プレゼント
この章は 塔子 目線です。
3月、私と智樹は無事に同じ大学に合格した。
智樹は空手でインターハイ2位になるほど強くなって、空手に力を入れている大学から推薦の話も来てたけど、私と同じ大学を受けてくれた。智樹の学力じゃ厳しい大学だったけど、空手を続けることを条件に合格した。
卒業した私は18歳の誕生日を迎えたので雅弘が誕生会と2人の卒業祝いをしてくれることになった。今までの誕生会と同じように家でやると思っていたら、雅弘は出掛けよう、と言って私たちを連れ出した。
「何処に行くの?」
「まだ内緒」
行き先を想定出来ず智樹と目を合わせたけど、智樹もわからないみたいで首を横に振った。そんな私たちの様子を楽しみながら雅弘は駅までの道を歩き始めた。乗り込んだ電車は4月から通う大学の方面に向かって走って行った。
大学がある駅から歩くこと数分、3人は1軒のマンションにたどり着いた。雅弘はポケットからカギを取り出し、セキュリティ装置に差し込んだ。オートロックのドアが開くと、雅弘は2人に中に入るように促した。私たちはここに何があるのか見当も付かず、黙ってエレベーターに乗った。
エレベーターは10階で停まり、雅弘は廊下を歩いて行く。
「兄貴ここって何?」
雅弘は扉のカギを開けながら満面の笑みで答えた。
「塔子開けてみて」
私はゆっくり扉を開いた。
「…………?」
そこは何の変哲も無い普通のマンションの一室。智樹と雅弘の顔を見ると上がってと言われ、靴を脱いで廊下を真っ直ぐ進んだ。
正面の扉を開くとそこはリビングで、ピザやポテトのデリバリーが並んでいた。私たちは黙って呆然とそれらを眺めていた。
「……リアクション無し?」
雅弘の言葉に智樹がため息をついた。
「……兄貴、先に説明してくれ。ここはナニ?」
「……まぁとりあえず座れ」
おそらく雅弘は2人が、うわ〜!何これ〜!!みたいな反応をするのを期待していたみたいで、少しガッカリした表情でテーブルの前に座った。私と智樹が席に座ると、雅弘はバッグから小さな箱を取り出した。
「俺から塔子と智樹にプレゼント」
2人は頭のハテナマークが消えないまま箱を受け取った。
箱を開くと中にはカギが2つ入っていた。カギはピンクのキーリングで束ねてあった。
「兄貴、何のカギ?」
智樹は青いキーリングを回しながら言った。
「1つはこの家のカギ、もう1つは部屋のカギ」
そう言って雅弘が指す扉には『Tohko』と筆記体で書かれたプレートが下げられていた。隣の扉には『Tomoki』、反対には『Masahiro』、そしてその隣には『Akari』のプレートが下がっていた。
「兄貴、ここってまさか……」
「俺が借りた。ここならお前らの大学も近いし便利だろ?」
私も智樹も思わず固まった。
「これからはここが俺たちの家だ」
雅弘はニヤリと笑った。
「……え〜〜っ?!」
少し間をおいて意味を理解して私たちは同時に声を上げた。
「こ、ここ4LDKだよ?!最上階だよ?!家賃いくらする?!もっと安いトコにした方がいいって!」
「それに俺と塔子は大学近いけど、兄貴は電車で乗り換えて1時間半だぜ?!」
「まあ落ち着けって。」
雅弘は興奮状態の2人をなだめた。
「家賃は俺が全部払うけど小遣いくらいは自分たちでバイトでもしろよ?あと俺は大学には車で行くから大丈夫」
「免許は取ったけど車持ってねぇじゃん!」
「買った」
「はぁ?!」
雅弘は自分の黒いキーリングに付けている3コ目のカギを智樹に見せた。
「兄貴さぁ……金どうしたの?」
「そうだよ、雅弘なんでそんなにお金持ってるの?」
マンションは賃貸にしても初期費用はかなりかかるし、車も買ってる。でも雅弘がバイトしてるのなんて見たこともないし……明らかに怪しい。
私たちは真剣な目で雅弘を問い詰めた。
「そんなにコワイ顔すんなって!実は俺な、株をやってるんだ」
「株?」
「そう。さすがに会社作るのはまだ無理だから、とりあえずお前たち食わしてやれるように独学でやってるの。だから生活費の心配はするな」
「雅弘すごい!」
「ってか兄貴はそれを先に言えよな!てっきりヤバイ金かと思ったじゃんか」
雅弘は鼻で笑い自分の頭を指でつつきながら話した。
「俺はお前と違ってココがキレるからな!それに昔からの約束だろう?智樹は強くなる、塔子は料理をがんばる、俺は経済面ってな!」
智樹は笑って頷いた。
「雅弘……それに智樹もありがとう!」
私は改めて自分はみんなに支えられていることを実感した。
翌日、雅弘の車で少ない荷物を運び、私はこれまで過ごして来た施設を出た。マンションでは先に荷物を運んだ智樹が片付けをしていた。
「雅弘、朱莉の部屋のカギ貸して」
「朱莉の部屋?ベットとテーブルしか無いけど?」
「少し風を通すだけだから」
雅弘は自分の部屋から赤いキーリングを取り出し私に手渡した。
―カチャ
赤いテーブルとグレーのベットだけがある薄暗い部屋の窓を開け、光と風を招いた。私はまだ少し冷たい風を吸い込み、ゆっくり目を閉じ呟いた。
朱莉、帰ってくるのをこの家で待ってるからね。
3人でずっと待ってるからね。