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第32話「心臓の条文、中央庭で読む」

――辞書は刃ではない。

言葉の輪郭を厚くし、外に出た心臓(三)を欄外へ追いやるためのさやだ。

今日、中央庭でそれを読む。審律盤は見せ札に縛る。


 朝。遠橋の薄丸は夜露を吸って中丸に近い。渡鈴わたりすずは低・高で浅く呼吸。

 殿下——エリスは木さじを帯に差し、短く告げる。


「本日の目的は二つ。

 一、審律盤を“真正へ混ぜない見せ札”として固定。

 二、辞書じしょを掲示し、三を外に置く語を欄外に押し出す。——中央庭で公開朗読する」


 編成:遠橋隊(殿下・俺・蔵守・シアン・返輪師・環名師・鐘守)、広場隊(エレーネ・パズ・リザ・目録師中堅・鼓手長〈見せ札専任〉)。

 零は厚く、一は小さく、二は形、三は席、四は返礼。呪文はいつも通りだ。


 シアンは白手袋をきゅっと締め、半拍遅れて親指をひらく。甘い合図は危ない合図に似ている。今日は危ないほう。



 中央側・前庭東端。昨日据えた〈律祖席(仮)〉の板札は輪郭を保ち、由来札〈代理 三名〉が息をする。

 中央使マルロが零を置き、一で名乗る。規格師(肩章二)と規格監(肩章太)が並ぶ。背後には例の審律盤。今日は第三腕を外したまま、側面に鈴。嫌な音の設計は生きている。


「宣言する」

 殿下は木さじを水平に置き、紙束を掲げた。「『心臓の条文—四拍訳』。見出しに丸、脚注に由来、欄外に番号」


 蔵守が読み上げる。

 第一条 三は席、外に置かない。

 第二条 二は胸の形、声に限定しない。

 第三条 四は半拍遅れの真正印、音で代替しない。

 第四条 丸は返礼の栓、濫造しない。

 付記 背面処理/仮成立/合同(二+三)は欄外語とする。


 規格監が静かに笑い、「辞書で規格に勝てると?」と刺す。

 「勝たない。返す」

 俺は名留なとどめ膠を三で置き、四で返すで条文の見出しに輪郭を一段。

 環名師は検印輪を各条の三に薄く落とし、返輪師が四の直前で仮綴を抜く。

 鐘守の鍵束は打たずに鳴り、紙面に真正印が整う。辞書は刃ではなく鞘になった。



 審律盤の拘束に移る。

 鼓手長(見せ札専任)が鈴だけ携え、深く零を置く。「音は見せ札」

 返輪師が盤の鈴を見せ札回線へ綴じ直し、環名師が盤面の縁へ**“検印=三に触れず”の輪印を刻む。

 蔵守は札を立てる。〈審律盤=見せ札専用。真正側混入 禁〉

 四の直前で返輪師が固定紐を抜く所作を示し、混入しない確認を取る。

 規格師が舌打ち寸前で止まる**。止まれたなら、戻れる可能性は残る。



 そこへ名上書師なうわしの帯。

 〈“辞書”は“形式主義”〉

 手癖の早書き。

俺は由来札を三で置き、四で返すで添える。〈辞書=“返せる形”の一覧。形式=“返せない形”の箱〉

 リザが刷毛で見出しの輪郭を撫で、帯は脚注へ落ちた。

 見物の少年が小声で復唱する。「返せる形、返せない形……」拍は伝染する。



 午前の山場、中央庭・公開朗読。

 中央の石畳に仮の読台。左右に二冊。左は中央紙(原文)、右は四拍訳(街式)。

 殿下が合図。

 零で息。

 一で名乗り(街→中央)

 二で笑い(形)

 三で置く(辞書の頁)

 四で返す(真正印)

 丸で閉じる。

 観衆の視線は自然に右へ流れ、欄外が数字を呑み込み、脚注が息をさせる。


 規格監が最後の札をかざす。

 〈“二+三 合同”—“整音置換”案〉——二を音で確定し、三を背面で自動置換する。

 鼓手長が一歩前へ。仮面、太鼓なし、粉なし。

 「音は注目。真正は無音」

 彼は二を形で通し、短い音型を見せ札にのみ流す。真正側には混ざらない。

 返輪師が札の角を四の直前で抜き、環名師が三に輪印、蔵守が脚注へ**『整音=注目処理。置換=背面処理。いずれも欄外語』**と記す。

 規格監は言葉を噛み、零を置けずに沈黙した。沈黙は勝敗ではない。倒れないだけ。



 午後、辞書の編纂へんさん稽古。

 見出し:欄外語一覧。

 — 背面処理(見えない三/四)

 — 仮成立(三抜き言い換え)

 — 合同(二+三)(席消し)

 — 自動返礼(音による代替)

 — 整音置換(注目で確定、背面で置く)

 各項、由来と撥ね方を一行で添える。

 撥ね方の基本は三つ。会釈(重み)、泡楔うせつ(食い込み)、輪郭(迷い)。

 見習い継手たちが辞書片を三で置き、四で返すで掲示に貼る。辞書は骨組みになる。


 途中、喪名師もしめいしが黒衣で寄り、低い声。

 「喪の短縮案、中央で生きている。——月半減」

 殿下は木さじを水平に。「灯印と長由来札で受ける。数字で削らない」

 喪名師は零を置き、辞書に一項を加えた。

 — 定量喪(日数先頭)=欄外語/受け方:灯印+長由来札

 辞書は厚くなるが、倒れない。



 夕刻、律祖席(仮)にもう一度。

 代理三名が一を置き、二は形、三で名影を置く。

 審律盤は見せ札に縛られているから、真正に混ざれない。

 四で真正印。

 薄丸が、中丸へ。橋の上の帰路が太る。

 規格師がその様子を見て、今日は初めて零を置いた。

 「確認した」

 その一言が、案外遠くへ届く。



 戻る道すがら、名上書師の最後の布。

 〈“辞書厚し=街、遅し”〉

 俺は由来札に短く。〈厚い=倒れにくい。薄い=速いが倒れる〉

リザが刷毛で見出しの輪郭を撫で、環名師が三に輪印、返輪師が四の直前で抜く。

 布は脚注へ、見出しに短い語が残る。

 〈速いより、戻る〉——昨日の語が、今日の辞書で見返しになった。



 夜。寺院跡。灯は置かずに読み合わせと指標。パズが紐旗を黒布のまま抱え、息を整える。


『心臓の条文—四拍訳』:朗読 1/真正印 100%/丸付与


審律盤 固定:見せ札回線 1/真正混入 0/四直前抜き 成功 3


欄外語 辞書:新規 5項/由来+撥ね方 5/5


整音置換 介入:札 1 → 見せ札分離/脚注化


名上書 帯・布:介入 3 → 脚注化 3/見出し残語『速いより、戻る』


喪 短縮案:辞書化 1(定量喪=欄外語)


律祖席(仮):中丸到達/真正印 本日 2


参加(見学含む):448/形だけ名乗れた 370(82.6%)/零習得 296(66.1%)


「温度、言葉に鞘がついた」

 殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。

「明日は第33話『辞書戦・条文の心臓を守れ』。——中央辞庫に入って、欄外語を欄外に戻す作業を向こうの棚でやる。遠橋は往復固定、審律盤は見せ札のまま。律祖は相変わらず沈黙だが、責任の輪郭は太る」


 エレーネが眠たげに訊く。「辞書はいつ終わる?」

 「終わらない。街が呼吸する限り、脚注が増える」

 俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。

 「零を厚く、一を小さく。二は形、三は席、四は返礼。丸で閉じ、脚注で息、欄外で整える。心臓(三)は外に置かない——辞書が鞘である限り」


 シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。

「今日のあなた、辞書で小突くので、やっぱりずるい」

「業務に支障」

「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」


 渡鈴は鳴らずに鳴り、中央庭の丸が夜気の中で静かに息をする。

 名は火でも水でもない。帰る温度で、鞘だ。

 零で息。一で名乗り。二で笑い。三で置き。四で返す。五で忘れた者に席を置く。

 数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。

 盗む拍は、明日もどこにもない。

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