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第36話「終の丸、余熱の使い道」

――終わりは“点”じゃない。

丸で栓を締め、残った温度を次の見出しへ送るための小さな水路だ。

余熱が街をめぐる。拍は相変わらず、零→一→二→三→四。そして今日は、五を薄く敷く。


 朝。遠橋の大丸はよく眠った顔で、渡鈴わたりすずは低・高で細い息。

 掲示には昨夜の短い文句——〈速いより、戻る〉〈礼は返路〉。どれも丸で静かに閉じている。

 大返礼は昨日で済んだ。今日は後始末と始まりの段取り。殿下——エリスは木さじを帯に差し、短く告げる。


「一、〈律祖席(仮)〉を〈律祖席(本)〉へ昇格。連署責任はそのまま。

 二、辞書(鞘)を常設し、欄外語の棚を市内四隅に分散。

 三、五の席(忘れた者の席)を、会所・継所・夜席棚・寺院跡に薄く置く。

 四、鼓手長との“音の見せ札”契約を文にする。

 五、隣郷との往復固定の“小返し”運用を起こす」


 やることは多いが、どれも倒れない退屈だ。退屈は礼の友達。友達は最後まで裏切らない。


 シアンは白手袋を締め、半拍遅れて親指をひらく。「三は心臓」の合図。うん、最後まで外に出さない。



 まず、中央側——前庭東端。〈律祖席(仮)〉の板札は、昨日の座印で凹みが出ている。

 中央使マルロが零を厚く置き、一で名乗る。代理三名も小さく続く。今日は規格監も来た。肩章は太いが、視線は昨日より柔らかい。


「昇格の儀」

 殿下が木さじを水平に置き、四拍を短く通す。

 一で名乗り/二で形/三で置く/四で返す。

 蔵守くらもりが〈律祖席(本)〉の見出し札を三で差し入れ、座印の上へ重ねる。

 返輪師へんりんしが仮綴、環名師かんなしが検印輪を三に薄く落とす。

 四で真正印。

 板札の縁が一段、深く沈む。〈仮→本〉は音がしない。重みが移っただけだ。


 規格監がわずかに咳払いし、袖の中から最後の薄札。

 〈規格監査:緊急条の“将来予告”〉——形だけの予備。

 俺は名留なとどめ膠を三で置き、四で返すで末尾へ句点を一つ。

 蔵守が脚注に〈緊急は席で受ける。条文の場所は変えない〉、環名師が輪印、返輪師が四直前抜き。

 札は欄外に落ち、規格監は初めて零を置いた。「確認した」

 置けた。今日は帰れる日だ。



 次、辞書(鞘)の常設。

 寺院跡の長机を二つ合わせ、見出しに〈欄外語 目録〉。

 — 背面処理/仮成立/合同(二+三)/自動返礼/整音置換/定量喪/影印/緊急条(席外)。

 各項に由来と撥ね方(会釈/泡楔/輪郭)を一行で添え、欄外に番号。

 パズが紐旗で零を描き、目録師なもくろくし中堅が索引を整える。

 リザは刷毛で「辞書=鞘」の輪郭を太くし、エレーネは香を低く折る。

 辞書は刃ではない。けれど、刃を鞘に戻す力はある。倒れない退屈の、見える背骨。



 五の席。

 「忘れた者の席」は目立たせない。薄い灰の四角を、会所・継所・夜席棚・寺院跡の脇に一枚ずつ。

 作法は零→一(形だけ)→二(胸の内)→三(置く)→四(影の返礼)。

 喪名師もしめいしが灯を持たずに立ち、漂白師なびょうはくしの研修組が**“色を抜かず灯だけ落とす”手を見せる。

 ジェイ(泡立て器にいつ泡のラベル。やめろ)は、二の迷いに泡楔を一つ。

 殿下が短く言う。「五は“呼び戻し”ではない。“呼ばないで置く”が主」

 席は静かに息をしはじめ、丸を要らない栓として街に散った。忘れた者は、忘れられない形で在る**。



 昼。鼓手長との契約。

 広場の読台で、見出し〈音の見せ札 契約(案)〉。

 条文は短い。

 第一条 真正側に音を置かない。

 第二条 音は“注目”として見せ札回線にのみ通す。

 第三条 “二遅延”の投擲とうてき禁止。

 第四条 “四直前”に音を混ぜない。

 付記 月初・月末の“形打ち”可(真正ではない)。

 鼓手長は仮面のまま、零を深く置く。「承知」

 鈴を鳴らさず掲げ、二を形で通し、署名を三で置き、四で返す。

 見物がざわめく。人は音に弱いが、無音で結ぶ契約は、音より長く残る。



 隣郷との小返し。

 大返礼の後の余熱で、往復固定の細部を微修正。

 〈行き=ミレイ→中央:三=ミレイ席/四=中央席。

 帰り=中央→ミレイ:三=中央席/四=ミレイ席〉はそのまま。

 追記:“小返し”——軽い返礼は見せ札で流す(真正に混ぜない)。注記は脚注、番号は欄外。

 隣郷の若者が「退屈だが倒れない」と笑い、年寄りは「倒れないのが速い」と返す。合図が会話になっている。いい兆候だ。



 午後、名上書師なうわしが最後の幕を掲げる。

 〈“丸”が増えると、街は止まる〉

 いつもの煽り。

 俺は由来札を三で置き、四で返すで添える。

 〈丸=返礼の栓/“止まる”ではなく“温度を残す”〉

 環名師が三に輪印、返輪師が四直前抜き。

 幕は脚注へ落ち、見出しに短い語。

 〈止まらないより、倒れない〉

 名上書の若者は、今日は零を置いてから去った。止まれる者は、戻れる。



 中央辞庫・反映。

 マルロと代理三名が零を置き、辞書片の常設を中央の棚にも複写。

 欄外語は欄外、由来は脚注、見出し=名。

 規格監は短く息を吐き、ついに一を置いた。

 「規格は刃ではない。……鞘の並びを覚える」

 言葉が街の語彙に寄る。寄り方は半拍遅れでちょうどいい。



 夕刻、終のついのまる

 会所前の掲示に、見出し〈名返礼・終の丸〉。

 殿下が木さじを水平に置き、四拍をゆっくり、零を二段。

 一で名乗り(街→街)、二で笑い(形)、三で置く(大返礼の事実/契約/辞書の常設/五の席の設置)、四で返す(真正印)。

 そして、右下に小さな丸を一つ——余熱用の栓。

 大丸ではない。日常の終わりのための小さな栓。

 拍が静かに定常へ落ちる。

 街の頬がゆるむ。退屈は、やっぱり勝った。



 夜。寺院跡。灯は置かず、読み合わせと指標。パズが朱布の紐旗を外し、数字より温度を先に読む。


〈律祖席(本)〉昇格:施行 1/座印継承/真正印 1


緊急条(将来予告):介入 1 → 句点付与/脚注化/欄外降格


辞書(鞘) 常設:市内 4箇所+中央 1/欄外語 目録 完


五の席 設置:会所・継所・夜席棚・寺院跡 4/4(運用:呼ばずに置く)


音の見せ札 契約:締結 1/真正混入 0


隣郷 小返し:運用開始/見せ札分離 100%


名上書 幕:介入 1 → 脚注化 1/見出し残語=『止まらないより、倒れない』


律祖名 丸度:大丸 維持(遠橋・中央庭・街掲示 3/3)


参加(見学含む):503/形だけ名乗れた 420(83.5%)/零習得 362(72.0%)


「温度、回る」

 殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。

「ここで完了。——四拍は合図、丸は栓、辞書は鞘、欄外は従の舞台、脚注は由来の呼吸。

 席があれば、名は帰る。

 音は見せ札で遊び、真正は無音で立つ。

 緊急は席で受け、条文の心臓(三)は外に出さない。

 そして、忘れた者のために五の席を薄く置く」


 中央使マルロが深く零を置く。「確認した」

 規格監も短く零を置く。「確認」——それだけでいい。倒れないから。


 広場に泡がひとつ生まれて、すぐ消えた。ジェイのいたずらだ。

 シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。

「今日のあなた、余熱で小突くので、やっぱりずるい」

「業務に支障」

「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」


 渡鈴は鳴らずに鳴り、夜の拍は低く揃う。

 名は火でも水でもない。帰る温度で、骨だ。

 零で息。

 一で名乗り。

 二で笑い。

三で置き。

四で返す。

五で忘れた者に席を置く。

 数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。

 盗む拍は、最初からどこにもなかった。——だから、これでおしまい。次の見出しへ。

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