第4話:人が来すぎてパンク寸前!? 嬉しい悲鳴です。
辺境の村フィルヴェルにひっそりと佇むカフェ・ベル・エピヌ。
開店からわずか一週間。村の端で誰にも気づかれなかった店は──
いまや、毎日満席の大盛況である。
「……あのね、嬉しいわよ? もちろん商売繁盛はいいことよ? でも──」
私は厨房で頭を抱えていた。
「来すぎ!! 一度に来すぎ!! なに!? 王都のイベント会場ですかここは!!」
事の発端は、例の冒険者・アルヴェインだった。
彼が“村で見つけたカフェが最高だった”と、仲間の冒険者に話したらしい。
しかもその仲間たち、みんな名の知れたA級・S級冒険者たちだった。
「……よりによって、宣伝力がバグってる人脈から広まるとか」
王都の冒険者ギルドにまでその噂が届き、
いまや“辺境に美人毒舌店主のカフェあり”という珍ニュースとして広がっているという。
その結果──
「エリザベート様、このチーズケーキもう一皿お願いできます?」
「あと黒パンのサンド三つ! 酒じゃなくてハーブティーな!」
「次の予約、明後日でもいいかー!?」
「うるさいわよ! 食べた皿は下げて! ついでにテーブルも拭いて!!」
厨房はてんてこ舞い。
だが私は、確かにこの喧騒の中に「生きてる感覚」を覚えていた。
(王都にいた頃、私は“装飾”だった。
王子の隣に立ち、形式通りの会話をして、上品に微笑むことが“役目”だった)
けれど今の私は、油にまみれて、火を操って、コーヒーを注いでいる。
そして客たちは、私を“人間”として見てくれている。
「──お代は、心と胃袋に正直に支払っていってちょうだい」
毒舌な笑顔を返すと、皆は笑いながら会計を済ませていった。
その夜。
ようやく最後の客が帰った店内で、私は椅子に崩れ落ちた。
「ふー……死ぬかと思った……」
「よく頑張りましたね。片付けは、手伝いますよ」
そこにいたのは、いつものように、アルヴェインだった。
彼は常に客として来るのに、いつも手際よく片付けをしていく。
「あなた、どこの騎士見習い?」
「騎士は嫌いです。命令ばかりで、自由がないので」
「冒険者も似たようなものじゃないの?」
「……まあ、店主が自由すぎる分、こういうカフェの方が落ち着きます」
彼はそう言って、笑った。
私のカップに、そっとおかわりのハーブティーを注ぐ。
「──ところで、気づいていますか?」
「なにが?」
「店の入り口の掲示板。夕方、王都の馬車が一台来ていました」
私は目を見開いた。
王都から──馬車?
「きっと、貴女のことを“確認”しに来たのでしょう」
「誰が?」
彼は答えなかった。けれど──何かを知っている目だった。
──王都。断罪。元婚約者。
忘れたわけじゃない。
けれど、もう関係ないと、そう思っていた。
でも──
「……来るなら、来ればいいわ。私はもう、王都の飾りじゃない」
カフェの主として、客と向き合ってきた日々の中で、
私はいつの間にか、ただの“追放令嬢”ではなくなっていた。
そして、店のドアのベルが──ふたたび鳴った。
カランコロン──。
その音の先に立っていたのは──
──私の元婚約者。王太子だった。