第3話:初めてのお客は、伝説の冒険者でした!?
カフェ・ベル・エピヌ、開店から三日目。
「まさか、今日も来るとは思わなかったわ」
「そちらのブリュレ、どうしてももう一度食べたくて」
店のドアを開けたのは、昨日と同じ──あの冒険者の青年だった。
淡い金の髪に、整った顔立ち。礼儀正しく、物腰も柔らかい。
だがその腰の剣と、全身に漂う気配は、“本物”を物語っていた。
「……名前、まだ聞いてなかったわ」
「失礼しました。アルヴェインと申します。……一応、冒険者をしています」
その名前に、私は一瞬だけ手を止めた。
(アルヴェイン……? 聞いたことある……)
確か、王都の情報通の間で有名だったはずだ。
「S級冒険者にして、魔獣討伐の英雄」「一国の軍に匹敵する男」──そんな物騒な噂まである。
(……なんでそんな大物が、辺境のカフェでブリュレ食べてるのよ)
「何か?」
「いえ。ただ、あなたのような人がここにいるのは、少し不自然だと思っただけよ。
まさか逃亡中? それとも、隠居?」
「はは、いずれでもありませんよ。今は、少し休暇中でして。
……それと、あなたに会いに来た人間が、王都にはけっこういるらしいです」
「また“断罪された悪役令嬢”目当てってわけ?」
私はカップを置き、ため息をついた。
「……くだらない。反省しろって言いたいの? それとも、ざまぁされて当然だって?」
「いいえ。私はむしろ、あなたの在り方が……面白いと思って」
彼はゆっくりとカップに口をつける。
「王都で囁かれている“傲慢で冷酷な悪役令嬢”とは、まるで別人ですね。
あなたはただ、筋が通っているだけだ。理不尽には理不尽で返してる。
──それを“悪役”と呼ぶのは、あまりに都合の良すぎる話でしょう?」
私は、ぽかんとして彼を見つめていた。
そんなふうに言われたのは、初めてだった。
「……あなた、変人ね」
「そう言われるのには慣れています」
彼は笑った。なんだかその笑顔が、悔しいくらいに眩しかった。
「エリザベート様──」
昼を過ぎた頃、カフェに来たのはマーサ婆と、村の若者たち。
噂を聞きつけて、ちょっと興味が出たらしい。
「ここで食べられるって、本当なのか?」
「もちろん。ただし無銭飲食はお断りよ」
「え、マジで貴族が働いてるの?」
「“元”貴族。いまは毒舌店主よ。はい、席に座って」
その日は、初めて“複数の客”で店が賑わった。
アルヴェインが手伝ってくれたのもあって、混乱も少なく。
彼が店を去るとき、ふと振り返って言った。
「明日も、来てもよろしいですか?」
「……店は開いてるわ。たとえ元婚約者でも来店できるくらいには寛大だから」
「では、期待しています」
その言葉を残して、彼は去っていった。
その夜。私は帳簿を閉じ、ポットの蓋を拭きながら、ぽつりと呟いた。
「“面白い”なんて言われたの、初めてだわ」
毒舌で嫌われて、追放されて、居場所をなくして。
それでもコーヒーの香りに包まれて、今日も一日を終えた。
──この静かで、少しだけ騒がしい日常が。
案外、悪くないかもしれないと思った。