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第30話「隣郷の返礼、席なき名に座を据える」

――境は線ではない。

礼が通れば橋、通らなければ壁。

名は勝手に渡らない。席が呼び、四拍が運ぶ。


 朝。東の霞の向こうに、隣郷りんごう・セリンの屋根が薄く見える。昨日、遠橋の真ん中に置かれた〈律祖セファリム〉の紙は、丸がないまま在る。今日はその名に、中央側の席を作らせる——名を返せる状態にする。そのうえで、往復の礼順を固定する。


「編成」

 殿下は木さじを帯に差し、短く示した。

 遠橋隊:殿下・俺・蔵守くらもり・環名師・返輪師・鐘守。

 隣郷交渉隊:エレーネ・パズ・名塗り師リザ・目録師なもくろくし中堅。

 継所はシアンが留守当番。零、厚めから。


 シアンは白手袋をきゅっと締め、半拍遅れて目で言う——「三は心臓、忘れない」。うん、忘れない。



 遠橋の上は冷たい。渡鈴わたりすずを高・低に据え、屋根返し・形版の構え。

 中央使が先に待っていた。肩章の脇に、昨日の小さな脚注符が付いた紙束。規格師きかくしも一名。今日は零を置いた。進歩だ。


「席を作る」

 使は開口一番に言い、一で名乗る。「中央・書記補 マルロ」

 二で笑いは形だけ、三で**“律祖席・仮”の板札を中央側の岸に置く**。

 ——だが、板は返らない。四の前で、目に見えない**“準合同”**の言い換えが潜んでいる。

 規格師が袖の中に小さな紙を忍ばせていた。〈背面処理〉。三を裏へ落とす語だ。


「表で置く」

 俺は板札の縁を指で叩き、名留なとどめ膠を三で置き、四で返すで輪郭を出す。

 蔵守が由来札を添える。〈律祖席(仮)=中央書記庁 前庭東端〉——置き場は席の芯だ。

 環名師は検印輪を三にだけ落とし、返輪師が四の直前で仮綴を抜く。

 鐘守の鍵束が打たずに鳴り、中央岸で真正印が薄く出た。

 席が生まれた。紙の名が、やっと帰り道を持った。


 規格師が渋面のまま、「中央標準へ統合」とだけ言い、“二と三合同”の紙を出しかけて——止まった。

 殿下が先に句点を一つ、三で置き、四で返すで紙の末尾に落とす。

 〈“合同”案:隣郷礼順により脚注化。〉

 丸が紙の熱を抜き、脚注が息をさせる。紙は従に落ちた。



 交渉は続く。今日は往復固定式を結ぶ。

 〈行き:ミレイ→中央=三をミレイ側の席で、四を中央席で。

 帰り:中央→ミレイ=三を中央席で、四をミレイ席で。〉

 二はどちらも形で可。一は小さく、零は厚く。背面処理は禁止、“仮成立”は席内限定。


 そこへ、隣郷・セリンの代表が合流した。薄青の肩布、言葉は柔い。

 「通称先頭が慣い(ならい)だが、返せる通称なら従う」

 リザが刷毛で説明する。「見出し=本名/脚注=通称。返路を脚注に刻めば、呼び方は自由が広い」

 隣郷の若者が頷き、零を置いた。見込みがある。



 午前の後半、律祖の名を試験返礼する段。

 中央岸の新しい席に、使が一で名乗り、二で笑い、三で置く。

 遠橋の真ん中で、昨日の紙がわずかに温む。

 ——その瞬間、梁の上で“ぺた”。規格師の影が一つ、横書き帯を滑らせた。

 〈“中央優先”〉

 帯は返せない語でできている。席に降りない文だ。


「屋根返し・形版」

 殿下の声が低く走り、俺は泡梯子の形を踏んで梁へ“昇段”。

 返輪師が帯の角を四の直前で抜き、環名師が三に輪印。

 帯は脚注へ落ち、中央岸の掲示に小さく残る。

 〈中央優先=“番号先頭”の別名〉——脚注に正体を刻んだ途端、毒が抜ける。

 中央使が小さく苦笑し、規格師は唇を噛んで止まった。今日の彼は、止まれる。


 四——中央席で真正印が濃く出る。

 橋の上の紙〈律祖セファリム〉は半拍遅れで薄く震え、丸を持たないまま、でも確かに**“置かれた”**。

 戻らず、帰る準備だけが進む。



 昼、広場に戻って隣郷・公開返礼。

 見本の題は「税呼名ぜいよなの返し」。隣郷が多用してきた番号先頭の呼称を、名→番号へ戻す儀。

 殿下が木さじを水平に置き、四拍をゆっくり。

 一で名乗り(受け手→渡し手)、二で笑い(形)、三で置く(名影を席へ)、四で返す(真正印)。

 欄外に番号、脚注に〈税季の仮称〉。

 見物の隣郷の老人が目を細め、「遅いが倒れない」とぽつり。礼は老いに強い。速度より戻りが大切だ。


 その列に、鼓手長が紛れた。仮面、太鼓なし、粉なし。今日は見せ札専任の約束。

 彼は二を形でだけ通し、三に触れず音だけ添える——見せ札の側に。

 音は高くも低くもなく、四の手前で解ける。

 「真正には混ぜない」

 仮面越しの声は遅れない。彼は約束を守っている。止まれる者は、戻れる。



 午後、遠橋・往復固定式の締結。

 文言は短く、輪郭は厚く。

 — 三は各側の席で“見える”こと。

 — 四は半拍遅れで相手側に真正印。

 — 背面処理禁止。“仮成立”は席内限定。

 — 丸=返礼の栓は各側の四で閉じる。

 — 欄外=番号、脚注=由来/返路。

 署名は名→役の順。番号先頭を禁ず。


 最後の段で、律祖の名に話が戻る。

 中央使が深く零を置き、言葉を選ぶ。

 「本人ほんにんは来ない。律祖は“規格そのもの”として振る舞う習いだ」

 規格を人に貼る。便利で、帰れない。

 殿下は短く、「席に人を置け」と返す。

 「名呼び=主、番号=従。“律祖”が席に座らないなら、代理でもいい。返せる相手を置け」

 中央使は頷き、脚注符の横に小さく記す。

 〈律祖席 代理:連署 三名(中央書記長・規格監・外記)〉

 名が人に触れた。戻りの芽が出る。



 夕刻、隣郷・セリンの広場で合同読み合わせ。

 向こうの掲示は横書き、こちらは縦。並べると目が忙しい。

 リザが刷毛で「見出し=名」の輪郭を左右どちらでも読めるように二重線にし、環名師が検印輪を三にだけ薄く落とす。

 返輪師は紐で片道遠橋を一本、往路専用に仮張りし、混線の芽を潰す。

 目録師中堅は、隣郷の番号先頭帳を受け取り、欄外化の見本を置く。

 エレーネは香を低く折り、二の胸ひらきを隣郷の流儀に合わせて形で補助。

 四拍は言語の上位にある。並びより順序が先だ。


 そこへ、名上書師なうわしの大幕。

 〈“礼は形式、中央は本質”〉

 ありがちな二分法。

俺は由来札に短く書く。〈“返せる形”が礼。返せない形が形式。〉

 幕は脚注へ落ち、見出しに短く強い語が残る。

 〈礼は返路〉

 隣郷の人々がそれを声に出して読み、二で笑いの形がそろう。拍が合うと、壁は薄くなる。



 戻って継所。総指標を起こす前に、律祖席・仮へもう一往復。

 中央側で代理三名の一で名乗りがそろい、二は形、三で席に置く。

 ——遠橋の真ん中の紙〈律祖セファリム〉が、やっと薄い丸を得た。

 半拍遅れで中央とミレイの双方に真正印。

 在るだけだった名が、返る準備から帰る手順へ前進した。



 夜。寺院跡に灯は置かず、読み合わせと指標。パズが息を整え、朱布の紐旗を外して読む。


中央側“律祖席(仮)”設置:前庭東端/検印=三/真正印(初) 1


往復固定式 締結:行き・帰りの三=見える席/四=半拍遅れ/背面処理禁止


“中央優先”帯:介入 1 → 脚注化 1(正体=番号先頭)


隣郷 税呼名返し:列 6/欄外化 100%/由来脚注 6


名上書 大幕:介入 2 → 脚注化 2/見出し残存語=『礼は返路』


鼓手長(見せ札専任):介入(音) 3 → 真正側混入 0


中央使 連署:代理三名 設定/律祖名 薄丸 1


参加(合同):417/形だけ名乗れた 341(81.8%)/零習得 268(64.3%)


「温度、越境」

 殿下はパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。

「第2部『隣郷名乗り編』——完。

 明日から第3部『律祖決戦編』。

 律祖は人としては来ない。規格として来る。だから席で受け、四拍で返し、丸で閉じる。三を外に置こうとする手を、条文の心臓で跳ね返す。鼓手長は“音の見せ札”に留める契約で進める」


「決戦は、音がする?」

 エレーネが眠たげに訊く。

「真正は無音。見せ札が鳴る」

 俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。遠橋の上の薄丸が、静かにこちらを見ている。

「零を厚く、一を小さく。二は形、三は席、四は返礼。丸で閉じ、脚注で息、欄外で整える。席なき名に座を据え、返せるようにする——それが決戦だ」


 シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。

「今日のあなた、境界で小突くので、やっぱりずるい」

「業務に支障」

「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」


 渡鈴は鳴らずに鳴り、隣郷とこちらの拍がひとつ重なる。

 名は火でも水でもない。帰る温度で、橋だ。

 零で息。一で名乗り。二で笑い。三で置き。四で返す。五で忘れた者に席を置く。

 数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。

 盗む拍は、明日もどこにもない。

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