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第21話「名の道標、二重領収の街歩き」

――道は矢印でできていない。

人が行き、名が返り、温度が残って、そこに“道”が生える。


 朝。ミレイの空はうす青、夜席の影はまだ温い。

 今日は「名の道標みちしるべ」を据える日だ。道そのものに輪郭を描き、昼と夜の名の流路を見える化する。番号は並べていい。だが従だ。一に名を置く輪郭を、街の“癖”にする。


 蔵守くらもりが巻物を広げ、簡素な図。

 ――四隅から広場へ集まる名流なながしの“良い流れ”と、路地へ逃げる“逃げ名”の回収ルート。

 鐘守は鍵束を胸にしまい、殿下は木さじを帯に。市鼓いちこのパズは紐旗を背負い、ジェイは泡立て器に新しい意味のないラベル「道泡」。やめろと言ったのに増やすな。

 シアンは白手袋を締め、半拍遅れて俺を見る。危ない合図は甘い合図に似ている。だが今日は見本市、礼が先だ。


「午前は設置、午後は公開デモ。——“夜席→投函箱→返流へんりゅう”の二重領収を街歩きで見せる」

 殿下の指示は短い。「零で息、厚め」



 まず北塔通り。石畳の目地に影の矢印を落とす。矢印といっても絵を描くわけではない。渡鈴わたりすずの影と無音礼の凹みで“歩くと温度が戻る向き”を作るのだ。

 蔵守が名留なとどめ膠で輪郭を薄く引き、俺は〈間合い指定〉を靴裏の幅で梯子に。鐘守は打たずに鍵束を撫で、矢印の“起点”へ温度を置く。

 矢印は見えない。けれど、歩くと分かる。二で胸がひらくので、みんな同じ方向へ自然に曲がる。

「おお……道が軽い」

 耳の白糸の女が盆を抱えたまま、ふわっと進む。三で置くがうまい人は、道の置き場をすぐ覚える。


 そこへ、名上書師なうわしの薄板がスッと滑り込み、〈通称通り〉の白字。だめではない。だが返せない通称は、道の名を没収する。

「輪郭、先」

 俺は“本名=北塔通り”の輪郭を石縁に薄く描き、通称は脚注へ落とす。落ちるなら良い。返せるから。

 名上書師は舌打ちしかけて、刷毛を懐へしまった。今日は輪郭が太い。



 次は会所前。「番号の投函箱」に矢印を通す工程だ。昨日、主従を反転させた箱だが、道がつながらなければ、また番号が先頭へ戻る。


「工程、声にする」

 殿下が木さじを水平に置き、俺たちの動きを四拍に分割して宣言する。

「一で名乗り(名呼び)、二で笑い、三で投函(置く)、四で返す。——半拍遅れで真正印」


 見物の人々が輪になる。パズが紐旗で零の合図。

 最初の見本はロウ。まだ声は小さいが、形は揃う。

「……ロウ」

 二で目尻、三で箱へ置く、四で胸。半拍遅れでもう一度。

 投函箱の内側で、渡鈴の影が跳ね、名預り帳—箱版に真正印が濃く出た。

「番号はその後」

 書記頭しょきがしらが立ち会い、ロウの名の下段に**#NE-204を小さく記す。主従の順序は守られた。

 見物から薄笑いが消え、頷きが増える。順序は、説明より体感**だ。


 そこへ、名目録師なもくろくしの中堅が現れ、小さな木札を見せた。

〈番号先頭記法は倉庫で統一運用中。変更は非効率〉

「現場が先」

 殿下は迷わない。「倉庫は従。先に道を礼に合わせる。倉庫はあとで追う」

 中堅は口を開きかけて、閉じた。効率で殴るのが習いの人でも、街の温度の前では殴りにくい。温度は強い。



 昼の終わり、広場の北角で公開デモ。テーマは「夜席→投函→返流の四拍」と「屋根返し・形版」。

 蔵守が式順を短く唱え、鐘守が鍵束で打たずに拍を起こす。渡鈴を低・高で据え、ジェイの泡梯子は控えめに。

 耳の白糸の女が皿を三で置き、四で返してデモが走り出す——その瞬間、紙の雨。

 名上書師の大判。通称の洪水。〈“夜席”→“休み処”〉〈“投函箱”→“手続窓口”〉〈“返流”→“配布”〉……どれも悪くない。返せるなら、だ。


「輪郭、作業分担」

 殿下の声が低く走る。俺と蔵守は“本名”の輪郭だけ厚くし、ジェイは泡で上書きの端を浮かせる。パズと市鼓は二で笑いの“形”を流し、エレーネは香で胸のひらきを補強。

 上書き紙は脚注に落ち、見出しは“夜席”“投函箱”“返流”が守られる。

 群衆の視線が滑らなくなる。視線が滑らないと、名は落ちない。


 そこへ、環名師かんなもしが輪を持って近づく。昨夜の女だ。

「検印を“三”に移す版、貸す」

 輪を薄くし、三で置くの瞬間にだけ影の判が落ちる。一はフリーの名だ。

 礼に従う輪は、仕事になる。女は頷きだけ置いて去った。止まれる者は、戻れる。



 午後の後半、鼓手長がやってきた。仮面、太鼓なし、粉なし、帳だけ。今日は遅延を使わない。代わりに、見物をする。

「注目は火だ」

 仮面越しの声は遅れて落ちる。「君たちは注目をならす。均す火は広がらない。……退屈ではないのか?」


「退屈は温度で補う」

 殿下は淡々と返し、一で名乗り、二で笑い、三で置き、四で返す。

「返しがある場は、期待が循環する。退屈はそこに溶ける」


 鼓手長は返さず、帳に何かを書いた。注目の出入りの数字だろう。数字は美しい。だが従だ。

 仮面穴が細くなり、「……第三拍を空けさせたいが、条文化されてしまった。置く前の返却は無効、ね」

「三は条文の心臓」

 俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。仮面の視線が一瞬だけ空振りする。無意識に乗る手は、意識に晒されると薄まる。


「では、一を奪う手は?」

 鼓手長がわざと軽く言う。名を別名で先乗りする手——名上書と組む気配。

「零で息がある」

 殿下は短い。「一の前に零。息を先に置けば、先乗りは滑る」


 仮面がわずかに俯き、鼓手長は帳を閉じた。「……今日は退く。退屈じゃない街は、面倒でいい」

 止まれる者は、戻れる——たぶん。



 夕刻。仕上げは「道しるべ行列」。四隅から広場へ、名の流路を実際に歩いて繋ぐ。

 先頭は子どもと年寄り、次に店の者、最後尾に市鼓。一で名乗りの形だけを揃え、二で笑いの胸、三で置くの手ぶり、四で返すの胸。半拍遅れでもう一度。

 投函箱の前では名→番号の順に記し、渡鈴の影で真正印を受ける。広場では屋根返し・形版。

 見物の目が“道”を覚える。見る道は、歩く前に温度になる。


 途中、路地の上から紙鳶かみとんびが滑り降り、〈“無名市”へようこそ〉の大書。昨日の布の親戚だ。

「返しで迎える」

 俺は紙鳶の端を掴み、三で置き、広場の掲示に四で返す**。ジェイが泡刃で余白だけぷつと切り、中央の「ミレイ」を見出しへ戻す。紙鳶は脚注へ落ちた。

 人々の口から漏れる小さな名。「……ミレイ」

 温度が一度、上がる。



 夜。寺院跡。読み合わせと集計。パズが指標を読み上げる。


名の道標 設置 12/12(四隅→広場×3系統、夜席→投函箱リンク×1)


公開デモ(夜席→投函→返流) 実施 3/3、真正印 出力率 100%


番号先頭置き 是正 24/24(投函箱・巡回帳面)


上書き介入 6 → 輪郭で脚注化 6


環名輪 導入 2(三で検印)


“道しるべ行列” 参加 211、形だけ名乗れた 173(82.0%)


零の習得 131(62.0%)


「温度、定着」

 殿下が短く言い、パンを二で笑いながら割り、三で置き、四で返す。

「明日は**“名の引継ひきつぎ”をやる。——店から店、家から家へ名を渡す作法。通称は返せる前提で定義。番号は伝票**の欄外に下げる」


「目録師は絡む?」

 エレーネが眠たげに尋ねる。

「絡む。だから順序の輪郭を紙にも刻む。一=名、二=行き先、三=置く、四=返印、番号は欄外」

 俺は胸の裏に〈偽拍〉を一枚。重ねない。

「第三拍を条文の心臓に、零を習慣に。数字はあと」


 シアンが白手袋の糸を半寸切り、目で笑う。

「今日のあなた、道で殴るので、やっぱりずるい」

「業務に支障」

「支障は出さない。強くなる寄り方だけ、覚えました」


 寺院の闇で渡鈴が鳴らずに鳴り、名の道標が見えない矢印で街を縫う。

 名は火でも水でもない。帰路の温度で、道だ。

 零で息、一で名乗り、二で笑い、三で置き、四で返す。五で忘れた者に席を置く。

 数字は並べ、名は渡す。

 盗む拍は、やはりどこにもない。

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