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第29話「記まいと始め、律祖の名だけ届く」

――継ぐとは、置きっぱなしにしないこと。

渡された名の橋脚に片膝をつき、零→一→二→三→四の通りを曇らせない。

それをする場所が「継所つぎどころ」、それをする人が「継手つぎて」。


 朝。寺院跡の片側に新しく小屋掛けができた。壁は薄く、屋根は厚い。渡鈴わたりすずは低・高で一対、内側には格納帳(亡)の小棚、外側には生帳の長机。入口には五の席。ここが今日からの「継所」だ。名の行き来と返礼の一部を、ここで見守り、受け直し、手当する。


「本日の講師」

 殿下が指を二本。

返輪師へんりんし——元・鎖名師。環名師——輪を“礼順”に直す職。

 見習いの継手は八名、補助四名。零、厚めから」


 返輪師は黒環ではなく、細い仮綴かりとじ紐を肩に。環名師は薄輪をいくつも指にかけ、どれも三で検印が落ちる設計になっている。

 シアンは白手袋を締め、半拍遅れて俺を見る。危ない合図は甘い合図に似ている。けれど、今日は甘やかさない。継手は街の骨を預かる。



 午前の講義「継手・標準手順」。蔵守くらもりが板に短く書く。

 〈零で息/一で名乗り(受け手⇄渡し手)/二で笑い(形でも可)/三で置く(席へ、あるいは帳へ)/四で返す(半拍遅れの真正印)〉

 「見本を」

 返輪師がうなずき、紐を三にあわせて綴じ、「四の直前で抜ける」を見せる。戻しではなく返すための“仮”。

 環名師は検印輪を掲げ、「一に触れない。三にだけ薄く押す」と解説。輪は従でしかないことを、輪自身が説明しているのが可笑しい。


 見習いの手は、最初は震える。

 門番上がりの青年は一が強すぎ、二が固い。

 「二は声じゃない。胸のひらき」

 シアンが静かに胸に形を作って見せ、青年の肩甲骨が一枚落ちる。三は軽く、四は深い。

 耳に白糸のアダは逆に一が小さすぎる。

 「零を厚く、一を形で置く」

 蔵守が〈間合い指定〉を靴裏の幅で床に置き、アダはそこに一を“置く”コツを掴む。彼女は三で置くが絶品だ。継手向きだ。



 教場に、乾いた紙の匂い。名目録師なもくろくしの中堅が実地演習の帳面を抱えて入る。

「照合を現場でやってよいか?」

「よい。ただし順序」

 殿下が淡々。「名→行き先→置く→返印。番号は欄外。返済番号は脚注の脚注」

 中堅は渋面のまま「承知」。けれど、棚の影で別の影が動いた。


 規格師きかくし。初めて見る肩章。律祖庁の出先が使う“均一化”の職、らしい。紙束の見出しは〈統一運用:三拍省略モデル〉。

「二と三を合同とし、“置く前の返済”を仮成立として扱う」

 嫌な文章。昨日やっと条文で無効にした手口を、言いまわしで裏から戻す気だ。

 「三は条文の心臓」

 俺は前に出て、板に丸を一つ。

 「置く前の返却は無効。仮も不可。——欄外に下げる効率ほど、骨を折る」


 規格師は眉一つ動かさず、「中央の要請」とだけ言って紙を置く。

 殿下は木さじを水平に、零を厚く落としてから一で名乗った。

「旅人、エリス。——中央を敵にしない。けれど、礼を従にもしない。三を削る案は継所では扱わない」

 規格師は紙束を整え、「確認した」と去った。去り際の癖に遅延が混じる。背後に律祖庁の気配。覚えておく。



 午前の後半は「鎖ほどき・継手版」。

 返輪師が見習いに仮綴を配り、鎖が残っていた帳や札から**“戻し癖”を抜く作業。

 「重みには会釈**、食い込みには泡楔うせつ、迷いには輪郭」

 環名師が三語の呪文みたいに言い、ジェイが泡立て器を一回転。瞬間の縁が走る。

 見習いの手が、だんだん速度を揃え始める。四拍は、音楽じゃなく実務だ。



 昼前、鼓手長が入口に現れた。仮面、太鼓なし、粉なし。今日は約束の日——「二の遅延は投げない、丸は壊さない」。

「見学」

 仮面越しの声は遅れず、ただ乾いている。

「注目の継所も作るのか?」

「作らない」

 殿下は即答。「注目は見せ札で流す。真正は席に残す。継ぐのは名と礼」

 鼓手長は仮面の穴を細くし、何かを帳に書いて腰へしまった。止まれる。戻れる——たぶん。



 午後。実地巡回。継所から四隅の道標へ、見習いを二人一組で送る。

 俺とシアンは北塔通り。日差しに石の目地が白く出て、影矢印がわかりやすい。

 角の投函箱で、見習いの二人が標準手順を通す。一で名乗り/二で笑い/三で投函(置く)/四で返す。半拍遅れ。

 そこへ、名上書師なうわしの若い衆がチラシを差し出す。〈“継所”→“即応窓口”〉

 字面は悪くない。だが返せない。席に降りない言葉だ。

 見習いの一人が一歩出て、名留なとどめ膠を三で置き、四で返すで掲示の見出しへ「継所」の輪郭を太くする。チラシは脚注に落ちる。

 もう一人は由来札を添える。〈継所=名の橋脚を見守る場所/“即応”は従〉。

 若い衆は肩をすくめて去った。止まれなかった。止まれない人は、また来る。継手は構えを崩さない。



 南西では、漂白師の研修組が見習いに**「色を抜かず、灯だけ落とす」の手順を渡していた。

 亡帳の長由来札は色**。灯印は灯。どちらも三で置き、四で返す。

 漂白は席の外まで。席の中は由来が息をする。

 喪名師も来ていた。粉袋は閉じ、零を厚く置くのが上手くなっている。止まれる手は、戻りを覚える。



 午後の後半、規格師が二度目に現れた。今度は倉庫の口で、目録師に向けて紙を掲げる。

 〈“番号先頭置き”へ暫定回帰。現場の混乱回避〉

 中堅が顔をしかめ、見習いが固まる。

 「回帰しない」

 殿下は歩み寄り、零を一段濃く通してから紙の脚注に細字で但し書きを書く。

 〈現場優先:名呼び第一、番号従。“回帰”の語は脚注化**〉

 名塗り師のリザが刷毛で**“暫定回帰”の四字を脚注に落とし、見出しに「帳の輪郭」を据え直す。

 規格師は口を開きかけ、止まった。「確認した」だけ置いて、去る。

 律祖庁の名は出ない。けれど、中央の規格は何度でも戻しに来る。

 三を条文の心臓に据えたのは正解だ。心臓は戻し**では止まらない。



 夕刻、「継手の試験」。

 課題一:“二遅延”への耐性。鼓手長の合意範囲で、梁へ微の遅延を流してもらい、笑待えまち泡と形の笑いで受ける。

 課題二:“三抜き”の誘導撥ね。規格師の紙片を模した**“仮成立”の言い換えを、輪郭と丸で却下。

 課題三:“上書き脚注化”の実地**。名上書の布片を脚注へ落とし、由来札で本名を見出しに維持。

 どれも拍で解ける。四拍は、殴るためではなく受けるためにある。


 最後の課題は「遠橋・混線時の切替」。

 返輪師が紐で二本の片道遠橋を短く張り、見習い二名が一→二→三→四を同時進行。意図的に番号の紙片が先頭へ滑り込むよう仕掛け、矢印輪郭で欄外へ誘導する。

 真正印は後打ちでそろい、広場の温度が一度上がる。見習いの額に汗。汗は温度の証拠だ。



 締めの前、寺院の高い梁でぺたという上書の合図。名上書師の親玉ではない、小柄な若者が幕を落とす。

 〈“継所”改め“更新所アップデート・ベイ”〉

 横文字を混ぜる癖。脚注へ落ちない設計。

 パズが紐旗で零の合図、俺は名留なとどめ膠を三で置き、四で返すで「継所」の輪郭を太くする。

 環名師が検印輪で三に薄印、返輪師が仮綴で幕の角を四の直前に抜く。

 ジェイの泡立て器が瞬間の縁を走らせ、幕は脚注へ。

 若者は立ち止まり、深く息を吸って零を置いた。「……見て、帰る」

 止まれた。戻れる、かもしれない。



 夜。継所の長机で読み合わせと指標。パズが声を整えて読む。


継所 開設 1/1(生帳・亡帳・五の席 併設)


継手 見習い:本日 8/補助 4/標準手順 合格 8


鎖ほどき・継手版:介入 6 → 会釈・泡楔・輪郭で解消 6


番号先頭誘導:介入 13 → 欄外化 13


上書き介入:布 5 → 脚注化 5


“二遅延”試験:施行 3 → 笑待泡+形で無効化 3


遠橋・混線切替:試験 2/後打ち真正印 100%


参加(講+見学) 297/形だけ名乗れた 245(82.5%)/零習得 196(66.0%)


「温度、見守れる」

 殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。

「明日は**“巡帳じゅんちょう”——帳と道の見回り**。規格師の紙がまた来る。律祖庁の“中央運用”に礼を合わせさせる交渉。丸は譲らない。三は削らない」


「来たら、どう受ける?」

 エレーネが眠たげに訊く。

「零を厚く、一を小さく。二は形で、三は席で、四で返す。但し書きは脚注に落とす」

 俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。梁の上で、風が遠い拍を運んだ。律祖の匂いは、紙の匂いに似ている。


 シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。

「今日のあなた、橋脚で殴るので、やっぱりずるい」

「業務に支障」

「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」


 渡鈴は鳴らずに鳴り、継所の屋根に温度が溜まる。

 名は火でも水でもない。帰る温度で、橋脚だ。

 零で息、一で名乗り、二で笑い、三で置き、四で返す。五で忘れた者に席を置く。

 数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。

 盗む拍は、やはりどこにもない。


あなた:

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ChatGPT:


第28話「巡帳、中央の紙に丸を教える」


――巡るのは足ばかりじゃない。

帳も巡り、礼も巡り、丸も巡って戻ってくる。戻るけど、帰るのとは違う。


 朝。継所の屋根に夜露が残り、渡鈴わたりすずは低・高で薄く息をしている。

 今日は「巡帳じゅんちょう」——帳と道の見回り。会所・倉庫・市場・寺院跡・四隅の道標、そして遠橋。丸で閉じるか、欄外に追いやるか、脚注で呼吸しているか。さらに、規格師きかくしとの交渉が待っている。中央の紙に、こちらの四拍を憶えさせる。


「編成、二筋」

 殿下が木さじを帯に挿し、短く示す。

 A班:俺・シアン・蔵守くらもり返輪師へんりんし。会所→市場→北塔→倉庫。

 B班:殿下・エレーネ・環名師・パズ。寺院跡→南西→投函箱群→遠橋。

 鐘守は連絡役、無音礼で合図。零を厚めに。


 シアンは白手袋を締め、半拍遅れて俺を見る。危ない合図は甘い合図に似ている。けれど、今日は交渉。甘さは後でいい。



 会所。帳の背は昨日よりさらに立っていた。丸で閉じた見出しはゆっくり呼吸し、脚注の由来は夜露でふくらんだ分だけ意味が増えている。

 蔵守が一冊めくり、真正印の濃さを光に透かす。半拍遅れの層がきちんと見える。

 そこへ、最初の上書き。名上書師なうわしの細帯が掲示に滑り込み、〈“丸”の乱用をやめよう〉と白い字。

 「輪郭、先」

 俺は名留なとどめ膠を三で置き、四で返すで見出し「帳の輪郭」の線を太くする。

 シアンが白手袋で一の形を示し、蔵守が丸の定義を短く脚注へ落とした。

 〈丸=返礼の栓。三を通して四で閉じる“口”。濫造は不可。〉

 白い帯は脚注に落ち、見出しは揺れない。


「巡るぞ」

 短く言って、次の地点へ移る。



 市場。帳場の端で、耳に白糸のアダが客の名を見出しに据え、丸で閉じ、三で置くをすばやく通している。

 若い衆が一人、番号先頭の伝票を出した。癖は頑固だ。

 返輪師が紐を軽く一撫で、伝票の角を四の直前で抜く。

 「欄外」と蔵守が指だけで示し、若い衆は番号を左下へ移す。

 真正印が濃く出た。

「早いほうが気持ちいい?」

 俺が聞くと、若い衆は照れて笑った。

「遅いけど倒れないほうが楽です。……倒れると、全部やり直しなので」

 実務の正しさは、だいたい怠惰に近い。怠惰は礼の友達だ。


 その時、屋台の陰でひゅっと薄い風。漂白師なびょうはくしの研修生が、丸の上に消し霧をかけかけて止まった。

 「灯印と間違えやすい」

 シアンが研修生の手首をやさしく支え、丸と灯印の距離を指で示す。

 〈丸=返礼の口/灯印=しまう灯〉

 研修生は零を置き、頷いて霧を引っ込めた。止まれる人は、戻れる。



 北塔通り。名の道標の影矢印は健在だ。角の投函箱で、規格師の貼り紙が新たに見える。

 〈“仮成立”の容認(試行)〉

 紙は但し書きの形で、三を迂回しようとしている。

 「丸で閉じる」

 俺は貼り紙の末尾に句点を一つ、三で置き、四で返すで落とす。

 蔵守が脚注に条文の引用を短く記す。〈置く前の返却は無効〉

 返輪師が貼り紙の角を四の直前で抜き、脚注へ落とす。

 そこへ、本人が来た。肩章の規格師。今日は二名。

「中央は急ぐ」

 一人が乾いて言う。「二と三を合同し、返すを自動化したい」

 自動化。嫌いではない。だが順序を潰す自動は泥だ。


「合同は不可」

 蔵守が即答し、板に小さく描く。

 〈一=名呼び/二=胸ひらき/三=置く/四=返す〉

 「二は声ではない。形。三は席。これを合同すると、席が消える」

 規格師が眉を動かす。「中央は例外で回す」

 例外。文匠の禁句が、別の制服を着ている。


 俺は深く零を通し、一を小さく置いて言う。

「例外は席で受ける。文に入れない。五の席は常在」

 規格師は口を閉じ、貼り紙を丸めた。「確認した」。

 去る背中に、遅延の癖。律祖庁の匂いが濃くなる。覚えておく。



 倉庫。高い棚。数字は整然、名は息を取り戻してきた。

 目録師なもくろくしの中堅が迎え、照合の実地を見せる。

 名→行き先→置く→返印。番号は欄外。返済番号は脚注の脚注。

 そこへ、鼓手長。仮面、太鼓なし、粉なし。今日は見学と約束済み。

「倉庫の注目は難しい」

 仮面越しの声は遅れない。「ならすと早いが、返らない」

「見せ札を流す」

 蔵守が答え、二枚複写の一枚目を掲げる。「真正は後打ちで棚に残る」

 仮面の穴が細くなる。「熱は半分、温度は全部、だな」

 彼の言い方はいつも音楽寄りだが、今日は実務に寄っている。止まれる者は、戻れる。


 その時、棚上でぺた。名上書の横断幕。

 〈“欄外”は“無視欄”〉

 字面で殴ってくる。

 返輪師が紐を四の直前で抜き、幕を脚注へ落とす。

 俺は欄外の角に小さく矢印を描く。〈欄外=従の舞台〉

 リザ(名塗り師)が刷毛で見出しの輪郭を撫で、文字の毒を落とす。

 棚の温度が一度、上がった。



 一方、B班。寺院跡からの報せが無音礼で届く。

 ——遠橋の基礎に中央印の札。〈“中央運用・先頭番号”を優先〉

 殿下の返答は短い。〈遠橋=礼順優先〉

 屋根返し・形版で高低二度の告示。半拍遅れで真正印。

 中央の札は脚注に落ちた。

 パズの紐旗は、ひらりと零を描いた。良い筆記だ。



 午後。A班とB班は広場で合流。今日は公開巡帳——町全体の前で、良い帳と悪い帳を並べて見せる。

 「悪い帳」はわざわざ作った見本。番号先頭、三抜き、丸不在、由来なし。

 「良い帳」は昨日までの標準。名見出し(丸)/本文=三で置かれた事実/四で返印/由来=脚注/番号=欄外。

 殿下が木さじを水平に置き、二冊を並置する。

 群衆の視線が自然に右(良い)へ滑る。視線の道標は、丸と脚注と欄外で作れる。


 そこへ、規格師が中央の印璽を携えて現れた。

 「中央標準 合意のための“折衷案”」

 彼は紙を差し出す。

 〈二と三の“準合同”:“置く”を“背面処理”とし、帳面上は“返す”のみ明記〉

 背面処理。紙の裏でやるから、三が見えない。

 俺は紙の裏を指で示し、零を通してから言う。

「見えない三は無い三だ。席は見える必要がある」

 蔵守が補う。「四拍は、理解ではなく合図。見えない合図は集合しない」


 規格師は沈黙し、鼓手長が仮面の奥でわずかに笑った。

 「紙の裏で拍は鳴らない」

 殿下が締める。「三は条文の心臓。準合同は心臓を外に置く。——不採用」

 中央印の紙は、脚注に落ちた。合意は見出し側で取る。



 巡帳は続く。寺院跡で亡帳の閲覧。灯印は薄青で静か、長由来札がよく息をする。

 喪名師が来て、粉の袋を閉じたまま零を置く。

 「均しは席の外まで」

 彼の言葉は、今日、完全に街の言葉になっていた。

 漂白師の研修生が灯だけ落とす所作を復唱し、環名師は検印輪を三にだけ落とす手を見せる。

 返輪師は仮綴の抜き方を年寄りに教え、年寄りは零の置き方を返輪師に教えた。交換は礼だ。



 夕刻。遠橋で混線試験。王都から中央使が細い橋を渡って来る。肩章は規格師と同じ形だが、顔つきは柔らかい。

 「見せてください」

 彼はまず零を置いた。礼を知っている。

 殿下が四拍を通して、束返礼の流れを示す。

 一で名乗り、二で笑い、三で置く、四で返す——半拍遅れ。

 使はうなずき、持参の紙の句点を指で叩いた。

 「丸は、中央でも句点です。……意味が違った」

 「返礼の栓だ」

 俺が言う。

 「栓を抜くのは見せ札で、閉じるのは真正」

 使はしばらく黙り、やがて丸の右に小さく脚注符を描いた。

 〈地方礼準拠(四拍)〉

 紙がこちら側に一歩、寄った。



 広場に戻ると、最後の上書き。

 〈“礼”は“形骸化”する〉

 ありがちな煽り文句。

 シアンが白手袋で二の胸ひらきを形で示し、蔵守が由来札に一行。

 〈礼=“返せる形”。形骸は“返せない形”。〉

 返輪師が幕の角を四の直前で抜き、環名師が三にだけ輪を落とす。

 幕は脚注へ落ち、見出しには短く強い語が残った。

 〈礼は返路〉



 継所に戻って読み合わせと指標。パズが声を整えて読む。


巡帳 行程:会所→市場→北塔→倉庫→寺院跡→遠橋(全ルート巡回)


丸の健全度:点検 63/消し霧介入 5 → 香輪・指導で回復 5


番号先頭 是正:市場・倉庫 19/欄外化 19


“仮成立”介入:貼り紙 7 → 脚注化 7/条文引用 7


上書き介入:帯・幕 9 → 脚注化 9


遠橋 立会:中央使 1/地方礼準拠 注記 1


参加(見学含む):338/形だけ名乗れた 279(82.5%)/零習得 214(63.3%)


「温度、巡れる」

 殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。

「明日は**“記まい(しまい)と始め”——月の区切りの総返礼**。帳を丸で閉じ、新しい見出しを置く。中央がまた紙を持って来る。今度は**律祖りっそ**本人が名だけ寄越すだろう」


「名は来る?」

 エレーネが眠たげに訊く。

「来させる。——返せる名として」

 俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。

「零を厚く、一を小さく。二は形、三は席、四は返礼。丸で閉じ、脚注で息、欄外で整える」


 シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。

「今日のあなた、丸で小突くので、やっぱりずるい」

「業務に支障」

「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」


 渡鈴は鳴らずに鳴り、巡った帳の背が揃って立つ。

 名は火でも水でもない。帰る温度で、巡路だ。

 零で息。一で名乗り。二で笑い。三で置き。四で返す。五で忘れた者に席を置く。

 数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。

 盗む拍は、やはりどこにもない。


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第29話「記まいと始め、律祖の名だけ届く」


――終わりは蓋じゃない。

返して、丸で閉じて、次の見出しを置く。

“しまい”は“はじめ”の手前にある。


 朝。継所の屋根で夜露が乾き、渡鈴わたりすずは低・高で薄く息をしている。掲示の丸はよく呼吸し、由来脚注は夜の間にほんの少しふくらんだ。

 今日は月の区切りの「記まい(しまい)と始め」。街の総返礼で帳を丸で閉じ、新しい月の見出しを置く。中央はまた紙を持って来るという。律祖りっそ本人の名だけが届くかもしれない。名だけ届くのは、だいたい礼に遅刻している。


「段取りは二本立て」

 殿下が木さじを帯に挿し、指で拍を切る。

 一、午前=総返礼。会所・市場・倉庫・寺院跡・四隅の道標・遠橋を四拍で一巡し、帳の月項を丸で閉じる。

 二、午後=始めの見出し置き。新月の見出しを掲げ、欄外と脚注の新規規範を配る。

 鐘守は連絡役、無音礼で合図。蔵守くらもりは月総括帳、パズは紐旗を朱布で巻き、ジェイは泡立て器にまたラベルを貼った——「始泡はじまり」。やめろ、だが従は働き者だ。


 シアンは白手袋を締め、半拍遅れて俺を見る。危ない合図は甘い合図に似ている。今日は甘やかしは最後。丸が先だ。



 会所の長卓から始める。

 蔵守が「月総括帳(生)」を開き、見出しに今月の名を短く並べる。丸が小刻みに並ぶのはよくないから、行頭は名=見出しを一つにまとめ、由来=脚注に集約。番号は欄外。

 「零で息。一で名乗り(会所→街)。二で笑い(形で可)。三で置く(今月の置かれた事実)。四で返す(真正印)——丸で閉じる」

 殿下の声に合わせ、書記頭しょきがしらが筆を止めるタイミングまでを半拍遅れで揃える。

 真正印が濃く出て、丸が紙に栓をした。温度は残り、余熱は見せ札へ流れる。


 その時、戸口に細長い影。肩章の規格師きかくしが二人、紙束を抱えている。

 〈中央暫定:月末“自動返済”の導入〉

 嫌な語だ。三を紙の裏に押し込むやつ。

 俺は零を厚く通し、一を小さく置き、紙束の末尾に句点を一つ——三で置き、四で返すで落とす。

「自動は従。席が主」

 蔵守が脚注に短く書き、名塗り師のリザが刷毛で〈自動〉を欄外へ追いやった。

 規格師はしばらく黙ってから、「確認した」と置いていった。止まれた。戻れるかは、午後だ。



 市場へ。

 耳に白糸のアダが、月最後の配達帳を丸で閉じる。二で笑いは形だけ、三で置くの手が軽い。

 若い衆の一人が「月跨ぎ仮置き」と書いた紙片を差し入れてきた。三抜きの親戚だ。

 返輪師へんりんし仮綴かりとじ紐を四の直前で抜く。

 「仮は三の中でやって、外に残さない」

 環名師が検印輪を三に薄く落とし、紙片は脚注へ落ちた。

 市場の温度が一度上がる。人は「閉じた」のを体で知る。丸は音がしない代わりに、温度で鳴る。



 倉庫。

 高い棚に、月末返納の列。目録師なもくろくしの中堅が唇を結んで待っていた。

 「返済番号の件、欄外で合意済み」

 中堅は先に言い、零を置いてから一を小さく。「照合は四の前で足りる」

 俺は笑いを形だけで返し、三で置くの見本を一度。

 そこへ、棚上からぺた。名上書師なうわしの横断幕。

 〈“丸”は“遅延”の温床〉

 字で殴ってくる日は、だいたい余裕がない日だ。

 ジェイが泡立て器で瞬間の縁を走らせ、幕の角が四の直前で抜ける。

 蔵守が脚注に一行。〈遅延=二の揺れ。丸=四の栓。別物〉

 リザが見出し「帳の輪郭」を撫で、棚の温度はさらに上がった。



 寺院跡。亡帳の総返礼。

 屋根返し・追悼版で、高=受領、低=影返礼。声は使わない。

 喪名師もしめいしは粉袋を閉じたまま、零を厚く置くのが上手になっている。漂白師なびょうはくしの研修組も、灯印だけ落とす手がふわりと正確だ。

 最後の頁に丸を一つ。灰の真正印が静かに出て、在るがしまわれる。

 「呼ばないで置く」

 殿下の言葉は短く、温度は長い。



 四隅の道標。名の道標の影矢印は月の疲れで少し薄い。

 シアンが白手袋で二の胸ひらきを形で示し、パズが紐旗で零を短く厚く。

 俺は名留なとどめ膠で矢印の輪郭を一段だけ増やし、蔵守は由来札に小さく追記。

 〈今月の流路:夜席→投函箱→返流(成立率 100%)〉

 見物の少年が「丸って何回も付けていいの?」と訊く。

 「丸は息継ぎ。付けすぎると、歩けない」

 答えながら、自分の胸の拍も整う。街の拍と、自分の拍。四拍は、両方に通すものだ。



 遠橋。

 王都側に中央使と規格師。肩章の形は同じだが、顔つきは違う。使は零を置く。規格師は置かない。

 殿下が木さじを水平に。

 「一で名乗り、二で笑い、三で置く、四で返す。——半拍遅れ」

 束返礼が通る。

 使は紙の句点を指で叩き、「丸=返礼の栓」と復唱した。

 規格師は紙を一枚、橋の真ん中にぺたり。

 〈律祖名:律祖セファリム〉

 ——名だけが届いた。肩書きも印璽もない。

 殿下が紙を見て、木さじをわずかに傾ける。

 「返せる名に直す」

 蔵守が由来札を三で置き、四で返すで添える。

 〈来歴不詳/中央の“統一運用”の祖とされる。置き場:中央側 席未設定〉

 俺は見出しの上に薄い輪郭を引き、一の前に零の余白を広げた。先乗りはここで滑る。

 環名師が検印輪を三に落とし、返輪師が仮綴を四の直前で抜く。

 王都側で真正印は出ない。席がないからだ。

 「席がない名は、帰れない」

 殿下の声は短い。

 中央使は深く零を置き、小さく言う。「席を作る。——中央側に」

 規格師は口を開きかけ、止まった。「確認した」

 遠橋の上で、名はきも帰りもしないまま、在るの仮置きになった。丸は付かない。栓は、席の後だ。



 午後。「始めの見出し置き」。

 広場の掲示に、新月の見出しを置く。

 〈名返礼・第二月:輪郭を骨に〉

 丸は付けない。見出しは開きで始める。

 脚注に規範を短く三つ。

 — 丸=返礼の栓(三の後、四で閉じる)

— 欄外=従の舞台(番号・返済番号・注記)

— 脚注=由来の呼吸(二行まで。長文は長由来札へ)

 会所、倉庫、継所、夜席棚に同文の見出しを分配。

 名上書師の帯が〈“輪郭”は“形式主義”〉と挑発して来たが、脚注に〈“返せる形”が輪郭。返せない形が形式〉と落とすと、帯は滑った。


 その最中、鼓手長が仮面のまま近づき、鈴を鳴らさず掲げた。

 「注目の月初は、過熱する」

 仮面越しの声は遅れない。「二を揺らすつもりはない。四の前で音を足すのは?」

 殿下は木さじを水平に置き、首をわずかに横。

 「音は見せ札へ。真正は無音」

 鼓手長は鈴をしまい、一の形をぎこちなく作ってみせた。不器用だが、順序は守る。

 「……退く」

 仮面は影に消えた。止まれる者は、戻れる。



 夕刻。総返礼の締め。

 会所前で四拍の見本をもう一度。

 零で息。

 一で名乗り(街→街)。

二で笑い(形)。

三で置く(今月の置かれた事実)。

四で返す(真正印)。

 丸で閉じる。

 渡鈴が鳴らずに鳴り、広場の温度が二度、上がる。終わりは余熱を残し、始まりの燃料になる。


 そこへ、規格師が最後の紙を持って来た。

 〈中央転送用:地方礼準拠 注記〉

 紙の右に、小さな脚注符。中央使の筆跡だ。

 「丸の意味、伝わった」

 使は短く言い、零を置き、紙を三で置き、四で返す。

 規格師は紙を支え、欄外に番号を小さく入れた。

 中央の紙が、今日は返せる紙になっていた。



 夜。継所以来の最長の読み合わせと指標。パズが朱布の紐旗を外して息を整え、読み上げる。


総返礼(会所→市場→倉庫→寺院跡→道標→遠橋):全行程実施/真正印 100%


丸の運用:閉じ 74/消し霧介入 3 → 香輪で回復 3


“自動返済”介入:紙 6 → 脚注化 6/見出しに“席が主”明記


“月跨ぎ仮置き”:介入 5 → 仮=三の中処理 5


上書き介入:帯・幕 8 → 脚注化 8


遠橋/律祖名:受領 1(席未設定につき保留/真正印 0)


始めの見出し 配布:会所・倉庫・継所・夜席棚 4/4


参加(見学含む):352/形だけ名乗れた 291(82.7%)/零習得 226(64.2%)


「温度、閉じて開いた」

 殿下がパンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。

「明日は第30話、『隣郷の返礼』。——隣のさとから中央式が本格的に入ってくる。律祖の席を中央側に作らせる交渉と、遠橋の往復を礼順で固める。条文を“街の癖”にまで落とし込む最後の工程だ」


「律祖は来る?」

 エレーネが眠たげに訊く。

「名だけは来た。次は席だ」

 俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。遠橋の上で保留された紙の薄い輪郭が、頭の裏側に触れる。

「零を厚く、一を小さく。二は形、三は席、四は返礼。丸で閉じ、脚注で息、欄外で整える。席のない名は、帰らないまま在る。席ができたら、帰る」


 シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。

「今日のあなた、始まりで殴るので、やっぱりずるい」

「業務に支障」

「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」


 渡鈴は鳴らずに鳴り、広場の丸が夜気の中で静かに息をする。

 名は火でも水でもない。帰る温度で、栓だ。

 零で息。一で名乗り。二で笑い。三で置き。四で返す。五で忘れた者に席を置く。

 数字は欄外、由来は脚注、輪郭は骨。

 盗む拍は、やっぱりどこにもない。

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