第9話:王都からの正式な招待状──それでも、私はここにいる。
それは、まるで一枚の刃だった。
厚く上等な羊皮紙に金の封蝋。王家の紋章が刻まれた、それは──
正式な王都からの招待状。
「……よく燃えそうね、これ」
私は封書を眺めながら、静かに言った。
「燃やすのは簡単だけど、読んだほうがいいと思うよ」
そう言ったのはアルヴェインだった。
今日も裏口から手伝いに来て、厨房でパンの発酵具合を見ながら言葉を続ける。
「差出人は、王都の政務院。それも、王太子の名ではなく、“王そのもの”から」
「……父上が?」
私は小さく眉をひそめる。
かつての私の“義父になるはずだった男”──
そして、あの日の断罪にも沈黙を貫いた“王”。
その王が、今さら私に会いたいなどと?
(いったい、何を考えているの?)
けれど、私の決断はすぐだった。
「行かないわよ。断る」
「理由を聞いても?」
「私は追放された女。どんな名目であれ、“赦された”なんて思ってない。
だから行く必要も、跪く理由もない」
私の声は冷静だった。
むしろ、はっきりと自分の芯が通った気がした。
その日の夕方。
いつものようにやって来たアレクシスに、私は招待状を突き出した。
「これ、なんのつもり?」
「……父上が、君の噂を聞いて、動いたらしい。
私から話しても、“追放された女の言葉など信じられない”と一蹴されたが、
“辺境の村を繁栄させ、貴族や冒険者を引き寄せた店主”となれば話は別だと」
「……そういうところが、本当に嫌なのよ。
“失ったら気づく”なんて、王族にしては安っぽいわね」
「それでも、会って話してほしいと。……謝罪の意もある」
「それはもう受け取ったわ。あなたから」
「エリザベート──」
「私はここにいる。自分の意志で。
王都に戻ったら、きっとまた私は“誰かの飾り”になる。
過去の私は、もういないの。……それだけよ」
アレクシスは、何も言わず、ただ俯いた。
けれど私は、その沈黙を責めなかった。
責めるほど、未練はない。
それが、私がこの地で得た、何よりも大きな“強さ”だった。
夜。
アルヴェインと並んで、片付けをしていると、彼がふと聞いてきた。
「……もし、王都を選んだら、私はこのカフェを離れるつもりだった」
「え?」
「だって、ここは“あなたが作った居場所”だから。
あなたがいなければ、ここにいる意味はない」
「……」
「でも、あなたはこの場所を選んだ。
だから、私はずっとここにいる。あなたが“カフェの主”でいる限りは」
私は不意に、彼の横顔を見た。
穏やかで、でもまっすぐで──
そこに、打算も見返りもない“誓い”があった。
「……あなた、本当にずるいわね」
「よく言われます」
私はそっと、灯りを落とした。
辺境の静かな夜。
誰のものでもない、自分だけの人生が、いま確かにここにある。
私はそれを、選んだのだ。