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第35話「大返礼、律祖名の返し」

――大きな返礼は、音を足さない。

拍を太くし、零を二度置き、三で座を深く、四で結ぶ。

**大丸おおまる**は派手ではなく、栓が静かに締まる音だ。


 朝。遠橋の中丸は輪郭をさらに太らせ、渡鈴わたりすずは低・高で落ち着いた呼吸。

 殿下——エリスは木さじを帯に差し、短く告げる。


「本日、大返礼を施行する。

 一、零検査を二度(開始前/結び前)。

 二、審律盤は見せ札のまま固定。

 三、座印済みの〈律祖セファリム〉を**束返礼たばがえ**で返し、大丸へ」


 編成は二筋。

 遠橋・中央庭筋:殿下/俺/蔵守/シアン/返輪師/環名師/鐘守/中央使マルロ/代理三名。

 広場・隣郷筋:エレーネ/パズ/リザ/目録師中堅/喪名師/鼓手長〈見せ札専任〉。

 呪文はいつも通り——零厚/一小/二形/三席/四返。だが今日は零が二度ある。


 シアンは白手袋を締め、半拍遅れて親指をひらく。合図は甘いが、今日の砂糖は薄い。倒れない甘さだけ。



 零検査(一度目)。

 鐘守の鍵束が胸の内で打たずに鳴る。梁の上で——ぺた。やはり来た。

 〈規格緊急条・最終案:二+三 合同/背面処理/整音置換 一括許可〉

 総まとめで殴ってくる。まとめは、だいたい逃げ道だ。


 俺は名留なとどめ膠を三で置き、四で返すで末尾に句点を一つ。

 蔵守が脚注へ短く刻む。〈緊急は席で受ける。条文の場所は変えない〉

 返輪師が四直前抜きで角を外し、環名師が三に輪印。真正印。

 紙は欄外に降り、掲示の見出しは動かない。零検査、合格。



 大返礼・宣言。

 殿下が木さじを水平に置き、四拍を全員の肺に植え付ける。

 一で名乗り(代理三名→席→街→中央)、二で笑い(形)、三で置く(名影+座印通知+束返礼票)、四で返す(真正印——半拍遅れ)。

 広場側も同時進行。パズの紐旗が零を描き、鼓手長は見せ札にだけ短い音型を沈める。真正は無音。


 一。

 代理三名が小さく名乗り、マルロが零を添える。こちらは殿下、俺、蔵守——肩甲骨が一枚ずつ落ちる。

 二。

 シアンが胸の内側で形を作り、周囲の強張りが半寸緩む。

 三。

 蔵守が〈律祖セファリム〉の名影を席に置き、座印通知を重ね、さらに束返礼票(街・中央・隣郷・遠橋)の四札を矢印輪郭で束ねる。

 返輪師が仮綴、環名師が検印輪を三に落とし、鐘守の胸で鍵束が鳴らずに鳴る。

 四。

 ——真正印が二層、その内側に座印の凹み。束返礼の印は後打ちでゆっくり揃い、紙面の温度が二度上がる。



 その時、審律盤の側面——鈴がチリと鳴る。

 規格監の合図だ。〈整音座〉の再投入。音で座を示し、拍を短縮したい。

 鼓手長が一歩前へ、深い零。仮面、太鼓なし、粉なし。

 「音は注目、座は重み。真正は無音」

 彼は二を形で通し、鈴を見せ札回線に封じ直す。音は外へ溶け、真正に混ざらない。

 蔵守が脚注へ一行。〈整音=見せ札。座=真正。混用不可〉

 規格監の口が閉じる。止まれた。止まれれば、今日の橋は倒れない。



 隣郷筋。

 エレーネが低く香を折り、パズが紐旗で零。

 リザが刷毛で「見出し=名」の輪郭を太らせ、目録師中堅は座印記録欄を欄外に整える。

 喪名師は黒衣で〈定量喪〉の札を欄外へ置き直し、長由来札を二行添える。喪は席——今日も揺れない。

 鼓手長の音は、見せ札にだけ薄く散り、列の肩がゆるむ。真正は相変わらず無音。



 零検査(二度目)。結びの直前。

 ——梁の上で今度は長巻。〈規格緊急条・臨時:“背面四”〉

 四だけ見せて三を裏に落とす、最後の小細工。

 俺は名留膠を三で置き、四で返すで巻き末に句点。

 環名師が三に輪印、返輪師が巻き心を四直前で抜く。

 マルロが零を置き、脚注に自分の字で書く。〈見えない四は無い四〉

 ——良い筆跡だ。中央の手が、やっと拍を覚えてきた。



 大丸。

 殿下が木さじを水平から半寸だけ立て、掲示の右隅へ静かな丸を一つ。

 丸は返礼の栓。三を通して四で締める。

 遠橋の紙〈律祖セファリム〉の薄丸はついに大丸となり、真正印の内側で温度を閉じ込めた。

 ——音はしない。だが広場の空気が一段落ち着き、中央庭の石が半寸、沈んだ気がした。

 帰路は開いた。規格という名が、席に座し、返った。


 規格監はしばし沈黙し、零を置けなかった。置けない日は帰れない。

 代わりに中央使マルロが深く零を置き、短く言う。「確認した。中央側で辞庫の並びを四拍に合わせる」

 確認は弱い言葉のふりをして、最後に効く蝶番だ。



 公開・大返礼の写し。

 会所前で、街・中央・隣郷の三冊を並置。

 左:中央紙(原文)、中央:街式(四拍訳)、右:隣郷書式(横)。

 見物の視線は自然に中央へ集まり、やがて左右が中央へ寄る。寄るのは説得ではなく、返路の見やすさのせい。

 リザが刷毛で「礼は返路」の見出しを薄く撫で、目録師中堅は欄外番号を整え、エレーネは香を低く折る。

 鼓手長は見せ札だけに短い音型をあしらい、喪名師は灯印の色を薄青に保つ。

 倒れない退屈が、街の頬をやわらかくする。



 夕刻、寺院跡。読み合わせと指標。パズが紐旗を外し、数より温度を先に読む。


大返礼 施行:遠橋・中央庭・広場 同時/真正印 二層+座印/束返礼 成立 1


零検査(二回):介入 2(緊急条最終/背面四)→ 句点付与・脚注化・欄外降格


審律盤:見せ札固定 維持/真正混入 0


整音座 再投入:介入 1 → 見せ札分離/混用 0


辞庫反映(中央):マルロ署記 1(見えない四=無い四)


喪(定量):欄外維持/長由来札 6


律祖名 丸度:大丸 到達(遠橋紙/中央掲示/街掲示 3/3)


参加(合同):518/形だけ名乗れた 432(83.4%)/零習得 351(67.7%)


「温度、栓が締まった」

 殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。

「明日、第36話『終の丸、余熱の使い道』。——大丸の後始末と、余熱の配り方。辞書(鞘)の常設、継所の恒常運用、隣郷との往復固定の微修正。鼓手長は“音の見せ札”契約を文にし、律祖席(仮)から“(本)”へ。五の席を街じゅうに薄く置く」


「終わったら、何が始まる?」

 エレーネが眠たげに訊く。

 「余熱で見出しを起こす。終わりははじまりの燃料」

 俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。遠橋の大丸は、もう音のしない太い栓になっていた。

 「零を厚く、一を小さく。二は形、三は席、四は返礼。丸で栓し、脚注で息し、欄外で整える。倒れない退屈を、街の骨にする」


 シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。

「今日のあなた、栓で小突くので、やっぱりずるい」

「業務に支障」

「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」


 渡鈴は鳴らずに鳴り、栓を締めた街の温度が夜気の中で静かに回り始める。

 名は火でも水でもない。帰る温度で、栓だ。

 零で息。一で名乗り。二で笑い。三で置き。四で返す。五で忘れた者に席を置く。

 数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。

 盗む拍は、明日もどこにもない。

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