第29話「記まいと始め、律祖の名だけ届く」
――継ぐとは、置きっぱなしにしないこと。
渡された名の橋脚に片膝をつき、零→一→二→三→四の通りを曇らせない。
それをする場所が「継所」、それをする人が「継手」。
朝。寺院跡の片側に新しく小屋掛けができた。壁は薄く、屋根は厚い。渡鈴は低・高で一対、内側には格納帳(亡)の小棚、外側には生帳の長机。入口には五の席。ここが今日からの「継所」だ。名の行き来と返礼の一部を、ここで見守り、受け直し、手当する。
「本日の講師」
殿下が指を二本。
「返輪師——元・鎖名師。環名師——輪を“礼順”に直す職。
見習いの継手は八名、補助四名。零、厚めから」
返輪師は黒環ではなく、細い仮綴じ紐を肩に。環名師は薄輪をいくつも指にかけ、どれも三で検印が落ちる設計になっている。
シアンは白手袋を締め、半拍遅れて俺を見る。危ない合図は甘い合図に似ている。けれど、今日は甘やかさない。継手は街の骨を預かる。
◇
午前の講義「継手・標準手順」。蔵守が板に短く書く。
〈零で息/一で名乗り(受け手⇄渡し手)/二で笑い(形でも可)/三で置く(席へ、あるいは帳へ)/四で返す(半拍遅れの真正印)〉
「見本を」
返輪師がうなずき、紐を三にあわせて綴じ、「四の直前で抜ける」を見せる。戻しではなく返すための“仮”。
環名師は検印輪を掲げ、「一に触れない。三にだけ薄く押す」と解説。輪は従でしかないことを、輪自身が説明しているのが可笑しい。
見習いの手は、最初は震える。
門番上がりの青年は一が強すぎ、二が固い。
「二は声じゃない。胸のひらき」
シアンが静かに胸に形を作って見せ、青年の肩甲骨が一枚落ちる。三は軽く、四は深い。
耳に白糸のアダは逆に一が小さすぎる。
「零を厚く、一を形で置く」
蔵守が〈間合い指定〉を靴裏の幅で床に置き、アダはそこに一を“置く”コツを掴む。彼女は三で置くが絶品だ。継手向きだ。
◇
教場に、乾いた紙の匂い。名目録師の中堅が実地演習の帳面を抱えて入る。
「照合を現場でやってよいか?」
「よい。ただし順序」
殿下が淡々。「名→行き先→置く→返印。番号は欄外。返済番号は脚注の脚注」
中堅は渋面のまま「承知」。けれど、棚の影で別の影が動いた。
規格師。初めて見る肩章。律祖庁の出先が使う“均一化”の職、らしい。紙束の見出しは〈統一運用:三拍省略モデル〉。
「二と三を合同とし、“置く前の返済”を仮成立として扱う」
嫌な文章。昨日やっと条文で無効にした手口を、言いまわしで裏から戻す気だ。
「三は条文の心臓」
俺は前に出て、板に丸を一つ。
「置く前の返却は無効。仮も不可。——欄外に下げる効率ほど、骨を折る」
規格師は眉一つ動かさず、「中央の要請」とだけ言って紙を置く。
殿下は木さじを水平に、零を厚く落としてから一で名乗った。
「旅人、エリス。——中央を敵にしない。けれど、礼を従にもしない。三を削る案は継所では扱わない」
規格師は紙束を整え、「確認した」と去った。去り際の癖に遅延が混じる。背後に律祖庁の気配。覚えておく。
◇
午前の後半は「鎖ほどき・継手版」。
返輪師が見習いに仮綴を配り、鎖が残っていた帳や札から**“戻し癖”を抜く作業。
「重みには会釈**、食い込みには泡楔、迷いには輪郭」
環名師が三語の呪文みたいに言い、ジェイが泡立て器を一回転。瞬間の縁が走る。
見習いの手が、だんだん速度を揃え始める。四拍は、音楽じゃなく実務だ。
◇
昼前、鼓手長が入口に現れた。仮面、太鼓なし、粉なし。今日は約束の日——「二の遅延は投げない、丸は壊さない」。
「見学」
仮面越しの声は遅れず、ただ乾いている。
「注目の継所も作るのか?」
「作らない」
殿下は即答。「注目は見せ札で流す。真正は席に残す。継ぐのは名と礼」
鼓手長は仮面の穴を細くし、何かを帳に書いて腰へしまった。止まれる。戻れる——たぶん。
◇
午後。実地巡回。継所から四隅の道標へ、見習いを二人一組で送る。
俺とシアンは北塔通り。日差しに石の目地が白く出て、影矢印がわかりやすい。
角の投函箱で、見習いの二人が標準手順を通す。一で名乗り/二で笑い/三で投函(置く)/四で返す。半拍遅れ。
そこへ、名上書師の若い衆がチラシを差し出す。〈“継所”→“即応窓口”〉
字面は悪くない。だが返せない。席に降りない言葉だ。
見習いの一人が一歩出て、名留膠を三で置き、四で返すで掲示の見出しへ「継所」の輪郭を太くする。チラシは脚注に落ちる。
もう一人は由来札を添える。〈継所=名の橋脚を見守る場所/“即応”は従〉。
若い衆は肩をすくめて去った。止まれなかった。止まれない人は、また来る。継手は構えを崩さない。
◇
南西では、漂白師の研修組が見習いに**「色を抜かず、灯だけ落とす」の手順を渡していた。
亡帳の長由来札は色**。灯印は灯。どちらも三で置き、四で返す。
漂白は席の外まで。席の中は由来が息をする。
喪名師も来ていた。粉袋は閉じ、零を厚く置くのが上手くなっている。止まれる手は、戻りを覚える。
◇
午後の後半、規格師が二度目に現れた。今度は倉庫の口で、目録師に向けて紙を掲げる。
〈“番号先頭置き”へ暫定回帰。現場の混乱回避〉
中堅が顔をしかめ、見習いが固まる。
「回帰しない」
殿下は歩み寄り、零を一段濃く通してから紙の脚注に細字で但し書きを書く。
〈現場優先:名呼び第一、番号従。“回帰”の語は脚注化**〉
名塗り師のリザが刷毛で**“暫定回帰”の四字を脚注に落とし、見出しに「帳の輪郭」を据え直す。
規格師は口を開きかけ、止まった。「確認した」だけ置いて、去る。
律祖庁の名は出ない。けれど、中央の規格は何度でも戻しに来る。
三を条文の心臓に据えたのは正解だ。心臓は戻し**では止まらない。
◇
夕刻、「継手の試験」。
課題一:“二遅延”への耐性。鼓手長の合意範囲で、梁へ微の遅延を流してもらい、笑待泡と形の笑いで受ける。
課題二:“三抜き”の誘導撥ね。規格師の紙片を模した**“仮成立”の言い換えを、輪郭と丸で却下。
課題三:“上書き脚注化”の実地**。名上書の布片を脚注へ落とし、由来札で本名を見出しに維持。
どれも拍で解ける。四拍は、殴るためではなく受けるためにある。
最後の課題は「遠橋・混線時の切替」。
返輪師が紐で二本の片道遠橋を短く張り、見習い二名が一→二→三→四を同時進行。意図的に番号の紙片が先頭へ滑り込むよう仕掛け、矢印輪郭で欄外へ誘導する。
真正印は後打ちでそろい、広場の温度が一度上がる。見習いの額に汗。汗は温度の証拠だ。
◇
締めの前、寺院の高い梁でぺたという上書の合図。名上書師の親玉ではない、小柄な若者が幕を落とす。
〈“継所”改め“更新所”〉
横文字を混ぜる癖。脚注へ落ちない設計。
パズが紐旗で零の合図、俺は名留膠を三で置き、四で返すで「継所」の輪郭を太くする。
環名師が検印輪で三に薄印、返輪師が仮綴で幕の角を四の直前に抜く。
ジェイの泡立て器が瞬間の縁を走らせ、幕は脚注へ。
若者は立ち止まり、深く息を吸って零を置いた。「……見て、帰る」
止まれた。戻れる、かもしれない。
◇
夜。継所の長机で読み合わせと指標。パズが声を整えて読む。
継所 開設 1/1(生帳・亡帳・五の席 併設)
継手 見習い:本日 8/補助 4/標準手順 合格 8
鎖ほどき・継手版:介入 6 → 会釈・泡楔・輪郭で解消 6
番号先頭誘導:介入 13 → 欄外化 13
上書き介入:布 5 → 脚注化 5
“二遅延”試験:施行 3 → 笑待泡+形で無効化 3
遠橋・混線切替:試験 2/後打ち真正印 100%
参加(講+見学) 297/形だけ名乗れた 245(82.5%)/零習得 196(66.0%)
「温度、見守れる」
殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。
「明日は**“巡帳”——帳と道の見回り**。規格師の紙がまた来る。律祖庁の“中央運用”に礼を合わせさせる交渉。丸は譲らない。三は削らない」
「来たら、どう受ける?」
エレーネが眠たげに訊く。
「零を厚く、一を小さく。二は形で、三は席で、四で返す。但し書きは脚注に落とす」
俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。梁の上で、風が遠い拍を運んだ。律祖の匂いは、紙の匂いに似ている。
シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。
「今日のあなた、橋脚で殴るので、やっぱりずるい」
「業務に支障」
「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」
渡鈴は鳴らずに鳴り、継所の屋根に温度が溜まる。
名は火でも水でもない。帰る温度で、橋脚だ。
零で息、一で名乗り、二で笑い、三で置き、四で返す。五で忘れた者に席を置く。
数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。
盗む拍は、やはりどこにもない。
あなた:
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第28話「巡帳、中央の紙に丸を教える」
――巡るのは足ばかりじゃない。
帳も巡り、礼も巡り、丸も巡って戻ってくる。戻るけど、帰るのとは違う。
朝。継所の屋根に夜露が残り、渡鈴は低・高で薄く息をしている。
今日は「巡帳」——帳と道の見回り。会所・倉庫・市場・寺院跡・四隅の道標、そして遠橋。丸で閉じるか、欄外に追いやるか、脚注で呼吸しているか。さらに、規格師との交渉が待っている。中央の紙に、こちらの四拍を憶えさせる。
「編成、二筋」
殿下が木さじを帯に挿し、短く示す。
A班:俺・シアン・蔵守・返輪師。会所→市場→北塔→倉庫。
B班:殿下・エレーネ・環名師・パズ。寺院跡→南西→投函箱群→遠橋。
鐘守は連絡役、無音礼で合図。零を厚めに。
シアンは白手袋を締め、半拍遅れて俺を見る。危ない合図は甘い合図に似ている。けれど、今日は交渉。甘さは後でいい。
◇
会所。帳の背は昨日よりさらに立っていた。丸で閉じた見出しはゆっくり呼吸し、脚注の由来は夜露でふくらんだ分だけ意味が増えている。
蔵守が一冊めくり、真正印の濃さを光に透かす。半拍遅れの層がきちんと見える。
そこへ、最初の上書き。名上書師の細帯が掲示に滑り込み、〈“丸”の乱用をやめよう〉と白い字。
「輪郭、先」
俺は名留膠を三で置き、四で返すで見出し「帳の輪郭」の線を太くする。
シアンが白手袋で一の形を示し、蔵守が丸の定義を短く脚注へ落とした。
〈丸=返礼の栓。三を通して四で閉じる“口”。濫造は不可。〉
白い帯は脚注に落ち、見出しは揺れない。
「巡るぞ」
短く言って、次の地点へ移る。
◇
市場。帳場の端で、耳に白糸のアダが客の名を見出しに据え、丸で閉じ、三で置くをすばやく通している。
若い衆が一人、番号先頭の伝票を出した。癖は頑固だ。
返輪師が紐を軽く一撫で、伝票の角を四の直前で抜く。
「欄外」と蔵守が指だけで示し、若い衆は番号を左下へ移す。
真正印が濃く出た。
「早いほうが気持ちいい?」
俺が聞くと、若い衆は照れて笑った。
「遅いけど倒れないほうが楽です。……倒れると、全部やり直しなので」
実務の正しさは、だいたい怠惰に近い。怠惰は礼の友達だ。
その時、屋台の陰でひゅっと薄い風。漂白師の研修生が、丸の上に消し霧をかけかけて止まった。
「灯印と間違えやすい」
シアンが研修生の手首をやさしく支え、丸と灯印の距離を指で示す。
〈丸=返礼の口/灯印=しまう灯〉
研修生は零を置き、頷いて霧を引っ込めた。止まれる人は、戻れる。
◇
北塔通り。名の道標の影矢印は健在だ。角の投函箱で、規格師の貼り紙が新たに見える。
〈“仮成立”の容認(試行)〉
紙は但し書きの形で、三を迂回しようとしている。
「丸で閉じる」
俺は貼り紙の末尾に句点を一つ、三で置き、四で返すで落とす。
蔵守が脚注に条文の引用を短く記す。〈置く前の返却は無効〉
返輪師が貼り紙の角を四の直前で抜き、脚注へ落とす。
そこへ、本人が来た。肩章の規格師。今日は二名。
「中央は急ぐ」
一人が乾いて言う。「二と三を合同し、返すを自動化したい」
自動化。嫌いではない。だが順序を潰す自動は泥だ。
「合同は不可」
蔵守が即答し、板に小さく描く。
〈一=名呼び/二=胸ひらき/三=置く/四=返す〉
「二は声ではない。形。三は席。これを合同すると、席が消える」
規格師が眉を動かす。「中央は例外で回す」
例外。文匠の禁句が、別の制服を着ている。
俺は深く零を通し、一を小さく置いて言う。
「例外は席で受ける。文に入れない。五の席は常在」
規格師は口を閉じ、貼り紙を丸めた。「確認した」。
去る背中に、遅延の癖。律祖庁の匂いが濃くなる。覚えておく。
◇
倉庫。高い棚。数字は整然、名は息を取り戻してきた。
目録師の中堅が迎え、照合の実地を見せる。
名→行き先→置く→返印。番号は欄外。返済番号は脚注の脚注。
そこへ、鼓手長。仮面、太鼓なし、粉なし。今日は見学と約束済み。
「倉庫の注目は難しい」
仮面越しの声は遅れない。「均すと早いが、返らない」
「見せ札を流す」
蔵守が答え、二枚複写の一枚目を掲げる。「真正は後打ちで棚に残る」
仮面の穴が細くなる。「熱は半分、温度は全部、だな」
彼の言い方はいつも音楽寄りだが、今日は実務に寄っている。止まれる者は、戻れる。
その時、棚上でぺた。名上書の横断幕。
〈“欄外”は“無視欄”〉
字面で殴ってくる。
返輪師が紐を四の直前で抜き、幕を脚注へ落とす。
俺は欄外の角に小さく矢印を描く。〈欄外=従の舞台〉
リザ(名塗り師)が刷毛で見出しの輪郭を撫で、文字の毒を落とす。
棚の温度が一度、上がった。
◇
一方、B班。寺院跡からの報せが無音礼で届く。
——遠橋の基礎に中央印の札。〈“中央運用・先頭番号”を優先〉
殿下の返答は短い。〈遠橋=礼順優先〉
屋根返し・形版で高低二度の告示。半拍遅れで真正印。
中央の札は脚注に落ちた。
パズの紐旗は、ひらりと零を描いた。良い筆記だ。
◇
午後。A班とB班は広場で合流。今日は公開巡帳——町全体の前で、良い帳と悪い帳を並べて見せる。
「悪い帳」はわざわざ作った見本。番号先頭、三抜き、丸不在、由来なし。
「良い帳」は昨日までの標準。名見出し(丸)/本文=三で置かれた事実/四で返印/由来=脚注/番号=欄外。
殿下が木さじを水平に置き、二冊を並置する。
群衆の視線が自然に右(良い)へ滑る。視線の道標は、丸と脚注と欄外で作れる。
そこへ、規格師が中央の印璽を携えて現れた。
「中央標準 合意のための“折衷案”」
彼は紙を差し出す。
〈二と三の“準合同”:“置く”を“背面処理”とし、帳面上は“返す”のみ明記〉
背面処理。紙の裏でやるから、三が見えない。
俺は紙の裏を指で示し、零を通してから言う。
「見えない三は無い三だ。席は見える必要がある」
蔵守が補う。「四拍は、理解ではなく合図。見えない合図は集合しない」
規格師は沈黙し、鼓手長が仮面の奥でわずかに笑った。
「紙の裏で拍は鳴らない」
殿下が締める。「三は条文の心臓。準合同は心臓を外に置く。——不採用」
中央印の紙は、脚注に落ちた。合意は見出し側で取る。
◇
巡帳は続く。寺院跡で亡帳の閲覧。灯印は薄青で静か、長由来札がよく息をする。
喪名師が来て、粉の袋を閉じたまま零を置く。
「均しは席の外まで」
彼の言葉は、今日、完全に街の言葉になっていた。
漂白師の研修生が灯だけ落とす所作を復唱し、環名師は検印輪を三にだけ落とす手を見せる。
返輪師は仮綴の抜き方を年寄りに教え、年寄りは零の置き方を返輪師に教えた。交換は礼だ。
◇
夕刻。遠橋で混線試験。王都から中央使が細い橋を渡って来る。肩章は規格師と同じ形だが、顔つきは柔らかい。
「見せてください」
彼はまず零を置いた。礼を知っている。
殿下が四拍を通して、束返礼の流れを示す。
一で名乗り、二で笑い、三で置く、四で返す——半拍遅れ。
使はうなずき、持参の紙の句点を指で叩いた。
「丸は、中央でも句点です。……意味が違った」
「返礼の栓だ」
俺が言う。
「栓を抜くのは見せ札で、閉じるのは真正」
使はしばらく黙り、やがて丸の右に小さく脚注符を描いた。
〈地方礼準拠(四拍)〉
紙がこちら側に一歩、寄った。
◇
広場に戻ると、最後の上書き。
〈“礼”は“形骸化”する〉
ありがちな煽り文句。
シアンが白手袋で二の胸ひらきを形で示し、蔵守が由来札に一行。
〈礼=“返せる形”。形骸は“返せない形”。〉
返輪師が幕の角を四の直前で抜き、環名師が三にだけ輪を落とす。
幕は脚注へ落ち、見出しには短く強い語が残った。
〈礼は返路〉
◇
継所に戻って読み合わせと指標。パズが声を整えて読む。
巡帳 行程:会所→市場→北塔→倉庫→寺院跡→遠橋(全ルート巡回)
丸の健全度:点検 63/消し霧介入 5 → 香輪・指導で回復 5
番号先頭 是正:市場・倉庫 19/欄外化 19
“仮成立”介入:貼り紙 7 → 脚注化 7/条文引用 7
上書き介入:帯・幕 9 → 脚注化 9
遠橋 立会:中央使 1/地方礼準拠 注記 1
参加(見学含む):338/形だけ名乗れた 279(82.5%)/零習得 214(63.3%)
「温度、巡れる」
殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。
「明日は**“記まい(しまい)と始め”——月の区切りの総返礼**。帳を丸で閉じ、新しい見出しを置く。中央がまた紙を持って来る。今度は**律祖**本人が名だけ寄越すだろう」
「名は来る?」
エレーネが眠たげに訊く。
「来させる。——返せる名として」
俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。
「零を厚く、一を小さく。二は形、三は席、四は返礼。丸で閉じ、脚注で息、欄外で整える」
シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。
「今日のあなた、丸で小突くので、やっぱりずるい」
「業務に支障」
「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」
渡鈴は鳴らずに鳴り、巡った帳の背が揃って立つ。
名は火でも水でもない。帰る温度で、巡路だ。
零で息。一で名乗り。二で笑い。三で置き。四で返す。五で忘れた者に席を置く。
数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。
盗む拍は、やはりどこにもない。
あなた:
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第29話「記まいと始め、律祖の名だけ届く」
――終わりは蓋じゃない。
返して、丸で閉じて、次の見出しを置く。
“しまい”は“はじめ”の手前にある。
朝。継所の屋根で夜露が乾き、渡鈴は低・高で薄く息をしている。掲示の丸はよく呼吸し、由来脚注は夜の間にほんの少しふくらんだ。
今日は月の区切りの「記まい(しまい)と始め」。街の総返礼で帳を丸で閉じ、新しい月の見出しを置く。中央はまた紙を持って来るという。律祖本人の名だけが届くかもしれない。名だけ届くのは、だいたい礼に遅刻している。
「段取りは二本立て」
殿下が木さじを帯に挿し、指で拍を切る。
一、午前=総返礼。会所・市場・倉庫・寺院跡・四隅の道標・遠橋を四拍で一巡し、帳の月項を丸で閉じる。
二、午後=始めの見出し置き。新月の見出しを掲げ、欄外と脚注の新規規範を配る。
鐘守は連絡役、無音礼で合図。蔵守は月総括帳、パズは紐旗を朱布で巻き、ジェイは泡立て器にまたラベルを貼った——「始泡」。やめろ、だが従は働き者だ。
シアンは白手袋を締め、半拍遅れて俺を見る。危ない合図は甘い合図に似ている。今日は甘やかしは最後。丸が先だ。
◇
会所の長卓から始める。
蔵守が「月総括帳(生)」を開き、見出しに今月の名を短く並べる。丸が小刻みに並ぶのはよくないから、行頭は名=見出しを一つにまとめ、由来=脚注に集約。番号は欄外。
「零で息。一で名乗り(会所→街)。二で笑い(形で可)。三で置く(今月の置かれた事実)。四で返す(真正印)——丸で閉じる」
殿下の声に合わせ、書記頭が筆を止めるタイミングまでを半拍遅れで揃える。
真正印が濃く出て、丸が紙に栓をした。温度は残り、余熱は見せ札へ流れる。
その時、戸口に細長い影。肩章の規格師が二人、紙束を抱えている。
〈中央暫定:月末“自動返済”の導入〉
嫌な語だ。三を紙の裏に押し込むやつ。
俺は零を厚く通し、一を小さく置き、紙束の末尾に句点を一つ——三で置き、四で返すで落とす。
「自動は従。席が主」
蔵守が脚注に短く書き、名塗り師のリザが刷毛で〈自動〉を欄外へ追いやった。
規格師はしばらく黙ってから、「確認した」と置いていった。止まれた。戻れるかは、午後だ。
◇
市場へ。
耳に白糸のアダが、月最後の配達帳を丸で閉じる。二で笑いは形だけ、三で置くの手が軽い。
若い衆の一人が「月跨ぎ仮置き」と書いた紙片を差し入れてきた。三抜きの親戚だ。
返輪師が仮綴じ紐を四の直前で抜く。
「仮は三の中でやって、外に残さない」
環名師が検印輪を三に薄く落とし、紙片は脚注へ落ちた。
市場の温度が一度上がる。人は「閉じた」のを体で知る。丸は音がしない代わりに、温度で鳴る。
◇
倉庫。
高い棚に、月末返納の列。目録師の中堅が唇を結んで待っていた。
「返済番号の件、欄外で合意済み」
中堅は先に言い、零を置いてから一を小さく。「照合は四の前で足りる」
俺は笑いを形だけで返し、三で置くの見本を一度。
そこへ、棚上からぺた。名上書師の横断幕。
〈“丸”は“遅延”の温床〉
字で殴ってくる日は、だいたい余裕がない日だ。
ジェイが泡立て器で瞬間の縁を走らせ、幕の角が四の直前で抜ける。
蔵守が脚注に一行。〈遅延=二の揺れ。丸=四の栓。別物〉
リザが見出し「帳の輪郭」を撫で、棚の温度はさらに上がった。
◇
寺院跡。亡帳の総返礼。
屋根返し・追悼版で、高=受領、低=影返礼。声は使わない。
喪名師は粉袋を閉じたまま、零を厚く置くのが上手になっている。漂白師の研修組も、灯印だけ落とす手がふわりと正確だ。
最後の頁に丸を一つ。灰の真正印が静かに出て、在るがしまわれる。
「呼ばないで置く」
殿下の言葉は短く、温度は長い。
◇
四隅の道標。名の道標の影矢印は月の疲れで少し薄い。
シアンが白手袋で二の胸ひらきを形で示し、パズが紐旗で零を短く厚く。
俺は名留膠で矢印の輪郭を一段だけ増やし、蔵守は由来札に小さく追記。
〈今月の流路:夜席→投函箱→返流(成立率 100%)〉
見物の少年が「丸って何回も付けていいの?」と訊く。
「丸は息継ぎ。付けすぎると、歩けない」
答えながら、自分の胸の拍も整う。街の拍と、自分の拍。四拍は、両方に通すものだ。
◇
遠橋。
王都側に中央使と規格師。肩章の形は同じだが、顔つきは違う。使は零を置く。規格師は置かない。
殿下が木さじを水平に。
「一で名乗り、二で笑い、三で置く、四で返す。——半拍遅れ」
束返礼が通る。
使は紙の句点を指で叩き、「丸=返礼の栓」と復唱した。
規格師は紙を一枚、橋の真ん中にぺたり。
〈律祖名:律祖セファリム〉
——名だけが届いた。肩書きも印璽もない。
殿下が紙を見て、木さじをわずかに傾ける。
「返せる名に直す」
蔵守が由来札を三で置き、四で返すで添える。
〈来歴不詳/中央の“統一運用”の祖とされる。置き場:中央側 席未設定〉
俺は見出しの上に薄い輪郭を引き、一の前に零の余白を広げた。先乗りはここで滑る。
環名師が検印輪を三に落とし、返輪師が仮綴を四の直前で抜く。
王都側で真正印は出ない。席がないからだ。
「席がない名は、帰れない」
殿下の声は短い。
中央使は深く零を置き、小さく言う。「席を作る。——中央側に」
規格師は口を開きかけ、止まった。「確認した」
遠橋の上で、名は往きも帰りもしないまま、在るの仮置きになった。丸は付かない。栓は、席の後だ。
◇
午後。「始めの見出し置き」。
広場の掲示に、新月の見出しを置く。
〈名返礼・第二月:輪郭を骨に〉
丸は付けない。見出しは開きで始める。
脚注に規範を短く三つ。
— 丸=返礼の栓(三の後、四で閉じる)
— 欄外=従の舞台(番号・返済番号・注記)
— 脚注=由来の呼吸(二行まで。長文は長由来札へ)
会所、倉庫、継所、夜席棚に同文の見出しを分配。
名上書師の帯が〈“輪郭”は“形式主義”〉と挑発して来たが、脚注に〈“返せる形”が輪郭。返せない形が形式〉と落とすと、帯は滑った。
その最中、鼓手長が仮面のまま近づき、鈴を鳴らさず掲げた。
「注目の月初は、過熱する」
仮面越しの声は遅れない。「二を揺らすつもりはない。四の前で音を足すのは?」
殿下は木さじを水平に置き、首をわずかに横。
「音は見せ札へ。真正は無音」
鼓手長は鈴をしまい、一の形をぎこちなく作ってみせた。不器用だが、順序は守る。
「……退く」
仮面は影に消えた。止まれる者は、戻れる。
◇
夕刻。総返礼の締め。
会所前で四拍の見本をもう一度。
零で息。
一で名乗り(街→街)。
二で笑い(形)。
三で置く(今月の置かれた事実)。
四で返す(真正印)。
丸で閉じる。
渡鈴が鳴らずに鳴り、広場の温度が二度、上がる。終わりは余熱を残し、始まりの燃料になる。
そこへ、規格師が最後の紙を持って来た。
〈中央転送用:地方礼準拠 注記〉
紙の右に、小さな脚注符。中央使の筆跡だ。
「丸の意味、伝わった」
使は短く言い、零を置き、紙を三で置き、四で返す。
規格師は紙を支え、欄外に番号を小さく入れた。
中央の紙が、今日は返せる紙になっていた。
◇
夜。継所以来の最長の読み合わせと指標。パズが朱布の紐旗を外して息を整え、読み上げる。
総返礼(会所→市場→倉庫→寺院跡→道標→遠橋):全行程実施/真正印 100%
丸の運用:閉じ 74/消し霧介入 3 → 香輪で回復 3
“自動返済”介入:紙 6 → 脚注化 6/見出しに“席が主”明記
“月跨ぎ仮置き”:介入 5 → 仮=三の中処理 5
上書き介入:帯・幕 8 → 脚注化 8
遠橋/律祖名:受領 1(席未設定につき保留/真正印 0)
始めの見出し 配布:会所・倉庫・継所・夜席棚 4/4
参加(見学含む):352/形だけ名乗れた 291(82.7%)/零習得 226(64.2%)
「温度、閉じて開いた」
殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。
「明日は第30話、『隣郷の返礼』。——隣の郷から中央式が本格的に入ってくる。律祖の席を中央側に作らせる交渉と、遠橋の往復を礼順で固める。条文を“街の癖”にまで落とし込む最後の工程だ」
「律祖は来る?」
エレーネが眠たげに訊く。
「名だけは来た。次は席だ」
俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。遠橋の上で保留された紙の薄い輪郭が、頭の裏側に触れる。
「零を厚く、一を小さく。二は形、三は席、四は返礼。丸で閉じ、脚注で息、欄外で整える。席のない名は、帰らないまま在る。席ができたら、帰る」
シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。
「今日のあなた、始まりで殴るので、やっぱりずるい」
「業務に支障」
「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」
渡鈴は鳴らずに鳴り、広場の丸が夜気の中で静かに息をする。
名は火でも水でもない。帰る温度で、栓だ。
零で息。一で名乗り。二で笑い。三で置き。四で返す。五で忘れた者に席を置く。
数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。
盗む拍は、やっぱりどこにもない。