朱莉が……日本に?」
少し沈黙が続いて、グラスの氷がカランッと音を響かせた。
「数件の目撃情報が警察に入ったらしい。でも国内を転々としてるし、ガセの可能性もある。極秘の情報だけど智樹と塔子ちゃんには知らせてこうと思ってさ」
「そっか、ありがとう」
私はなんて答えればいいのかわからなくて、ほとんど何もしゃべらないまま店を後にした。
家に向かって歩き始めると我慢していた雨雲が一気に雨を降らせた。
「あっ、洗濯物」
今さら走って帰ってももう間に合わない。私は雨にうたれびしょ濡れになって帰った。
でもよかった。おかげで泣いてたのは周りの人にバレてないよね。
家に着いてリビングに入ったけどまだ2人とも戻ってなかった。私は濡れた服のまま朱莉の部屋のカギを取りに行った。
ない。朱莉の部屋のカギがない。いつもはリビングにかかってるのに。
私の胸は大きく高鳴った。まさか……。自分を落ち着かせながら朱莉の部屋に向かった。
ドアノブに手をかけひねるとやっぱりカギはかかっていなかった。静かにドアを開き、ゆっくりベットに近づいた。待ち望んでいた者は滲んでいく視界に確かに映っていた。
私はベットの横に跪き、震える唇で小さく名前を呼んだ。
「……あ……かり」
そっと髪に触れる。あんなにキレイだった長い黒髪は肩より短くカットされていた
。
「ん……」
朱莉は一瞬眉間にシワを寄せて、ゆっくり目を開いた。
「…………塔子?」
「朱莉っ!!」
私は朱莉に覆いかぶさり大声で泣いた。もうどこにも行かないようにと精一杯の力で抱きしめた。
「塔子……ごめんね、2年も遅くなっちゃった」
私は声を出せず、必死で首を横に振った。
「塔子とりあえず着替えよう?濡れた風邪ひくよ、ね?」
朱莉に連れられて自分の部屋に戻ったところで私の安堵し意識を失ってしまった。
夢を見た。急いで朱莉の大好物をたくさん作って帰ってきた智樹と弘樹と4人でおかえりパーティをしていた。
そういえばまだ朱莉におかえりを言ってなかったなぁ。目が覚めたら最初におかえりを言わないと……。




