第8話:嵐のような来客と、止まらない噂──辺境のカフェに、新たな試練がやってきました。
「──まさか、貴女が“本当に”生きてたなんて!」
そんな声とともに、店の扉が勢いよく開いたのは、昼時を少し過ぎたころだった。
「……誰?」
「えっ!? 覚えてないんですか!? わたくし、エミリア=フランシェット! 王都の貴族で──」
「知らないわね。はい、メニューはこれ。水はセルフ。うるさいと追い出すわよ」
「……追い出される貴族、人生初です」
目の前で困惑する金髪ツインテールのお嬢様──
どうやら王都の“元同級生”らしいけれど、私はあいにく、あの頃の人脈はすべて記憶の底に沈めた。
それでも彼女は、ひときわ高級そうな馬車を横付けにしてやってきた。
しかも、一人じゃない。
その後ろに並ぶは、王都の令嬢たち数名──そして彼女たちの目的は一つ。
「“亡き令嬢エリザベート”が辺境でカフェを開いた、って噂、本当だったのね……!」
「すごい、あの時の伝説の毒舌令嬢が、こんなところで──」
「美味しいって聞いたけど、本当に?」
まさかの「社交界の若手女子会」が、まるごと遠征してきたらしい。
「……静かなカフェとは、一体」
アルヴェインは疲れたような顔で、厨房から小声でつぶやいた。
私もだ。
「どうしてこう、私の平穏はこうも軽々と破られるのかしら……」
その日のカフェ・ベル・エピヌは、異様なほどの熱気に包まれていた。
かつて王都で私を“陰であれこれ言っていた”であろう令嬢たちは、
なぜか皆、こぞって私の料理に驚愕し、
毒舌にも怯まず、むしろ喜び始める始末だった。
「やっぱりすごいわ、エリザベート様。味も気品も、全部一流!」
「ええ、あのマリアとかいう花嫁候補とは格が違うわ!」
「何が“お優しい聖女”よねぇ、実家の商会ゴロゴロ潰してたくせに」
「……それ、もっと早く言いなさいよ」
──皮肉ではあるが、時の流れとは残酷であり、そして都合がいい。
王都の噂では、マリアが国外逃亡した後、
彼女の“裏の顔”が次々に暴かれ、かつての味方たちが掌返しを始めたらしい。
「いまさら、“味方です”って顔して現れても、遅いのにねぇ……」
私はスコーンを焼きながら、ため息まじりにつぶやいた。
けれど──
その日の売上は過去最高を更新し、
王都の情報は一気に広がり、
“カフェ・ベル・エピヌ”の名前は、ついに王都の貴族界にまで浸透することとなった。
閉店後。
テーブルを拭きながら、アレクシスがぽつりと聞いてきた。
「……驚いたよ。あんなに君を嫌っていた者たちが、今では賞賛している」
「ありがちでしょう? 一番信用できないタイプの賞賛だわ」
「……けれど、それでも君は動じない。強いな」
「強くなったのよ。あのとき、貴方が“私を切り捨てた”から」
私は振り返らずに言った。
でも、その言葉にとげはなかった。
もう、終わったことだ。
「ねえ、アレクシス」
「なんだ?」
「もしも今、私が“王都に戻ってほしい”って言われたら──
即答で断ると思う」
「……やっぱり、君は強い」
「違うわよ。私はもう、戻る必要のない場所に戻るほど、弱くないの」
カップに残った温いコーヒーが、心地よい余韻を残していた。
それが、私の今の答えだった。