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満月

この章は 塔子 目線です。

 出発する前日、朱莉の両親は実家に泊まりに行っていたので私たちは朱莉の家に集まった。外泊許可を取った私は朱莉の好きな料理をたくさん作った。朱莉を明るく送り出すために私たちはとにかく騒いだ。


「あ〜お腹いっぱい!塔子の料理はマジ最高!塔子、結婚しよっ!絶対幸せにするから!!」


「智樹なに言ってんの?!塔子は私の嫁よ!ねっ塔子」


 ビール2杯で酔っ払った智樹とハイペースでお酒を飲んでテンションが上がった朱莉は終始つまらない言い合いをしている。


「バカな争いはやめろっ!……だからお前らに酒飲ませるのイヤなんだよ」


 ため息混じりになだめる雅弘に朱莉と智樹は揃って、イーッ!と歯を見せる。2人に両手を引っ張られて少し痛いけど、私は楽しくて笑っていた。この瞬間がたまらなく愛しい。




「3人とも手出して」


 雅弘がバカ騒ぎを止めて3人を呼んだ。


「なに?」


「いいから」


 3人とも素直に手を出した。雅弘は手の平に1コずつ箱を渡した。


「……なに?」


「開けてみ」


 一番に朱莉が箱を開くと中にはメタリックの赤いボールペンが入っていた。


「きれー」


 私にはピンク、智樹には水色、そして雅弘の手には黒の同じメタリックカラーのボールペンがあった。ペンには『QUARTER』という刻印がしてあった。


「兄貴、これ何て読むの?」


「クォーターだよね?雅弘、何でクォーターなの?」


 雅弘は微笑んで答えた。


「クォーター、意味はわかるだろ?4分の1だ。俺たちは4人で1つ。だから『QUARTER』って彫ったんだ。」


「4人で1つか。私、ちゃんと戻って来ないとね」


 朱莉は空から4人を照らす満月を見つめそう誓った。






 あとかたづけが終わって、私はフラフラと立ち上がる智樹を朱莉の部屋に寝かせに行った。少し2人きりにさせてあげようと思った。


 朱莉と雅弘は並んでソファーに座った。


「雅弘、ペンありがと。これがあれば淋しくないよ」


 朱莉は微笑みながら『QUARTER』の刻印を指でなぞった。


「朱莉、こっち向いて」


 朱莉は体ごと雅弘の方を向いて見つめ合うと、どちらからでもなく唇を重ねた。朱莉が雅弘の首に腕を回すとキスはだんだん深くなり、朱莉はゆっくりソファーに寝かされた。


「ちょっ雅弘、ここはヤバいって!塔子と智樹が……」


「大丈夫だろ、アイツら多分戻って来ないから……俺と2人の時は俺だけ見ろよ」


 雅弘の目が少し淋しそうに見えた。


「……1年間浮気しない?」


「……は?」


 朱莉からの脈絡のない質問に雅弘の動きが止まった。


「大学でかわいい子に言い寄られてフラッと行ったりしないでよ?」


 雅弘は嬉しそうに笑った。


「信用しろ。俺は朱莉しか見えないし、朱莉よりかわいい女なんてこの世にはいないからな」


 朱莉が照れながらバカ、と言うと、雅弘は軽いキスをしてその唇を首筋へと這わせて行った。朱莉は雅弘に身を任せた。






 朱莉の部屋で酔い潰れて眠る智樹の隣で、私は『QUARTER』のペンを見つめていた。


「朱莉、明日からいなくなっちゃうんだよね……」


 みんなを困らせないようにと平静を装っていたけど、1人で考えて込むと淋しさが押し寄せた。


「塔子……泣いてんの?」


 智樹が目を覚まし私を見ていた。


「起こしてごめん……私、戻るから智樹は寝てて」


 立ち上がろうとしたら手を掴まれベットに引き戻されて、智樹に強く強く抱きしめられた。


「俺、朱莉の分も塔子のこと守るから。だからさっきの話、本気で考えてみてくれない?」


「さっきの話って……?」


「結婚しようって話」


 あの言葉、酔った勢いだと思ってた。


「今すぐは無理だけど、高校卒業して大学卒業して、それから結婚したいんだ、塔子と」


 私は智樹の胸から顔を離し、何も言わないで頷いた。智樹は子供みたいに笑ってキスをした。唇が離れ目が合う。


「智樹、もっと……して」


 言った後、自分の顔がどんどん熱くなるのがわかった。


「塔子愛してる」


 智樹は笑いかけて何度も何度もキスをして、そのまま愛おしそうに私を抱いた。




 翌朝、目を覚ました私は見える風景が施設じゃないことに気付くまで少し時間がかかった。


「おはよう」


「……おはよ……」


 隣には智樹がいる、……裸で。……ん?って私も服着てない!


「きゃー……」


 驚いて思わず叫びそうになった私の口を智樹が慌てて押さえた。


「塔子っ!今叫んだらどうなるかちょっと考えろ!」


 ……今叫んだら?

 ここは朱莉の家。居間にいる朱莉と雅弘に聞こえて2人が飛んでくる。そしたら智樹と裸でいるのを見られて……


「……最悪の事態」


「正解」


 ため息を吐く智樹を見ながら私はあることに気付いて智樹に背を向けた。

 昨夜リビングに戻らずに朱莉の部屋で何をしてたかなんて言えないし。

 私は朱莉への言い訳を考えていた。


「……塔子、別に朱莉に言わなくていいからな」


「えっ?何で考えてる事がわかるの?!」


 驚いて振り返った私に智樹はやっぱりな……と呆れ顔。


「塔子の思考は単純だからな」


 私より絶対に智樹の方が単純なのに図星だから言い返せない。膨れると智樹は笑いながらベットを下りた。


「体、キツくない?」


「うん、平気」


「じゃあリビングに戻るか」


 私たちは服を着て朱莉の部屋を出た。


「ずっと部屋でいたこと怪しまれないかな?」


「大丈夫じゃない?俺たちはあの2人のために席を外してやったの」


 智樹は、俺っていい弟だねぇと付け加えながら笑顔で私の手を引いた。




「おはよう」


 居間に入ると朱莉と雅弘はテレビを観ていた。朱莉の隣には最小限の荷物がまとめられていた。


「2人も来たことだしそろそろ行こうかな」


 朱莉は長く時間を取らずに家を出ることにした。


 この町は空港まで電車で1時間半。朱莉が空港までの見送りを拒んだので、私たちは歩いて5分の駅で別れる事にした。

 駅には他に誰もいなかった。


「あと5分か。朱莉、海外だからってハメを外すなよ?」


「智樹じゃないんだからそんなことしないわよ。塔子のこと泣かしたらただじゃおかないからね」


「任せとけって!」


 智樹と朱莉は軽くお互い突き合いながら約束を交わした。


「塔子、智樹に泣かされたらすぐに手紙送るのよ?すぐに飛んで帰ってくるから」


「うん。朱莉も気をつけてよ?帰ってきたら朱莉の好きなものいっっぱい作ってあげるから」


「楽しみにしてる。塔子愛してる〜!」


「私も〜!!」


 朱莉と抱き合って約束をした。

 抱擁を終えると朱莉はゆっくり雅弘の方を向いた。


「雅弘、昨日の約束ちゃんと守ってね?」


「破れって言われる方が難しいって。安心しろ」


 2人は昨日いろいろ話したんだろうな。交わした言葉は少なかった。


「お願い、勇気ちょうだい」


 そう言うと、雅弘は朱莉にキスをした。私と智樹はお互いつないで手に力を込めて2人を見守った。


 朱莉は電車に乗って異国へ旅立った。窓越しに見た朱莉は、泣きながら笑顔を見せた。私も涙を拭いながら手を振った。


 私が朱莉の涙を見たのは、この時が最後だった。


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