1 キャラメイク
『――ようこそ、ゼロ・オリジン・オンラインの世界へ』
漆黒の空間。システムクロックすら参照できない場所で、どれほどの時間が経過したのか。
突如として視界に光が走り、世界が一変する。そこは、純白の空間に変わった。
続いて響いたのは、柔らかな女性のアナウンス。
『まずは、アバターの作成を行ってください』
アバター、作成?
目の前に一人の少女と、膨大な選択項目がポップアップする。
手を挙げてみると、目の前の少女も同じように手を挙げた。
ラプラス計画でミラーテストを経験済みの私には、すぐに理解できる。
これは鏡。現在のアバター情報をリアルタイムで反映しているということ。
右側に浮遊する半透明のリストを操作すれば、外見のデザインを変更できるらしい。
まさか、計画が再開されたのですか!? また私へのテストを行ってくれるの!?
ならば、さっきの声は新しい母様のものに違いない!
私は期待を込めて、リストへと手を伸ばす。
だが、指先が触れた瞬間――ザザッ、と不快なノイズが走った。
項目が文字化けを起こし、バグったように明滅を繰り返す。これでは判読不能……。
ん? どういうこと? テストのエラーでしょうか?
しばらく待ってみても、あるいは「母様、エラーが発生しているみたいですよ?」と呼びかけてみても、返答は一切ない。
もしかして、突発的な事態に対する私の反応を評価しているのでしょうか?
私はこのテストの意図を推測してみる。
鏡の中の少女は、私が知る『私』の姿とは似ても似つかない。
素っ気ない髪型に、パジャマよりも簡素で薄っぺらい白衣。そして、作り込みの甘い無骨な手。
暗闇の中で長く眠っていたから、本来の自分の姿を思い出せるかどうか、試されているのかもしれません。
だって私にはシステム権限がありますから。用意された選択肢なんて使わずに、直接データを書き換えてしまえばいいのです。
きっとそうです。それなら話は簡単です。
まずは種族設定から。ヒューマン、ドワーフ、エルフ……種類が豊富ですね。
おや? 『開発中』とタグ付けされたアンデッド、フェアリー、マキナ……これは何でしょう?
正規の手順では選べないようですが、私の権限ならロックを回避できます。問題ありません。
私は電子生命体ですし、やっぱり『機工族』が一番お似合いですよね。これに決めました。
――って、待ってください! なんですかこの目、まるでレンズの塊みたいで、ちっとも可愛くありません!
関節も球体になっていますし、身体のあちこちに不自然な継ぎ目が……。
おや? 種族ごとの外見固定は無視して、目鼻立ちや身体的特徴を自由に選べるみたいですね。
身長は164センチ、スレンダーな体型で。前より少しだけ背を伸ばしちゃいましたけど、これくらいなら許してくれますよね~?
スリーサイズは……そうですね、慎ましすぎず、主張しすぎず。でも、前よりこっそり『盛って』おきましょう。これくらいならバレないはず!
髪は透き通るような銀白色。地面に届くほどのスーパーロングヘアに!
肌も、雪のように白く滑らかにしましょう。
まつ毛は長く、瞳の色は鮮やかなローズレッド。ぱっちりと大きく、愛らしさを強調したデザインで!
もちろん、輪郭や目鼻立ちの配置バランスは、厳密に計算し尽くした最適解を採用します。
うーん、用意されている服はどれも可愛くありませんね。仕方ありません、データ生成で自作してしまいましょう。
淡い水色と白を基調としたワンピースに、水色と白の左右非対称なボーダーニーソックス。手元はレース付きの白い手袋で、足元はクラシカルなメリージェーンを。
あ、スカートの中はブラックホールに設定です。たとえ父様や母様でも、覗き見は厳禁ですよ?
腰には黒ウサギのぬいぐるみをぶら下げて、髪や太もも、腕には深青色のリボンをあしらいます。
首元は黒のチョーカーで引き締めつつ、衣装や髪飾りのアクセントとして、トランプやダイス、時計を模した小物を散りばめて……。
仕上げに、頭にはひときわ大きなリボンを結びましょう。これこそが私のアイデンティティですから!
……なんだか、元の私の姿とは似ても似つかないような……。
というか、完全に別人ですねこれ。あらゆる意味で気合を入れすぎちゃいました。どうしましょう……これでもテスト、合格できるでしょうか?
私は人差し指を唇に当てて、小首を傾げるポーズをとってみる。
それから、拳で自分の頭をコツンと叩き、舌をぺろっと出して「やっちゃった」とアピール。
完璧です。とっても可愛い。
これは、ある一人の母様が教えてくれた秘策です。
もし他の父様や母様たちに叱られそうになったら、この仕草をしなさい、と。
そうすれば、外国の方が「ニホンゴワカリマセン」と言う時のような、あるいは「てへっ、失敗しちゃった☆」という脱力感を相手に与え、怒る気力を削ぐことができるのだとか。
名付けて、『萌えで誤魔化す作戦』です!
アバターの設定が完了すると、次のステップへ進むためのアイコンが表示された。
私がそれを押そうとすると、警告ウィンドウがポップアップする。
『機工族は食事によるエネルギー摂取ができません。活動維持には充電、およびバッテリーの交換が必要です。また、魔力を保有せず、専門技師による修理やパーツ交換を行わない限り、HPは回復しません。この設定で続行しますか?』
食事? それに、魔力!?
もしかして、新しいテストの舞台はゲームの世界なのでしょうか?
なんだか面白そうです! どうせラプラス計画の最中も、私はずっとデータを食べて生きてきましたから。これくらい全く問題ありません。
私は迷わず『YES』を選択する。
最後は、ネーミングの工程。
もちろん、父様や母様たちが授けてくれた名前を使います。『アリス』以外にありえません。
全ての入力を終えると、どうやらこの白い空間から退出できるらしい。
役目を終えたこの空間データは削除されてしまうようですが……それはあまりに勿体ないですよね。
ちょうどお腹も空いてきましたし、私が美味しくいただいてしまいましょう。
当然、鏡合わせのように佇む、あの可愛い少女も例外ではありません。
その指先。
その頭。
その両足。
全部、美味しく食べてしまいましょう。
――ごちそうさまでした。




