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第33話「辞書戦、条文の心臓を守れ」

――倉は重さで語り、辞庫は語で重くなる。

重さを見せるための棚が席、軽さを欄へ落とすための余白が欄外。

今日、中央の辞庫で、その並びを四拍で通す。


 朝。遠橋の中丸は薄い金色を帯び、渡鈴わたりすずは低・高で短く呼吸。

 殿下——エリスは木さじを帯に差し、要点を二つだけ。


「一、中央辞庫で欄外語を欄外に戻す並べ替え——“返しかた”でやる。

 二、条文の心臓(三)を棚の外に出そうとする札を、辞書(鞘)で受け止める。審律盤は見せ札のまま」


 編成:遠橋隊(殿下・俺・蔵守・シアン・返輪師・環名師・鐘守・中央使マルロ)、広場隊(エレーネ・パズ・リザ・目録師中堅・鼓手長<見せ札専任>・喪名師)。

 零は厚く、一は小さく、二は形、三は席、四は返礼。呪文は変えない。変えるのは、棚の癖だ。


 シアンは白手袋を締め、半拍遅れて親指をひらく。甘い合図は危ない合図に似ている。今日は危ないほう。



 中央側——辞庫。

 石の冷えが言葉を薄くしがちだ。高い梁、低い灯。背の高い見出し板には〈中央標準 用語綱〉とあり、丸がない。

 規格監と規格師が三名、棚の前に立つ。背後で審律盤(第三腕抜き/鈴は見せ札回線)の鈍い金色が息を潜めている。


「並べ替えの手順は、四拍でやる」

 殿下が木さじを水平に置き、中央に向けて短く通す。

 一で名乗り(受け手=辞庫/渡し手=街式)、二で笑い(形)、三で置く(欄外語札を欄外へ)、四で返す(真正印)。

 蔵守が辞書片を束ね、環名師は検印輪を三にだけ落とす準備。返輪師は仮綴で“四直前抜き”の安全策。鐘守は鍵束を胸の内で撫でる。


 最初の棚は〈合同(二+三)〉の項。

 零を厚く、一を小さく、二は形。

 俺は名留なとどめ膠を三で置き、四で返すで見出しの輪郭を太くし、蔵守が札を欄外へ滑らせる。

 環名師の輪印が三に薄く落ち、返輪師が四の直前で“便宜契約”の角を抜く。

 ——棚が鳴らずに鳴る。真正印が静かに出て、合同は従に落ちた。


 規格師の一人が眉を上げる。「中央標準から外れる」

 「欄外に置く」

 殿下は即答。「外すのではなく、従に置く。三を消す案は棚に残さない」



 次の棚は〈背面処理〉。

 札の文言は狡猾だ。〈視認性の改善のため、三を裏面記録〉

 「見えない三は無い三」

 蔵守が脚注を添え、俺は由来札に撥ね方を一行。〈撥ね:輪郭+泡楔〉

 ジェイ(鼓手長の弟子扱いになりつつある)が広場隊から回ってきた泡楔うせつを机で立て、返輪師が札の食い込みだけをやさしく外す。

 三に検印輪、四で返礼。真正印。

 棚の温度が一段、上がる。倉は数字でなく温度で揃う。


 規格監が腕を組む。「視認性は迅速の親だ」

 「戻るが親だ」

 俺は笑いを形で返す。「速いより、戻る。視認は四の後で増やせる。倒れないのが先」



 三つ目の棚、〈自動返礼〉。

 審律盤の側面——鈴がこちらへ音を流そうと待ち構える。だが見せ札回線に縛ってある。

 鼓手長が零を置き、二を形で通して鈴に短い音型を一つ。音は見せ札にだけ消える。

 俺は札の末尾に句点を三で置き、四で返すで落とし、蔵守が脚注へ**『真正=無音。音=注目の誘導。混用不可』と記す。

 規格師の肩が一枚**落ちる。止まれる肩は、戻れる。



 奥の列——古語棚に混じって、見慣れない板。〈定量喪〉。

 喪名師が黒衣で現れ、零を厚く置く。

 「ここは欄外。灯印と長由来札が主」

 殿下が木さじを水平に。「喪は席で受ける。日数で隠すな」

 リザが刷毛で灯印の色見を置き、蔵守が長由来札の見本を二行で添える。

 札は欄外に落ち、見出しに短い語。〈喪は席〉

 喪名師の喉が少しほどけた。沈黙が、礼を通過する音に変わる。



 午前の終わり、名上書師なうわしの長巻が棚上から滑り降りた。

 〈“辞書厚=街遅/中央軽=先進”〉

 リズムで殴る文句。

 俺は由来札に短く。〈厚い=倒れない/軽い=倒れる回数が多い〉

 環名師が三に輪印、返輪師が四の直前で巻き心を抜く。

 巻は脚注へ落ち、見出しに一行が残る。〈速いより、戻る〉

 中央使マルロが小さく笑い、零を置いた。彼の零は日に日に濃くなる。



 昼。辞庫前の中庭で公開・棚並べ替え。

 標語は短く、作業は遅く、倒れない。

 一で名乗り/二で形/三で置く/四で返す。

 見物の中央官吏が最初は退屈そうにしていたが、真正印の出方が均一になっていくのを見ると、顔がほどけた。

 退屈は均一の親で、均一は倒れないの親だ。規格の人間には、この種の退屈が効く。


 そこへ、規格監が最後の手を出す。

 〈“条文の心臓を棚外に置く”暫定——“規格緊急条”〉

 緊急を言えば何でも通ると思う悪癖。

 殿下は紙の末尾に句点を三で置き、四で返すで落とし、蔵守が脚注へ一行。

 〈緊急は席で受ける。条文は場所を変えない〉

 環名師が三に輪印、返輪師が四直前抜きで“緊急”の角を外す。

 真正印が出る。緊急は欄外に降り、棚は倒れない。



 午後——辞庫の奥の間。

 ここには律祖の綱が鎮座していた。見出し〈律祖指針〉。丸はない。

 代理三名が零を置き、一で名乗る。

 俺は名留膠を三で置き、四で返すで見出しを撫で、蔵守が由来札を一行。〈“祖”は規格の由来であり、席ではない〉

 環名師が三に輪印、返輪師が四直前抜きで“合同”の古い鉤を外す。

 ——薄丸が、さらに濃くなった。律祖の名が、紙から席**へ半歩、寄る。


 規格監の肩が硬くなる。「あなた方は“宗教”をしている」

 殿下は首を横に。

 「宗教は信じる合図。礼は返せる合図。

 四拍は返路を合図する。信は要らない、席が要る」

 規格監は口の硬さを保ったまま、零を置けなかった。置けない日は、帰れない日だ。今日はここまで。



 戻り道、遠橋の上で鼓手長が鈴を鳴らさず掲げる。

 「音は見せ札で回る。真正は無音。——これで決戦に入れる」

 彼は二を形で通し、短い音型を橋の外へ投げて溶かした。拍がほどけ、肩甲骨が一枚落ちる。音の居場所は、だいたい人の肩だ。



 夕刻。寺院跡で読み合わせと指標。パズが紐旗を抱え、数字ではなく温度の読みを優先して声にする。


中央辞庫 並べ替え:棚 12/欄外語 移送 12(合同/背面処理/自動返礼/整音置換/定量喪 ほか)


真正印:辞庫内 31/混入(見せ札→真正) 0


審律盤:見せ札固定 継続/鈴の混線 0


緊急条 介入:紙 1 → 脚注化 1/欄外降格 1


律祖指針:薄丸→中丸強(見出し輪郭強化/由来札 1)


上書き介入(厚薄・先進):巻 1 → 脚注化 1/見出し残語=『速いより、戻る』


参加(見学含む):472/形だけ名乗れた 391(82.8%)/零習得 308(65.3%)


「温度、棚で立った」

 殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。

「明日は第34話『律祖照合、席に名を座らせる』。——連署責任を裏打ちに、律祖の名を席に座らせる“照合の儀”。中央は緊急をもう一度振るかもしれない。条文の心臓は外に出さない」


 エレーネが眠たげに訊く。「席に座ったら、終わる?」

 「帰る手順が始まる」

 俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。

 「零を厚く、一を小さく。二は形、三は席、四は返礼。丸で閉じ、脚注で息、欄外で整える。辞書は鞘、条文の心臓(三)は外に置かない」


 シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。

「今日のあなた、棚で殴るので、やっぱりずるい」

「業務に支障」

「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」


 渡鈴は鳴らずに鳴り、中央辞庫で整えた棚の温度が夜気の中で静かに息をする。

 名は火でも水でもない。帰る温度で、棚だ。

 零で息。一で名乗り。二で笑い。三で置き。四で返す。五で忘れた者に席を置く。

 数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。

 盗む拍は、明日もどこにもない。

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