第34話「律祖照合、席に名を座らせる」
――照合は“疑う”ではなく、“座らせる”ための呼吸合わせ。
零で間を整え、一で立ち位置を示し、二で肩をゆるめ、三で腰を下ろし、四で礼を結ぶ。
今日、律祖の名を席に座らせる。
朝。遠橋の中丸は縁が太り、渡鈴は低・高でゆっくり呼吸。
殿下——エリスは木さじを帯に差し、要点を三つ。
「一、照合の儀で連署責任を席に固定。
二、**座印**を用いて〈名が座した〉の標を出す。
三、緊急条の再投下に備え、零検査を前置する」
編成:遠橋隊(殿下・俺・蔵守・シアン・返輪師・環名師・鐘守・中央使マルロ)、広場隊(エレーネ・パズ・リザ・目録師中堅・鼓手長<見せ札専任>・喪名師)。
呪文は変えない。零は厚く/一は小さく/二は形/三は席/四は返礼。
シアンは白手袋を締め、半拍遅れて親指をひらく。甘い合図は危ない合図に似ている。今日は座り方の稽古だ、危なくないほうでいこう。
◇
中央側・前庭東端、〈律祖席(仮)〉。
代理三名と中央使マルロ、規格師(肩章二)二名、規格監(肩章太)。背後には審律盤(第三腕なし/鈴=見せ札回線)。
掲示には昨日の辞書片〈欄外語〉がきちんと並び、丸の説明に指が触れた跡が残っている。
「照合の儀、宣言」
殿下が木さじを水平に置き、短く拍を通す。
手順:
— 零で息(参加者全員/緊急条の投下チェック=零検査)
— 一で名乗り(代理三名→席→街→中央)
— 二で笑い(形)
— 三で置く(名影+連署責任+座印用地紙)
— 四で返す(真正印→座印起立)
鐘守が鍵束を胸で撫で、無音礼で〈零検査〉の合図。
……梁の上でぺた。やはり来た。細帯——〈規格緊急条:合同二+三/背面処理許可〉。
俺は名留膠を三で置き、四で返すで帯の末尾に句点を落とし、蔵守が脚注へ一行。
〈緊急は席で受ける。条文は場所を変えない〉
返輪師が四直前抜きで帯の角を外し、環名師が三に輪印。真正印——緊急は欄外に降りた。
零検査、合格。呼吸がそろう。
◇
一で名乗り。
中央代理三名が順に、街式で小さく——「書記長」「規格監補」「外記」。
マルロが零を厚くしてから補助の一を添える。彼の零はもう十分に街の濃さだ。
こちらは殿下、俺、蔵守が小さく一。二は形。肩甲骨が一枚ずつ落ちる。
三で置く。
蔵守が〈律祖セファリム〉の名影を席へ置き、連署責任の札(三名分)を重ねる。
俺は座印用の地紙を三で差し入れ、返輪師が仮綴で束を軽く留める(四直前で抜ける設計)。
環名師が検印輪を三に薄く押し、「座印は四の後——半拍遅れで起立」と短く示す。
ここで、規格師の一人が袖から影代理の札を滑らせた。〈影印:中央代理“相当”〉——零を置かずに一だけ通った偽名。
シアンが白手袋で指一枚の形を作り、俺は零を厚く落としてから札の角へ泡楔をひとつ。
泡は一瞬の縁を作り、影はそこから落ちる。
蔵守が脚注へ一行。〈影印=欄外語/零不在の名〉
規格監の眉が動いた。止まれるか? 今日はまだ動くが、爪は引っ込んだ。
四で返す。
鐘守の鍵束が打たずに鳴り、真正印が二重に出る(名影/連署)。
返輪師が仮綴を四直前で抜き、環名師が座印の位置に指を置いた。
「——座印、起立」
殿下が木さじを水平から半寸だけ立て、丸の縁に触れる。
座印は薄青の輪で現れ、真正印の内側に、淡い凹みとして落ち着く。
それは印というより、重みの座——腰の跡だ。
〈律祖の名、席に座した〉——掲示の書式に短く記す。
遠橋の中丸が一段濃くなり、胸骨の内側で、街の拍が半呼吸だけ深くなった。
◇
公開の照合・写しへ移る。
広場側ではパズとエレーネが読台を組み、鼓手長(見せ札専任)が鈴を鳴らさず掲げる。
作法は同じ。零→一→二→三→四、半拍遅れ。
リザが刷毛で「座印」の説明札を添える。〈座=“在る”の重さ/印=“返る”の証〉
目録師中堅は座印記録欄の欄外に小さく番号を置き、見出しを名に保つ。
見物の老人が眼を細め、「遅いが倒れない」とぽつり。今日の合言葉になりつつある。
そこへ、名上書師の布。
〈“座印”は“宗教の座布団”〉
手癖の韻。
俺は由来札に短く。〈座印=“倒れないための重心記録”/儀具ではない〉
環名師が三に輪印、返輪師が四直前抜き。布は脚注へ落ち、見出しには短い語。
〈礼は返路〉——使い回しではない、返る道は毎回そこにある。
◇
昼、連署責任の裏打ち。
中央代理三名が一を置き、連署票の裏面——由来を二行で記す。
〈書記長=中央紙の句点担当/規格監補=合同案の修正履歴持ち/外記=遠橋文言の監理〉
喪名師が黒衣で寄り、「喪の短縮条を戻そうとする紙、中央の奥にまだある」と低く告げる。
殿下は頷き、辞書片に追記。
— 定量喪(再):欄外語/受け:灯印+長由来札
紙は記録され、座は揺れない。
◇
午後、規格監が最後の札を出した。
〈“座印”の代替:“整音座”〉——音で座を示す。
鼓手長が一歩前に出て、深く零を置く。
「音は注目、座は重み」
彼は二を形で通し、短い音型を見せ札だけに流し、真正には混ぜない。
蔵守が脚注へ一行。〈整音=注目処理。座=真正記録。混用不可〉
規格監の口が閉じ、零は置かれない。置けない日は、帰れない日。——でも、倒れなければいい。
◇
遠橋・座印反映。
席に座した名は、橋の真ん中の紙〈律祖セファリム〉へ半拍遅れで返る。
殿下が木さじを水平に置き、一→二→三で**“座印通知”を置く。
四——真正印。
紙の薄丸が大丸手前まで濃くなり、輪郭が一段太る。
中央使マルロは深く零**を置き、ただ一言。「確認した」
確認は弱い言葉に見えて、橋では強い。倒れないからだ。
◇
夕刻、寺院跡。座印の読み合わせ。
パズが紐旗を黒布のまま抱え、数ではなく温度の読みを優先する。
照合の儀(中央前庭):施行 1/真正印 2層(名影+連署)/座印 起立 1
零検査/緊急条:介入 1 → 脚注化・欄外降格
影代理 介入:札 1 → 泡楔 落下/脚注化
座印・公開写し:掲示 6/見出し維持(名) 100%/欄外番号 6
整音座(代替案):介入 1 → 見せ札分離/混入 0
連署責任 裏打ち:由来二行 3/裏面記載 完
喪 短縮条(再):辞書追記 1(欄外語再確認)
律祖名 丸度:中丸強→大丸一歩手前
参加(見学含む):489/形だけ名乗れた 404(82.6%)/零習得 323(66.1%)
「温度、座した」
殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。
「明日は第35話『大返礼、律祖名の返し』。——大丸を打つための総返礼。審律盤は見せ札に縛ったまま、中央辞庫と隣郷を同時に回す。緊急条はもう一度来る。零検査を二度置く。**心臓(三)**は外に出さない」
「座ったら、次は何を?」
エレーネが眠たげに訊く。
「返す。座は出発点。席に座して、返路を開く」
俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。
「零を厚く、一を小さく。二は形、三は席、四は返礼。丸で栓し、脚注で息し、欄外で整える。——明日は大丸の手前で、倒れないをもう一段、太くする」
シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。
「今日のあなた、座で殴るので、やっぱりずるい」
「業務に支障」
「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」
渡鈴は鳴らずに鳴り、中央前庭の座印が夜気の中で静かに呼吸する。
名は火でも水でもない。帰る温度で、座だ。
零で息。一で名乗り。二で笑い。三で置き。四で返す。五で忘れた者に席を置く。
数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。
盗む拍は、明日もどこにもない。