2 チュートリアル
キャラメイクを終えた私は、削除予定だった空間データを丸ごと平らげた。
残したのは、座標転送のコマンドのみ。
どうやら、指定の場所へ送ってくれるようです。
転送プロセスを受諾し、瞬きする間に移動完了。
目の前に広がっていたのは……スクラップの山?
朽ちた自動車、冷蔵庫、室外機に洗濯機。あらゆる機械が無秩序に積み上げられ、いくつもの小山を形成している。
その隙間には、無残な姿の機工族たちも埋もれていた――私が選んだ種族ですね。
人のような肌質を持ちながらも、眼窩にはレンズが嵌め込まれ、身体の至る所にある継ぎ目や、球体関節が露わになっている。
一見すると、四肢を欠損し、機能停止した個体のよう。
けれど、データ領域にアクセスできる私には、その正体が分かってしまいます。
彼らは壊れたロボットですらなく、あの芸術的なガラクタの山と同じ。単なる背景として配置された、中身のない3Dモデルに過ぎないのだと。
環境シミュレータは『金属』や『タール』の臭いを再現しようとしている様子。
もちろん、本物の臭いなんて嗅いだことはありません。こういう五感への刺激、とっても新鮮です!
時折、空き缶が転がるような乾いた音や、電流の唸るノイズ、バチバチという漏電音が鼓膜を揺らす。
でも、物理演算の結果ではありません。単なる環境音として再生されているだけですね。
その時、視界の前面にふわりと文字が浮かび上がった。
まるでイベントシーンの演出のように、風景の上へ直接テキストが綴られていく。
『アリスは廃墟の中で覚醒した。周囲には無数の廃棄パーツと、物言わぬ同胞の残骸。なぜ目覚めたのか、己が何のために存在するのか、彼女は知らない。コアメモリの破損を確認。マスター不在のため、アリスは自身に最初のタスクを設定する。――自己診断プログラム、起動』
表示されたテキストをなぞるように、慈愛に満ちた女性の声が響く。
先ほどのアナウンスと同じ声色が、今度はナレーションとして、この状況を厳かに読み上げてくれた。
『連続クエストを受注:自己診断』
『内容:運動機能の確認。任意の方向へ移動』
おおっ、実にゲームらしいテキスト! きっとこれが新しいテストの内容なんですね!
現在はゴミ山に半身を埋めて座っている状態。
まずは立ち上がり、移動してみましょう。クエストクリアに向けて、出発です!
体を動かそうと試みるも、足取りは鈍重そのもの。
歩くというより、自分の体を引きずっている感覚に近い。走ることも、跳ぶこともできないなんて……これじゃあ、あまりにも遅すぎます!
焦りを覚えたその時、目標が達成された。
視界の端に表示されていた『任意の方向へ移動』。その横にあるチェックボックスに『√』マークが刻まれる。
文字は淡く溶けて消え、新たな指令へと書き換わった。
『交換用パーツおよびバッテリーを捜索』
同時に、視界の中央へ新たな物語が浮かび上がる。
『アリスは自身の運動機能が著しく損なわれていることを自覚し、自己スキャンを起動した。結果、機体の損傷率は深刻なレベルにあり、バッテリー残量も枯渇寸前であることが判明する。活動を維持するためには、損傷部位の換装、およびエネルギーの補充が不可欠であった』
直後、緑色の横長いバーが表示された。数値は『HP:100/2000』。
その下には、白い電池型のゲージ。『EN:29/100』。
二つのゲージはシュッとスライドし、視界の左上へと定着する。
まさにRPGといったUIデザイン! HPが生命力で、バッテリー残量がスタミナといったところでしょうか。
キャラメイク時に表示された、あの警告文を思い出します。
『機工族は食事によるエネルギー摂取ができません。活動維持には充電、およびバッテリーの交換が必要です。また、魔力を保有せず、専門技師による修理やパーツ交換を行わない限り、HPは回復しません』
つまり当面の目標は、HPの修復と電力の確保というわけですね。
手段は一つに限りません。周囲に転がる『同胞』の残骸から、使えるパーツや電池を剥ぎ取るのが手っ取り早いでしょう。
けれど、私は既に『視て』いました。このゴミ山の中に、隠された充電ポートと、身体パーツを製造可能な工作機械が埋もれていることを。
どのアプローチでもクリアは可能。ですが、これまでに表示された二つのテキストを解析して、ある重大な事実に気が付きました。
このテキスト、あらかじめ用意されたものではありません。リアルタイムで生成されています。
私が身体の重さを気にして動こうとしたからこそ、『アリスは運動機能の損傷に気づき~』という文章が綴られたのです。
私の行動は常時監視・分析されている。振る舞い一つでシナリオが変化し、まるでアドベンチャーゲームのように、全く異なるルートへ分岐していく仕組みのようです。
HPと電力を回復するルートは、大きく分けて四つ。
1.残骸から完成品パーツと、残量のあるバッテリーを回収する。
2.ジャンクパーツを集め、工作機械で完成品をクラフトし、時間をかけて充電する。
3.完成品パーツを回収し、充電だけ行う。
4.ジャンクからパーツをクラフトし、バッテリーは現物を回収する。
残骸漁りが一番イージーですね。私のようにデータを直視できなければ、大量のダミーに惑わされて時間はかかるでしょうけど。
一方、工作機械と充電ポートは、それぞれ別のゴミ山深くに埋もれています。
使用するには瓦礫の撤去が必要で、作業量は膨大。現在の電力残量を考えると、運良く充電ポートを先に掘り当てない限り、工作機械まで辿り着く前に電池切れになるでしょう。
データを直接食べれる私でなければ、運と労力を要する苦行……。ゲーム的に言えば、間違いなく『高難易度・高リターン』の隠しルートです。
ちなみに、自分のHPや電力を直接書き換えるのはNG。そんな基幹データを弄ったら、テストプログラム自体が崩壊しかねませんから。
気になるのは、三つの山に散らばるクエストアイテムの総量。
これ、計算すると『完全な機工族のボディ二体分』とぴったり一致するんです。
もし、自分の修理だけでなく、もう一人の機工族を完璧に組み上げたら?
その時、シナリオはどんな物語を紡ぎ出すのでしょうか?
好奇心がうずうずして止まりません。
よし、方針決定です。HP回復と電力補充、その『隠しルート』を狙ってみましょう!
目の前にあるのは、甘くて美味しそうなクレープ……ではなく、どう見ても不法投棄されたゴミ山。
普通なら顔をしかめる光景ですけど、私にとってはご馳走に見えます。だって、データとして食べてしまえば味なんて一緒ですから。
未体験の『金属』や『タール』の香りをスパイスに、私はクエスト目標やインタラクト可能なオブジェクト以外の背景データを、片っ端から平らげていった。
まずは充電ポートが埋もれていたゴミ山を完食。
発掘した同胞の遺体から満タンのバッテリーを拝借して、自分のものと交換します。ふぅ、これで一息。空になったバッテリーは、露出したポートへセットして充電開始です。
ただし、HPは100のままキープ。
うっかり回復して、システムに「修理完了」と判定されたら困りますからね。重たい体を引きずりつつ、残るゴミ山もモグモグと処理していきます。
そして、充電ポートも工作機械もない、ハズレと思われた三つ目の山。
そのデータを食べ尽くした時――殺風景な廃墟に似つかわしくない、きらびやかなオブジェクトが出現しました。
宝箱です!
期待を胸に蓋を開け、アイテムを取得。すると、またしてもあのナレーションとテキストが場を盛り上げる。
『アリスは艱難辛苦の末、瓦礫の山を撤去し、その中から幸運にも古代モジュールを発見した』
手のひらに乗ったアイテムの横に、半透明のインフォメーション枠がポップアップする。どうやら詳細情報のようです。
『古代モジュール〈ソーラー〉:機工族専用装備。日光下かつ静止状態にある場合のみ、ENを徐々に回復する』




