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手紙

この章は 智樹 目線です。


* * * * * * * * *


メリークリスマス!

塔子、雅弘、智樹!3人とも元気?

私はもちろん元気だよ。

こっちでの生活もすっかり慣れて、現地の人達とも仲良くなりました!

あと3ヵ月したら帰るからね。

延長とかしないから安心して。

ちょうどパスポートの期限も切れちゃうから急いで戻るよ。

それじゃあ塔子と智樹は受験勉強がんばれ!

雅弘もバカ智樹に勉強教えるのがんばってね。

私もがんばるから!


12.24 朱莉より


* * * * * * * * *




 送られたクリスマスカードには、長い髪をまとめた朱莉が変わった形の建物の前で写った写真が同封されていた。この手紙が届いたのは、年が明けて約一週間経った頃だった。


「メリークリスマスって……ケンカ売ってんのか? こっちは勉強でクリスマスも正月もねぇのに!」


 俺はギリギリになって本気で勉強を始めてたからかなり焦り出していた。


「智樹〜私、彼氏が浪人生なんて嫌だなぁ」


「じゃあ塔子、智樹が大学落ちたら別れちゃえ」


「なっ…!」


 塔子は兄貴と笑いながら俺をあおった。

 朱莉がいなくなってから、塔子は少したくましくなった。塔子には1年間の『朱莉離れ』がいい事だったみたいだ。




「お昼ご飯出来たよ。今日は塔子特製チャーハンです!」


「よしっ!休憩休憩」


「お前メシの時だけ反応早いよな……」


「まぁいいじゃん!腹が減っては戦は出来ぬってね。兄貴テレビつけて!」


「はいはい……」


 冬休み中はいつもこんな感じだった。共働きのうちの両親の代わりに塔子が昼メシを作ってくれる。3人でテレビ観ながら騒いで、昼からまた勉強。受験の追い込み時期だから当然といえば当然だ。勉強ばかりの毎日でも俺は結構楽しんでいた。


「そうそう兄貴、この問題ってこの公式でいいの?」


「お前どうしたの?メシの時間なのに」


「あ〜、なんか今のうちに聞かないと忘れそうだから」


「どれ?」


 俺が口をモゴモゴさせながら話していたから、塔子は台所にお茶を入れに行った。


「智樹、テレビ消すぞ?」


「待って、塔子がニュースの後の占い好きだからつけとこ。兄貴はこの問題に集中集中!」


 兄貴はニヤリと笑いながら問題を解説し始めた。




ガシャン!!


 勉強に集中していた俺は音に驚き顔を上げた。部屋の入口には湯飲みを床に落とし、呆然と立ち尽くす塔子がいた。


「塔子……?」


 俺が近寄ろうとすると塔子は一言呟いた。


「あ…かり……」


 俺は力無く倒れ込む塔子を支えた。


「塔子?!塔子!!」


 塔子はグッタリとして意識を戻さない。慌てて兄貴を見ると、さっき塔子が見ていた方向と同じ方向を見ていた。

 視線の先には……テレビ。

 俺も急いでテレビに目を向けると一瞬で画像が切り替わった。


『……次のニュースです。先日横領罪で逮捕、起訴された……』


「智樹、塔子を頼む」


「ちょっ……兄貴?!」


 兄貴はそれ以上何も言わず、自分の部屋に走って行った。状況が掴めず焦る俺は、目を閉じてテレビで見た一瞬の映像を思い出す。

 建物が見えた。あちこちで煙が見えて、その中に攻撃を受けて破損した建物。……あの建物、見たことがある。参考書?問題集?


「……くそっ!」


 俺は頭を掻きながら必死に記憶を辿る。


『あかり』


 塔子の言葉を思い出し、俺は息を飲んだ。抱き抱えていた塔子をソファーに寝かせて、さっき見たクリスマスカードの写真を取り出す。

 間違いない。朱莉の後ろには……爆破される前の奇形な建物。

 俺は兄貴の部屋に走った。




「……はい……はい、間違いありません。……よろしくお願いします。……はい」


 扉が開けっ放しの部屋に入ると、兄貴はインターネットを開いた状態で誰かと電話していた。ディスプレイにはあの建物が映っていた。




”現地時間の昨日、反乱軍による内戦再開。

中立民族を攻撃し死者が多数出ている。

現在確認されている邦人死亡者は2名。


○○大学教授 民族研究学者

 高倉 俊介さん

  妻 真奈美さん ”




それは朱莉の両親だった。頭が痛くて吐きそうになる。


「連絡待ってます。よろしくお願いします」


 しばらくして兄貴は携帯を切った。


「兄貴……朱莉は?」


「……わからない」


兄貴は両手で頭を抱えた。


「朱莉、死んだりしてねぇよな?」


「今、外務省の人に確認を取ってもらってる。朱莉、行方不明らしい。」


「……んでだよ」


 俺はその場にしゃがみ込み頭を抱えた。


「お前らが不安になると思ったから言ってなかったけど、朱莉の行った国は前から政府と反乱軍が対立して内戦が起こっていたんだ」


「内戦って…戦争だよな?兄貴はわかってて行かせたのかよ?!」


 俺の怒りの矛先は兄貴に向いていた。兄貴を責めるのは間違っているってわかっていても、俺は怒りを抑えることが出来なかった。


「ここ2年くらい争いはおさまっていた。朱莉のおじさんは内戦に中立な立場の民族を選んで万が一の場合に備えていたんだ。中立民族は侵略された場合、逆らわないで従うんだ。だから危害を加えられる心配がないはずだったのに……」


 兄貴は俺に背を向けたまま話を続けた。


「両親の遺体があるのに朱莉が一緒に確認出来ないってことは逃げたか、たまたま別の場所にいたか、連れていかれたかだと思う」


 俺は震える体を起こし、兄貴に背を向けた。


「俺……塔子についてるから」


 俺はゆっくりと階段を降りた。




 ため息をつきながら居間の扉が開けた瞬間、俺は唖然とした。塔子がテーブルの前に座り何か書いていた。


「塔子なにしてる……?」


机の上のノートや参考書をは乱暴に散らかされ、塔子はただ黙々と何かを書いていた。


「塔子?」


「邪魔しないで」


 肩に手をかけると、思いきり跳ね退けられた。あまりに強い塔子の力に驚きながら、俺は塔子が書く紙を横から覗いた。



『朱莉、もう年が明けたね。私も智樹も受験前でがんばってるよ。

ねぇ朱莉、少し早めだけど帰って来て。朱莉がいないと寂しいんだよ?朱莉早く帰って来て

寂しい寂しい寂しいさみしいさみしいさみしい』



「塔子…」


 俺は愕然としながら塔子からペンを奪おうと右手を掴んだ。


「智樹離して!」


 塔子はペンを放さず、奪い合いで参考書がバサバサ落ちていく。


「塔子!!」


 俺はペンを取り上げ、塔子の両肩を抑えた。


「なんで…?なんで邪魔するのよ……」


 塔子は視線が定まらないままポツリと呟いた。


「朱莉言ったじゃない…『手紙書けばいつでも戻って来る』って」


 塔子の目からひとすじ涙が流れた。


「塔子、よく聞け。朱莉は今、どこにいるか分からない……。でも朱莉は帰って来るから。絶対帰って来るから……」


「……朱莉っ」


 泣き出す塔子を抱きしめることしか出来なかった。本当は俺だって不安でたまらない。


 数日待っても外務省からたいした連絡もなかった。

 俺たちの心に暗い影を落としたまま、高校は新学期を迎えた。




「なぁ、テレビに出てる行方不明の高倉朱莉って去年までウチにいたあの高倉だろ?!」


「俺も見た!まさかとは思ったけどさ」


 登校すると学校は朱莉の話で持ち切りだった。人がしゃべる朱莉の話は、『身近に起きた大事件』を面白がってる様にも聞こえた。

 教室に着いて席に座ると塔子は俯き目を閉じていた。俺は塔子を学校に連れてきたくなかった。でも施設だからそうはいかなかった。


「塔子ちゃんおはよう」


 塔子の前には沙希と夏子が立っていた。この2人は朱莉が学校を辞めてから塔子とよく一緒に行動をしている。


「おはよう」


心配をかけないようにと塔子は笑顔を見せたが、力の無い痛々しい笑顔だった。


「塔子、元気だして。って言ってもムリかもしれないけど」


「朱莉ちゃんならきっと大丈夫だよ!」


 2人が励ます言葉に塔子は何も言わないでさっきと同じ笑顔をした。


 教室の扉が勢いよく開き、騒ぎながら男子が入ってきた。田中たちだ。


「内戦に巻き込まれて親が死んで行方不明ってドラマかよ?!ってな!」


「俺んちテレビ局の取材とか来たぜ?『高倉さんはどんな一家でしたか?』って。」


 1人が記者の真似をすると、それを見てグループ全員が笑った。


 コイツら最低だな。

 俺はそう思いながら塔子を連れて教室を出ようとした。でも田中たちの会話が聞こえてくる。


「高倉って田中のこと振ったから罰が下ったんじゃねぇ?」


 田中が朱莉を口説きまくっていたのは学年でも有名な話だった。兄貴と付き合っていた朱莉はしつこく言い寄ってくる田中の事を嫌い、ヒドイ振り方をした。


「うっせーよ!別に好きだった訳じゃねぇし」


「じゃあなんであんなにコクったんだよ?」


「アイツ美人じゃん?連れて歩くには最高と思ってな」


「確かに!顔とスタイルは抜群だったよね!」


「ああ、だから死んだんだよ。『美人薄命』ってな!」


 神経を疑うような会話に耐え切れなくなって俺は田中につかみ掛かった。


「なんだよ智樹、離せよ。俺は高倉を褒めてやってんだぜ?そんなに熱くなんなって!」


「朱莉は死んでねぇんだよ!」


 言い終わらないうちに俺は拳を振り上げていた。


「智樹やめてっ!」


 隣にいた塔子がとっさに俺の右腕を抑えた。


「俺、女に守られちゃった!塔子ちゃんサンキュー!あははは!」


 田中たちの大笑いが響き渡る中、俺は塔子と教室を出た。




「今日は帰ろうか」


 俺はどうしても塔子を教室に戻したくなかった。塔子は黙って頷いた。




「ただいま〜」


 俺たちが疲れて家に帰ると、兄貴の声が聞こえた。


「智樹!塔子!朱莉から手紙が来てる!」


 俺たちは自分の耳を疑った。2人で顔を合わせて走って兄貴の部屋に向かった。




* * * * * * * * *


塔子、雅弘、智樹、心配かけてるかな?

報道とかあってるか分からないけど、内戦が始まりました。

パパとママは巻き込まれて亡くなっています。

私はどうにか戦火から逃げ切れました。

大使館に行けばすぐに日本に帰れるんだけど、どうしてもやらなくちゃいけない事がある。

塔子が18歳になったら一緒に住むって約束、まだ守れそうにないの。

ごめんね。

でも必ず帰って来るから、それまで心配しないで待ってて欲しい。


1.8 朱莉より


* * * * * * * * *




 日付けは内戦が始まった2日後だった。朱莉はちゃんと生きている。


「よかった……本当によかったよ」


 塔子は涙を流しながら喜んだ。


「塔子と智樹は受験前なんだからきちんと学校に行け。これは朱莉からの直接の手紙だ。俺は安心していいと思う」


「……わかった。私、明日からちゃんと行く」


「智樹は?」


「俺も行くよ」


「よし「よし!……あとこの手紙が届いたことは誰にも言うな。外務省は朱莉の足取りは把握するのに必死だろう。でもこれがバレると朱莉はやりたいことがやれなくなるから」


 俺と塔子は静かに頷いた。兄貴は2人の返事に満足そうに笑顔を見せた。




 後から考えてみればおかしかったんだ。

朱莉からの手紙の消印が、朱莉の行っていた国じゃないことも、

たった1枚の手紙であんなに落ち着く兄貴も、

状況下で帰国しないで、何かをやろうとする朱莉も。

 俺がそんなことに気づくのはまだまだ先のことになる。


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