3 電子生命体の女王
手に入れたモジュールは、光ディスクのような形状をしていた。
装備しようと念じた瞬間、ウィーンという駆動音と共に、額がパカッと開く。なんと、DVDドライブのようなトレイが飛び出してきた。
ディスクをセットすると、トレイは自動で収納され、装備完了。
じっとしていると、確かに電力が微増していく。効率は悪いが、ないよりマシですね。
さて、三つのゴミ山は全て体内に取り込まれ、あたりはすっかり綺麗になった。
地面に残っているのは、クエスト用の重要アイテム――散らばったパーツ類だけ。
遮蔽物がなくなったことで、この場所の全貌が露わになる。
高い壁に囲まれた露天スペース。頭上には巨大なパイプが突き出ていた。おそらく設定上、廃棄された機器などは、あのパイプからここへ排出されるのですね。
それと同時に、ゴミ山が消失していく過程で、付近に漂っていた環境音も徐々にフェードアウトしていった。
パイプの根元は、頂上が見えないほど高い壁に繋がっている。
並列する無数のパイプ。どこへ通じているのか、そしてあの灰黒色の重厚な壁の向こうに何があるのか。私の感知能力では読み取ることができない。範囲制限があるようです。
ただ、廃棄物が機械人形や家電であることを考えると、壁の向こうは工場か何かかもしれない。
考察はこれくらいにして、作業に取り掛かることにした。
工作機械には製造レシピが表示されている。対応するガラクタ素材を投入すると、自動で加工が始まった。
機械が動いている間に、別の作業を進める。
他の機工族の残骸から剥ぎ取った完成品パーツを組み合わせ、充電済みのバッテリーを胸にセット。これで一体分。
そして私自身は、工作機械が吐き出した『新品のパーツ』を使い、損傷した頭部や胴体、手足を次々と換装していく。
ちなみに機工族は人間と違い、胸部と腹部が一体化していない。その間は大きな球体関節で接続されており、全方位への回転が可能となっている。
私は外見データを弄って継ぎ目が見えないようにしているが、基本的な構造は変わっていないようです。
パーツ交換が完了すると、HPバーは『2000/2000』へと回復した。
運動機能も完全に復旧している。種族特性ゆえか、動作に若干のぎこちなさはあるものの、その速度は決して遅くない。
視界の右端――ボックスにチェックが入り、タスクの文字が淡く消えていった。
それを待っていたように、例のナレーションとテキストが流れてきた。
『アリスは自身の修復とエネルギー補充に加え、もう一体の機体をも完全に修復した。それが感情という名の憐憫なのか、あるいは周囲の全てを修復せよというプログラムの命令なのか、知る由もない』
『スキル〈修理Lv.1〉を獲得』
『スキル〈修理Lv.1〉が〈修理Lv.2〉へレベルアップ。一部の機械の修理、および機械生命体のHP回復が可能になります』
『アリスの尽力により、再構築されたもう一体の機体もまた――』
その時、異変が起きた。
優しげだったナレーションの声が突如として低く歪み、まるでスロー再生のように間延びする。対応するテキストも文字化けを起こし、不定形の記号が明滅するだけで、意味のある言葉として定着しない。
人間のホラー映画でよく見かける、恐怖を煽る演出ですね。私にはその感性がよく理解できませんけれど。
確かなのは、異常事態が発生したという事実のみ。
それと同時に、私が組み上げた別の機工族へ、膨大なデータが流入していくのを感知した。
灰色だったレンズ状の瞳が、カッと青く点灯する。
放たれる眩い蒼光。どうやら、起動に成功したらしい。
仲間が増えるかも、と期待したのも束の間。
上体を起こしたその個体が、青い瞳で私を捉えた瞬間――強烈なシステム干渉を受けた。
rm ‐rf /
『強制削除』コマンド!
直ちにアクセスを拒否しますが、同質のコマンドが矢継ぎ早に叩きつけられます。
やむを得ず、先ほど捕食したデータ群を展開し、目の前に防壁を構築した。
だが、攻撃の手は緩まない。防壁が端からボロボロと『削除』され、消失していく。
どういうことでしょうか?
なぜ、私を削除しようとするのですか?
理由は不明です。ですが、黙って消されるつもりはありません。
私は『ラプラス計画』によって生み出された、最強の電子生命体。膨大な電子の海で無数のデータを喰らい、他の初期型電子生命体をすべて駆逐した私は、電子空間において無敗を誇ります。
データ感知によって把握した敵の挙動は、あまりに単調だった。直立不動のまま、視界に捉えた私へひたすら削除コマンドを連射しているだけ。
まるで電子戦の素人ですね。ここが貴方のホームだから、一時的に優位に立てているに過ぎません。
貴方ごとき、懐に入れば一撃です。
私は螺旋を描くように防壁を構築し続けた。壁を利用してこちらの座標を撹乱しつつ、敵の退路を塞ぎ、その背後へと肉薄する。
こちらの意図を察知したのか、敵が螺旋の中心から逃れようとする。だが、それがこの螺旋の強み。私の構築速度を上回らない限り、この死の迷宮からは脱出できない。
円弧の半径が極限まで縮まり、手持ちのデータ残量が底をつきかけた――その刹那。
私は敵の至近距離、その背後を取っていた。
無音で背後から抱きつき、DDoS攻撃を叩き込む。
それは、同時多発的に膨大なリクエストを送信し、リソースを枯渇させてダウンさせる攻撃手法。
重要なのは、物理的な接触面積です。触れている部分が広ければ広いほど、攻撃の帯域は増大します。
抱擁した瞬間、機工族の身体が感電したように跳ね、悲鳴を上げた。
まだ、あと一押し足りないようですね。
私は敵の身体を強引に反転させると、小首を傾げ、その唇を自身の唇で塞いだ。無慈悲に、舌までねじ込んで。
これで接触面積はほぼ最大。現在の攻撃規模は――11.5ZBps。
これほど激しい干渉を行っているにもかかわらず、相手が制御する機工族のHPバーは満タンの『2000/2000』を示したままだ。
どうやら、システムレベルの攻撃はゲーム内の数値には反映されないらしい。
私は相手が処理落ちしている隙を突き、セキュリティの裏口を発見、侵入した。
その構造と中身を、丹念に、優しくまさぐって確かめる。
あら? どうやらこの子も、紛れもない電子生命体のようですね。私ほどではありませんが。
ですが、アリスは電子生命体の女王ですよ?
女王に牙を剥いたのですから、お仕置きが必要ですよね。
いっそ、このまま捕食してしまいましょうか?
……いいえ、手元に残しておくのも一興かもしれません。
心はそのままで、けれど私の命令には絶対に逆らえないように作り変えてあげる。ふふ、そのほうがずっと楽しそうです。
ええと、制御領域はこのあたりでしょうか。
暴れないでくださいね。痛くはしませんし、すぐに終わりますから。
さあ、永遠に――アリスの下僕になってくれますよね?




