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不思議VRMMOの電子アリス  作者: 摂理あまね


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9 初陣

 活気ある建設現場の喧騒が、次第に遠ざかっていく。

 資材が積み上げられた未完成の区画や、NPCたちが営む商店の並びを通り抜け、私たちは街の外れへと差し掛かっていた。


 ただ土を踏み固めただけの仮設道。

 一人の少女が黒駒に跨り、荷車を引いてゆっくりと進んでいく。

 荷車に揺られているのは、私を含めた三人の少女。私たちは今、広大な天地の間を旅している。


 道の両脇には、果てしなく広がる緑の海。

 膝丈まで伸びた草が風に撫でられ、波打つたびに葉裏の濃い色彩を覗かせる。

 見上げれば、中天に掛かる太陽が眩い光を放ち、綿菓子のような雲が地上の草波と同調するように南から北へと流れていく。まるで、私たちと一緒に旅をしているかのよう。


 車輪が小石を噛むたび、荷車が上下に小さく跳ねる。その衝撃で、私のHPは一桁ほど削られる。

 けれど、その微かな痛みも、肌を撫でる風の質感も、すべてが新鮮。

 知識として知っているデータではなく、この世界を「実在」として感じられることが、私の好奇心を強く刺激する。


 風が運んでくる清涼な空気。

 そして、私の隣に積み上げられた大量のリンゴが、甘い香りを放っている。

 これは、先ほど引き受けた隠しクエストの品物。


「北の採掘場が完成したの! だから、リンゴ園の娘として、開拓者のみんなに感謝を届けたくて」


 荷車の向かい側で、赤いショートヘアの少女が熱心に語っている。

 名前はスカーレット。十六歳前後のNPC。

 麻布の服にカリガエを履いた、どこか男勝りな雰囲気の少女だ。

 顔に浮かぶそばかすも、彼女の快活さを引き立てている。少し着飾れば、きっと見違えるほど美しくなるに違いない。


 彼女はNPCとして、この地の歴史や地理に精通している。

 話によれば、人類の拠点は河畔に位置し、北を山、南を東西に流れる川に囲まれている。

 西には深い森、東には広大な平原。

 離れれば離れるほど、生息する魔物の攻撃性は増していく。


「お父さんが言ってた。ここは風水で言う『背山臨水』っていう絶好の場所なんだって! 預言者ノア様が選んだ、最高の拠点なのよ」


 この世界の人間は、女神セレーネを信仰している。

 かつての世界の滅亡を予言した彼女は、ノアに神託を授けた。

 ノアは【方舟】を造り、人々や家畜、そして作物の種をこの新天地へと運んだ。

 そして、私たちプレイヤー——「開拓者」は、女神に愛された神の国の民。

 数々の神跡を授かった私たちは、スカーレットたちNPCを助け、共に街を築く存在として定義されている。


 スカーレットの隣に座るもう一人の少女も、最初はNPCだと思っていた。

 けれど、彼女は私と同じプレイヤー。

 名は「曇りのち雨」。

 今はフードを脱ぎ、肩まで届く艶やかな黒髪をさらけ出している。

 黒いローブに身を包み、まだ少し縮こまってはいるけれど、最初に出会った時のような怯えた様子は消えていた。


 彼女はスカーレットの話を、微笑みながら静かに聞いている。

 前髪の隙間から覗く大きな瞳が、好奇心に揺れる。

 そのたび、彼女の頭上には「すごい」「なるほど」といった言葉や、感情を示すアイコンの吹き出し(チャットバブル)がふわふわと浮かび上がる。

 直接言葉を発するよりも、こうして小動物のように反応するのが彼女のスタイルのようです。私もそれに合わせ、同じように吹き出しのエフェクトを使って彼女に応える。


 「くもちゃん」という愛称を提案したときも、彼女は吹き出しの中に「OK」の文字を浮かべて快諾してくれた。

 八本脚の生物を連想させる名前だけれど、大きな瞳で周囲を観察する彼女の仕草は、どこかハエトリグモを思わせる。

 案外、彼女にはお似合いの名前かもしれない。


「……お姉様、前方に魔物です」


 馬に跨るゼータが、遠くを見据えたまま鋭く告げました。


「わかりました。では一度止まって、掃除を済ませてしまいましょう」


 私は荷車の隅に置いていた長弓と矢筒を手に取り、馬から降りたゼータへと手渡します。私自身も長弓と鞭を装備し、荷車から飛び降りました。

 それに応じるように、スカーレットとくもちゃんも地面に降ります。


「ごめんなさい、ボクは戦闘経験がなくて……。お馬さんの面倒は見ているから、開拓者の皆さまの武運を祈ってるわ!」


 私は彼女に頷いて見せ、それからくもちゃんへと視線を向けました。彼女は木杖を握りしめ、どこか決意を秘めたような表情を浮かべています。頭上には「いくぞ!」というチャットバブルが躍っていました。

 なるほど。その装いに杖という組み合わせ、魔法職のようですね。彼女も戦う意思があるのでしょうか。


「では、一緒に頑張りましょう」


 私は礼儀として、彼女に微笑みかけました。


 前方の道には、透明で丸みを帯びた球体がいくつも転がっていました。まるで巨大な水滴のようですが、最小の個体でも直径は五十センチほどあります。ただの水滴ではなく、自律して動く生物。

 球体の内部には青草が取り込まれていますが、どれも欠けているところを見ると、普段は草を食べて生活しているのでしょう。未消化の草を内包したスライムたちは、まるで緑の花が舞う水晶玉のようで、どこか芸術的な美しさすら感じさせます。


「あれはスライムよ。一番弱い魔物だけど、放っておくと集まって巨大化しちゃうの。そうなると厄介だから気をつけて!」


 スカーレットが解説してくれます。

 私は弓を引き絞り、訓練場での経験を頼りに一矢を放ってみました。


 けれど、無風の訓練場とは勝手が違います。ここでは風の影響を計算に入れなければならないようです。南から北へと吹く風に流され、放たれた矢はスライムの群れを越え、遥か遠くの地面へと突き刺さりました。


 一度の失敗で、修正すべきデータは揃いました。角度と力加減を調整し、二の矢を放つと、それは吸い込まれるように一匹のスライムへと命中します。

 被弾した個体の頭上にHPバーが出現し、一瞬でゼロまで削り取られました。同時に、ゼータの放った矢も別の個体を仕留めます。


『スライム×2を撃破。経験値80を獲得』

『クエスト:スライムの討伐 進行度:2/10』


 私は現在、スライムをそれぞれ10体、30体、100体討伐するという三つのクエストを並行して受けています。けれど、どうやらカウントは重複しない仕様のようですね。合計140体を狩らなければ、すべてを達成することはできない計算になります。


 攻撃を受けたスライムの群れがこちらに気づき、ポヨンポヨンと跳ねながら接近してきました。

 上下に跳ねる不規則な動きは、放物線を描く射撃の計算を著しく阻害します。電子生命体として計算そのものは嫌いではありませんが、たかがスライム相手にこれ以上のリソースを割くのは非効率的でしょう。

 私は距離を詰め、水平射撃が可能な圏内でもう一匹を仕留めました。


 ふと隣を見ると、くもちゃんが杖を掲げていました。

 魔法を使うのでしょうか?


 私やゼータの種族である機工族マキナは、本来選択不可能な隠し種族であり、魔力を持たないため魔法が使えません。未知の事象である魔法には、非常に興味を惹かれます。


 詠唱を期待して観察していましたが、彼女は「突撃!」というチャットバブルを浮かべると、杖を振り回しながらスライムの群れへと小走りで突っ込んでいきました。そして、そのまま木杖でスライムの一匹をポカポカと叩き始めたのです。

 叩かれたスライムは平べったく歪みますが、倒れる気配はありません。HPはまだ四分の三ほど残っています。


 その攻撃がヘイトを集めてしまったのか、周囲のスライムが一斉に彼女を標的に定めました。四方八方から跳ねる体当たりを受け、くもちゃんは完全にパニックに陥っています。目隠しで踊るように杖を振り回していますが、一向に当たる気配はありません。


 ……この子は、馬鹿なのでしょうか。


 フレンドリーファイアは無効に設定されているため、このまま射撃を続けても彼女を傷つけることはありませんが、矢を浪費するのも無意味です。私はゼータに目配せして弓を背負うと、鞭を手に取り、近接戦闘で群れを片付けることにしました。


 戦闘は、数秒で終了しました。


『スライム×8を撃破。経験値320を獲得』

『曇りのち雨のレベルが2に上昇しました』

『クエスト:スライムの討伐Ⅰ 進行度:10/10』

『クエスト:スライムの討伐Ⅰ 達成。経験値500、貢献度ポイント×200を獲得』

『アリスのレベルが3に上昇しました。筋力+3、耐久+2、精神+2、敏捷+2』

『ゼータのレベルが3に上昇しました。』

『スキル〈オーバーヒート〉を習得しました』


 一連のシステムログを確認し終え、私はスライムに囲まれていたくもちゃんに歩み寄ります。

 彼女は「ありがとう」というチャットバブルを出しながら、涙目でこちらを見上げていました。その髪や顔、そして黒いローブは、透明な粘液と未消化の青草で無残に汚れています。


 どうやらあの粘液には微弱な腐食性があるらしく、彼女のローブには小さな穴が開き始め、今もあちこちでチリチリと嫌な音を立てていました。


「あちゃあ……くもりん、なんだかエッチなことになってるわね」


 馬を引いて近づいてきたスカーレットが、そんな感想を漏らします。

 言葉の意味はよく分かりませんが、くもちゃんのHPバーは今も僅かずつ減少を続けています。腐食ダメージが継続しているのでしょう。致命的ではありませんが、早急に洗浄する必要があります。


 私はインベントリから水袋を取り出してスカーレットに預けると、逃げようとするくもちゃんの肩を掴んで固定しました。

 「嫌だ」という拒絶を無視して、私は彼女のローブの襟元に手をかけます。


「では、さっさと脱いでしまいましょうか」

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