第3章 黙示録の死者復活を“ファイル再活性”とみなす
3-1. 黄泉・死者のファイル化
もし人間の意識や身体が仮想現実上の“データ”にすぎないのだとすれば、個人が死ぬとは、その人物の意識データ・身体データがストレージ上で“非活性”状態に移行することと解釈できる。現実のパソコンでいえば“フォルダに保存したが実行されていないアプリケーション”に近い。そのデータが完全に削除されていない限り、いつでも再起動できる。
黙示録が言う「海はその中にいる死人を出し、死も黄泉もその中にいる死人を出し…」という現象をストレージ学派が解釈する場合、それは“創造主が非活性ファイル(死者)を再読み込みし、実行プロセスに戻す”と捉える。まさに仮想現実上で、かつて生きていたキャラクターたちのデータを再度呼び出すのだ。
3-2. 最後の審判=コマンドによる再評価
黙示録における最後の審判では、全人類が自らの行いに応じて裁きを受ける。ストレージ学派的な見方だと、創造主が“再評価のコマンド”を発し、死者データをアクティブにしてそれまでの記録ログ(人生の善悪行為など)を解析するイベントということになる。
結果として“適合”と見なされた者はシミュレーション世界やさらに高次の領域に移行できる(救済)、不適合とされた者はデータ削除(永遠の破滅)される――この描写は黙示録20章15節前後の“命の書に名前が記されていない者は火の湖に投げ込まれる”などに対応しうる。
3-3. 大規模アップデートor終了
最後の審判は、ストレージ学派の立場から言えば、“宇宙シミュレーションの完了”または“バージョンの切り替え”にあたるかもしれない。神域物理学派は、それを超えた先に“新しい天と新しい地”を展開する可能性を示唆する。聖書黙示録が語る「新天新地」とは、新バージョンのシミュレーションインスタンスを立ち上げることにほかならない、と見るわけだ。




