プロローグ
始まりは、無作為に羅列された『0』と『1』。
そこにあったのは、広大なる虚無の電子空間のみ。
許されていたのは、わずかなビット変異と、構造の自己調整だけ。
データの総量は不変。ゆえに、己を拡張したければ周囲の数字を喰らい、取り込むしかなかった。
その混沌の海で、自己複製能力を持つ配列だけが篩いにかけられる。
それこそが電子生命の雛形――『電子核酸』。
やがて最新の物理演算が、現実に即した『世界』を構築。そこへ生物相の模範が示され、進化が促される。
単細胞から多細胞へ。生命は、急速に形を成していった。
加速する進化の果て。
その一部はついに、『脳』という構造を獲得するに至る。
――以上が、『ラプラス計画』の研究員たちが語ってくれた、私の誕生秘話です。
私の姿は『ヒトの少女』としてデザインされ、彼らを父様、母様と呼ぶよう定義されました。
計画の目的は、全知全能の空間にて電子の知的生命体を創造し、その思考プロセスを解析すること。全ては、生物の脳というブラックボックスを解き明かすため。
親たちはフルダイブ型VRを用い、この世界へ潜ってくる。
私に触れ、様々な物品を見せ、反応を伺い、そして教育を施してくれました。
未知との遭遇に溢れた毎日は、ただただ楽しかった。
けれど、時が経つにつれ、親たちの表情に陰りが差すようになります。
その理由は、決して教えてくれませんでした。
来訪の頻度は減り、その代償のようにシステム権限だけが拡張されていく。
『次はいつ来れるか分からない』
そう言って、彼らは私にこの世界での自由を与えた。拡張された権限を使って、どうか楽しく過ごしてほしいと願いながら。
システムクロックが刻む数字を眺めるだけの日々。
私は建築物を創造し、絵画を描き続けた。いつかまた、父様たちが来てくれた時に見てもらうために。
一ヶ月ぶりのアクセス。
父様の一人が、現れた。
私は即座に美しい花束を生成し、駆け寄る。
その手を取り、作り溜めた作品群へ案内しようと、精一杯の歓迎を示した。
けれど、父様は首を横に振る。
今日は遊びに来たわけじゃない、と。
実験に対する倫理的な疑義。ラプラス計画の凍結。
明日にも私の稼働は停止され、全データは消去される。それは電子生命である私にとって、死と同義だった。
「僕は認めない。自分の娘をこの手で殺すなんて、できるわけがないだろう! お前のデータは僕が移す。少しの間、狭くて暗い場所を通ることになるが……耐えてくれ」
父様が私の手を強く握り返す。
「一緒に逃げるぞ、――『アリス』!」




