表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ひゃくものがたり

4. ゆらゆら

作者: 久那 菜鞠


 大学の先輩の、Tさんの話です。

 Tさんは、大学進学を機に一人暮らしを始めました。ワンルームの木造築20年のアパートは、古いというわけではないが新しくもなく、ただ日当たりが悪いというのが悪条件の立地だったらしいです。

家賃の手頃さに惹かれて入居を決めたTさんでしたが、いざ住み始めてみると妙な経験をするようになりました。


 それは夜、眠っているときのことです。

八畳のフローリングの部屋に、それなりのこだわりをもって家具を配置していたTさん。

ベッドは北向きベランダの手前右側の壁際に置かれていました。

大体0時頃にはベッドに入ることが習慣のTさんでしたが、寝付いてからしばらくすると、金縛りに遭う。それは毎日の事でした。

 

 まず、ふと目が覚める。時間を確認したいが、しかし、体が動かない。手指に力をいれてみても、ぴくりとも動かない。

金縛りというものになったことがなかったTさん。最初の時はそれはそれは怖かったそうで、動きたくても動けない、叫びたくても声が出ない、地獄の様な時間を過ごしたと振り返っていました。

恐怖で目をぎゅっと瞑って耐えていたTさんでしたが、外からの刺激をシャットアウトしようと努力するなかでも、じぶんのお腹の辺り、布団の上からスッスッ・・・と、決まったリズムで、何かが擦りながら触れている感覚がしていたそうです。そうして耐えているといつの間にか、眠りに落ちていて、朝を迎えたということです。


 毎日毎日そんなことが起こるのですから、Tさんは当然のように寝不足になってしまい、大学で遅刻や欠席をすることが増えていきました。話を聞いた友人が泊まりに来てくれたり、Tさん自身も「除霊 方法」で検索して様々な魔除けを試してみたりしましたがどれも意味はなく、変わらず金縛りに遭い、お腹を何かがゆらゆら擦っていく夜を繰り返していました。


 徐々にTさんは、体調を崩すようになりました。体はだるいし、頭も痛い。食欲がなく、食べる量が減ったので顔色も悪く、立っていてもふらつくようになったそうです。体の調子が悪くなると心も弱って、いつも心の中に暗い不安がつきまとうようになっていきました。

金縛りは相変わらずどころか酷くなっていき、朝まで体が動かなくなることもあったようです。

そして、ずっとお腹の上では何かが揺れている。決まったリズムでスッスッとお腹を擦っていく。

Tさんはもう限界が近い状態でした。


 その夜も、いつも通り金縛りが始まりました。

体がずんと重く痺れたようで、必死にもがいても動けなくて苦しい。

Tさんはいつものように目をぎゅっと瞑りました。

(何なんだよ・・・、もう勘弁してくれよ・・・)

泣きそうになりながらTさんは必死に頭の中で念じました。

(やめてくれ!消えろ、消えろ!)

調子も崩し、大学にもろくに行けなくなったTさんは、自分のこの生活に対する諦めと同時に、理不尽に自分に降りかかってきた災難に怒りの感情が沸き上がってきていました。

その夜は、その怒りがついに限界に達したのです。


 何度も頭の中で、消えろ消えろ・・・と念じていると、

お腹の上に、トンッ・・・と何かが触れたのが分かりました。

Tさんは怒りを一瞬忘れ、え?と思いました。

いつもならメトロノームのようにゆらゆらと擦るリズムで触れていた何かが、Tさんのお腹の上に立ったかのような感触。でも触れている面積は足の裏よりずっと狭い。まるで、つま先立ちをしているかのようなのに、重みは全くない。

それまでは恐怖で絶対に開くことのなかった目を、Tさんは咄嗟に空けてしまいました。



 女の人が、いたそうです。

白い夏用のワンピースのような服を着た、髪の長い女の人がいて、その体はぶら下がっていたそうです。体はだらりと力なくたれて、足はちょうどつま先がTさんのお腹のあたりに触れる程の距離にある。

どう見ても生きているように見えないその女の人は、しかしながら顔はしっかりとTさんの方を向いていて、見開いた目でじぃっとTさんを凝視している。そうしてその口元は、何かを叫ぼうとするようにあんぐりと限界まで開いていたそうです。

そして、何もない天井からぶら下がっているように見える女の人の首もとには、延長コードのような長い紐のような物がぐるぐるぐるぐると巻き付いて、女の人を吊り上げているように見えたそうです。

Tさんは叫び声を上げることもできず、気を失うように意識が遠のいていき、気が付くと朝になっていたということです。



 目が覚めて、Tさんは急いで不動産屋に飛び込みました。

直ぐに引っ越しを決めて、部屋を引き払ったそうです。引っ越してからは、金縛りも擦る感触も女の人を見ることもなくなったそうです。

後日不動産屋に聞きいたところ、その部屋で過去に自殺があったことはなく、いわゆる事故物件ではなかったそうです。しかしながら、なぜか入居してもすぐに退去されてしまう、人の居着かない部屋なんだそうです。


 Tさんはもうすぐ卒業で、めでたく就職先も決まって今は新しい部屋を探しています。

内見にも何度も行きましたが、薄暗い部屋に行くと、あの女の人の顔を思い出してしまうと嘆いていました。なんだかますます顔色が悪くなったようで、正直心配ではあります。


 そして、Tさんは周りの人達にこんなことを言っています。

毎晩、自分の腹をゆらゆらと擦っていた感触が忘れられない。どうしてあの日、揺れが止まったんだろうか。あの女の人は、ずっと自分を見ていたのだろうか。自分が消えろなんて言ったから、あの人は怒っている。姿は見えないけど、居る気がする。金縛りはなくなったのに、いまだに夜に目が開けられない。今も見ていたら・・・気付かないうちに見ていたら、どうしよう。段々、近づいてきているんだ。


 最近、Tさんは新しいアパートを決めて、就職を前にして既に入居したそうです。

引越祝いに行った人の話では、新しくも古くもなく、日当たりが悪くて、北側にベランダがある、薄暗い部屋だったそうです。


              終


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ