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第07話 水の奥にいる


 その朝、真奈は息苦しさで目を覚ます。

 胸の奥に重たい何かがのしかかっており、夢の中で、誰かに腕を引かれた記憶がまだ残っていた。


「……あの夢……なんだったの……?」


 小さく呟く。

 けれどその声すら、部屋の中に吸い込まれるようで、自分がひとりきりだと気づかされた。


 シーツの下、背中にぬるい感触。

 寝汗かと思ったが、指で触れると――水だった。

 ぬるく、生ぬるく、肌にまとわりつく。


「えっ……なんで、濡れてるの……?」


 自分に問いかけるような言葉に、答える者はいない。

 ただ空気だけがじっとりと湿っていた。

 やがて、廊下に出ると、風もないのに何かがすれ違ったような冷気を感じ――ぞくりとする。


「誰か、いた……?」


 そう言いかけて、笑ってしまいそうになった。

 夢と現実の境が、少しずつ溶けている――そんな気がした。


 気分転換に外に出ようと、玄関に向かったときだった。

 土間に、濡れた素足の跡があった。


「……え、なに……? 足跡……? こんなの、なかったよね……?」


 跡は途中で消えていた。まるで、誰かが水に溶けたように。

 心臓が跳ね、足が動かない。

 それでも、家の中にいるのは自分だけ――そのはずだった。

 祖母の姿も見当たらない。

 言いようのない孤独が、背中にしがみついてくる。


「やだ……やだやだ……やめてよ……」


 声が震えた。

 けれど、その時どこかから、はっきりと聲がした。


 ――まなちゃん


 囁くように。

 優しく、湿った聲だった。


「やめてってば……お願い、やめて……!」


 その聲に答えるように、床の水音が一瞬止まった。


 午後。真奈は川まで歩いた。

 風が生ぬるく、髪の奥に絡みつく。

 川は黒く濁り、底は見えない。

 ふと視界の隅に人影が見えた。


 ――彼が、いた。


 水の中に、青年の姿。

 静かにこちらを見ている。


「……翼くん……なの?」


 彼の名前を呟いた瞬間、水面が揺れ、姿は消えた。


「……待って、いかないで……」


 誰に言っているのかわからなかった。

 けれど、そう言わずにいられなかった。


 帰宅してすぐ、胸元の異変に気づいた。

 シャツの内側が濡れている。


「また……濡れてる……なにこれ……」


 思わずシャツをまくると、そこに浮かぶ『唇の跡』。


「……うそ……これ、なに……?」


 思わず触れた指が震える。

 熱い。誰かに触れられたばかりのように、体温がそこに残っていた。


「夢じゃなかったの……? あのキス……夢の中で……」


 その夜。

 眠るのが怖かった。

 でも目を閉じると、すぐに彼の聲が聞こえてきた。


 ――きょうは ちゃんと きてくれたね


 川の底、濁った水の奥で、彼――翼が手を差し出していた。


 ――こっちに おいで

 ――もう だいじょうぶだよ

 ――こわくないよ


「こわいよ……翼くん……あなたのこと、忘れてたの、ごめん、ごめんなさい……でも……」


 涙が浮かぶ。

 けれど、彼の手の温度が、なぜか優しくて――懐かしかった。


 ――また 一緒にいよう?

 ――まなちゃん ぼくのこと 好きだったよね?


 その聲に、心がかすかに揺れた。


「……わからない……でも……忘れてたくせに、こんなに、苦しいの……なんで……?」


 水の中、彼は微笑んでいた。

 その笑みは、限りなく優しく――しかし、底知れぬ執着が滲んでいた。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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