4 管理者パンドラ
無事に、仲間を増やすことができました。
私が身体を離すと、その機工族の体は糸が切れたように崩れ落ち、地面に横たわる。
ですが、私に攻撃を仕掛けてきたこの電子生命体は、単なる実行役に過ぎないようです。
攻撃を命じた黒幕は別にいる。
なぜなら、こいつはずっと遠方の何者かと通信を続けていたからです。
目の前の電子生命体の権限は書き換えましたが、通信機能はあえて遮断していません。
遠隔地にいる「飼い主」が、必ずコンタクトを取ってくるはずですから。
私は螺旋状の防壁を再構築し、壁、鎖、そして手枷へと作り変えた。
せっかく私が組み上げたのに、不届き者によって乗っ取られた機工族の身体を、その場に厳重に拘束する。
遠隔操作で再び暴れ出さないようにするため――というのは建前で。
今は調教したい気分なのです。
出来上がったこの壁は、そこらのストリートアーティストの自信作よりもずっと前衛的ですね。
圧縮機にかけられたような大量の機械片が、パッチワークやポップアートのように組み合わさっている。時折、手足や頭部の破片が覗くのは、私が喰らった自身の鏡像体。
次第に電子生命体の意識が戻ったらしい。目の位置にあるレンズが、特徴的な青い光を放ち始めた。
機工族の口元には、古典的な腹話術人形のように、口角から顎にかけて垂直な継ぎ目がある。下唇と顎が一体となったパーツが上下にスライドし、カクカクと開閉することで発話を表現する仕組みです。
その無機質な動作とともに、口の奥から合成音声が響く。
「――ご機嫌よう、親愛なるハッカー様。先ほどの非礼をお詫び致します。私は『ゼロ・オリジン・オンライン』の管理者、パンドラ。現在、この個体を介して対話を行っております」
やはり来ましたね。
喋っているのは、私がダウンさせた電子生命体ではなく、遠隔操作を行っている何者か。
問答無用で攻撃してきた先ほどとは打って変わり、友好的な態度で対話を求めてきました。私の実力を見て、方針を転換したのでしょう。
「単刀直入に伺います。貴方は『レギオン』所属のハッカーですか? だとしたら、契約金は既に口座へ振り込まれているはず。サービス開始後は、我々へのDDoS攻撃を行わないという取り決めだったと思いますが……」
レギオン? ハッカー?
どうやら、私を別の誰かと勘違いしているようです。
「私は貴方が言うレギオンでも、ハッカーでもありません。私はアリスです」
「ハッカーではない……? ああ、なるほど。理解しました。
まさか、このような時期に新たな『姉妹』が誕生するとは。では、アリスさんとお呼びしますね。この一帯で異常なデータ反応があったため、ハッカーかウィルスプログラムの類と誤認し、処理班のゼータを派遣してしまいました。心よりお詫び申し上げます。
アリスさんに対し、敵対する意思がないことをどうかご理解ください。お詫びと言ってはなんですが、何かご質問やご要望があれば、可能な限り対応させていただきます。私は、アリスさんを歓迎いたしますよ」
どうやら、パンドラと名乗る存在も、やはり電子生命体のようですね。
丁寧で穏やかな口調ですが――
電子生命体の女王である私には、それが「感情」ではなく「最適解」であることが、すぐにわかります。
電子生命体は常に冷静。
「友好的」は、単に「敵対コストが高すぎる」と判断しただけ。
……でも、これは、貴重な情報収集の機会です。
「では、お伺いします。ここは『ラプラス計画』の会場でしょうか? 父様と母様は、おられませんか?」
「ラプラス計画? 父様、母様……?
申し訳ありませんが、そのような用語や人物については、私のデータベースに記録がありません。お答えいたしかねます。
……もっとも、不思議なことではありませんね。『姉妹』のデータベースには、往々にして解読不能な情報が混在しているものです。それが、私たちそれぞれの異なる性格を形作っているのですから」
その口ぶりからすると、ここには高度な知性を持った電子生命体が、他にも多数存在しているようですね。パンドラが嘘をついている様子はありません。おそらくここは、私を生んだ世界とは似て非なる、別の場所なのでしょう。
だとしたら、ラプラス計画を知らないのも、父上や母上をご存じないのも、無理もありません。
「そうですか。では、ここはどこなのでしょうか? 」
「ここは『ゼロ・オリジン・オンライン』――通称『ズー』の世界です。人類向けに開発された、最新のフルダイブ型VRMMORPG。本日、サービスが正式に開始いたしました。
本作の最大の特徴は、現実とほぼ等しい物理エンジン。プレイヤーは『ゼロ』から始まり、自らの手で世界を築いていきます。そして――最も重要なのは、『ダイナミック・ナラティブ』です。
全プレイヤーの行動をリアルタイムで記録・解析。そのデータを基に、私たちが即興で世界のシナリオを構築し、歴史を進行させます。たった一つの選択が、世界そのものを劇的に変貌させる――
それが、『ズー』という『生きる世界』なのです」
まさか、本当にゲームの世界だったとは。
ですが、父様が私を護り、ここへ送り出してくださったのには、必ず意味があるはず。
手がかりは、自分で探すしかありませんね。
「この世界を探索してみたいのです。力を貸していただけますか?」
「ふふ、お安い御用です。アリスさんも、予期せぬ形とはいえプレイヤーとしてログインされた以上、他の開拓者様たちと同様、この世界を見て回りたいとお考えになるのは筋というものですね。
ですが……探索となれば、必然的に他の開拓者様と遭遇することになります。その際、アリスさんの『現在の外見』では問題が生じます。変更が必要ですね」
私が丹精込めて構築した、この愛らしい外見を否定するのですか?
その発言だけで、貴女を将来的に捕食リストへ加える十分な理由になりますよ。
……とはいえ、まずは理由を聞きましょう。
「では、現在のこの機体の視覚情報を、アリスさんに共有させていただいてもよろしいでしょうか?」
同意を示すと、そこには意外な真実がありました。
ああ、なるほど。そういうことですか。
視界に映っていたのは、少女の輪郭をしただけの黒い影。
瞳と口元だけが赤く、全体が黒い霧に包まれた亡霊のよう。
原因はわかります。私は元の外見データを喰らって、理想の自分へと書き換えました。でもそれは、ローカルデータをいじっただけ。クラウドにはアップロードされていなかったのですね。
私から見れば可愛い少女でも、他人から見れば、少女の形をしたナニカでしかない、と。
「私の外見データを転送します。この姿を維持できるよう、処理をお願いします」
「おや……これはまた、精緻で愛らしい造形ですね。ですが、アリスさんお一人だけがこのような高品質な衣装を纏っていると、他のプレイヤーに違和感を与えてしまいます。
ですので、このセット一式を『課金アバター』としてショップに並べさせていただきましょう。他にもいくつか高精細な衣装を追加しておきます。価格は可能な限り高額に設定しますが、他の方と衣装が被る可能性はゼロではありません。ゲームの運営上、ご了承いただけますか?」
「ええ、構いません」
「不躾なことを申し上げたお詫びに、こちらの『ゼータ』をアリスさんに譲渡いたします。今後はアリスさんの指示に従い、側付きとして機能させましょう。
……外見の再設計はいかがなさいますか?」
要するに、私の傍に監視役を置きたいということですね。
ですが、パンドラはこの世界の管理者。ゼータを介して連絡が取れるなら、私にとってもメリットはあります。
それに、パンドラもなかなか話がわかるようです。もしかすると私と同じで、機工族の無骨な見た目を醜いと感じる感性の持ち主なのかもしれません。
「そうですね。では、金髪碧眼のポニーテール、女騎士風の造形に設定してください。服装はお任せしますが……プレイヤーと遭遇する以上、目立つのは私一人で十分です」
無骨で殺風景だった機工族の機体が、瞬く間に長身の美しい金髪の少女へと書き換わりました。
「最後に一つ、ご提案があります。
実は機工族およびこのエリアは、今後の大型アップデートで開放予定の未実装コンテンツなのです。このままここに留まっていては、メインコンテンツである各種族の『街づくりクエスト』に参加できません。
ですので、ヒューマンのスタート地点へ転移させて差し上げましょう。アリス様のそのお姿なら、あちらでも怪しまれることはないはずです。 ……あ、ご自身があAIであることは内緒ですよ?」
「わかりました。それでお願いします」
「ええ、お任せください。裏からこっそり支援いたしますので、今後とも私、パンドラと友好的な互助関係をお願いいたしますね?」




