表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

第9話:王都からの正式な招待状──それでも、私はここにいる。

それは、まるで一枚の刃だった。


厚く上等な羊皮紙に金の封蝋。王家の紋章が刻まれた、それは──


正式な王都からの招待状。


「……よく燃えそうね、これ」


私は封書を眺めながら、静かに言った。


「燃やすのは簡単だけど、読んだほうがいいと思うよ」


そう言ったのはアルヴェインだった。

今日も裏口から手伝いに来て、厨房でパンの発酵具合を見ながら言葉を続ける。


「差出人は、王都の政務院。それも、王太子の名ではなく、“王そのもの”から」


「……父上が?」


私は小さく眉をひそめる。


かつての私の“義父になるはずだった男”──

そして、あの日の断罪にも沈黙を貫いた“王”。


その王が、今さら私に会いたいなどと?


(いったい、何を考えているの?)


けれど、私の決断はすぐだった。


「行かないわよ。断る」


「理由を聞いても?」


「私は追放された女。どんな名目であれ、“赦された”なんて思ってない。

だから行く必要も、跪く理由もない」


私の声は冷静だった。


むしろ、はっきりと自分の芯が通った気がした。



その日の夕方。


いつものようにやって来たアレクシスに、私は招待状を突き出した。


「これ、なんのつもり?」


「……父上が、君の噂を聞いて、動いたらしい。

私から話しても、“追放された女の言葉など信じられない”と一蹴されたが、

“辺境の村を繁栄させ、貴族や冒険者を引き寄せた店主”となれば話は別だと」


「……そういうところが、本当に嫌なのよ。

“失ったら気づく”なんて、王族にしては安っぽいわね」


「それでも、会って話してほしいと。……謝罪の意もある」


「それはもう受け取ったわ。あなたから」


「エリザベート──」


「私はここにいる。自分の意志で。

王都に戻ったら、きっとまた私は“誰かの飾り”になる。

過去の私は、もういないの。……それだけよ」


アレクシスは、何も言わず、ただ俯いた。


けれど私は、その沈黙を責めなかった。


責めるほど、未練はない。

それが、私がこの地で得た、何よりも大きな“強さ”だった。



夜。


アルヴェインと並んで、片付けをしていると、彼がふと聞いてきた。


「……もし、王都を選んだら、私はこのカフェを離れるつもりだった」


「え?」


「だって、ここは“あなたが作った居場所”だから。

あなたがいなければ、ここにいる意味はない」


「……」


「でも、あなたはこの場所を選んだ。

だから、私はずっとここにいる。あなたが“カフェの主”でいる限りは」


私は不意に、彼の横顔を見た。


穏やかで、でもまっすぐで──

そこに、打算も見返りもない“誓い”があった。


「……あなた、本当にずるいわね」


「よく言われます」


私はそっと、灯りを落とした。


辺境の静かな夜。

誰のものでもない、自分だけの人生が、いま確かにここにある。


私はそれを、選んだのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ