第70話「違反の現場」
≪――ア゛?≫
反応は苛烈だった。
『ブゥン』という虫の羽音のような音と共に、ヤウーシュの体を一瞬だけ紫電が包む。それは戦闘用バリアが起動した合図であり、同時に左肩のプラズマキャノンがその首を伸ばす。ヤウーシュが一瞬で戦闘態勢に入っていた。
その反応を目の当たりにしながら、ゼロバッドは――
(アカァァァァァン!)
――内心、激しく焦っていた。
完全に見誤った。こんな筈では無かったのに!
ヤウーシュ相手の詐欺では鉄則がある。
それは『大型の個体』を狙わない事。
基本的に尊大な性格なので交渉自体が困難であり、下手な軍用規格のパワードスーツなど素手で捩じり潰してくる筋力に加え、高価なシャルカーズ製兵装で身を固めている場合が多く、『怒らせた』場合のリスクが極めて高い。仮に撃退出来たとしても、そういった個体は氏族内で地位の高い事が殆どで、『名誉を傷つけられた』として氏族総出による報復が待っている。余りにもリスクとリターンが見合わなかった。
だが『小柄な個体』ならどうか。
大抵は氏族内での扱いが軽い為、報復の心配は無い。
また地位の低さは収入の低さに直結し、そもそもが他種族を圧倒する筋力はさて置き、装備自体は貧弱だった。何より抑圧された日々で敢闘精神を失うのか、母星を出た途端に見られる高慢な振る舞いと裏腹に、少し脅せば黙ってしまう小心者ばかり。
つまりは『狙い目』。
だからこそゼロバッドは、今回の獲物として選んだ。
――筈だったのに!
◇
(ヤバァァァァァイ!)
隊長は焦っていた。
明らかに状況がおかしい。
いつもなら会長が相手を脅し、怯えた相手が金を差し出して終わり。その筈だった。――なのに!
≪……≫
(ヤウーシュめっちゃ睨んでくる!)
包囲している『小柄な個体』が、恐ろしい眼光でこちらを睨んでくるではないか。
その眼光は雄弁に物語っている。
『やんのか』
『変な動きしてみい、こっちからいったんぞ』
『そっちがその気なら、やったんぞ』
『ワイ1人で死なへんで、道連れにしたる』
――何と恐ろしいヤウーシュか。
だがこのままでは会長が攻撃開始の合図を出してしまう。
そうなれば当然、戦闘が開始される。
だが、それは非常にマズかった。
『親衛隊』は来たるべき十人委員会との戦いやDIY計画に備え、その他もろもろ便利に使う為に組織されたゼロバッドの私兵部隊である。
――にも関わらず、設立資金にはルンブルク商会の予算を流用されていた。
その額、実に『1億』コム。
この『1億』パワーの戦闘力によって、ゼロバッドの前に立ちふさがる敵を粉砕、玉砕、大喝采する予定だった。
――その筈だった。だが設立を前に――
『訓練を2倍にすれば予算は半分で済むやろ』
というゼロバッドの判断により、目標据え置きで予算が半分になった。
――残り『5000万』コム(チャリーン!)
そのうち半分は隊長が着服した。
――残り『2500万』コム(チャリーン!)
さらに8割が隊員たちの懐に入った。
――残り『500万』コム(チャリーン!)
こうして親衛隊の戦闘力は500万パワーにまで低下。
ここから更に、最近出番の無い装備――相手が大人しく金を払うので――を隊員たちは次々と転売。
――残り『5万』コム(チャリーン!)
そして現在、親衛隊の元には碌な装備が残っていない。
武装がコンシールされている筈の膨らんだ手足は、つまりカラッポであった。
だから、戦えない。
まさか戦闘になるとは思わず、何の用意も無い。
なので、困る。
戦闘になったら……非常に困る!!
隊長以下、親衛隊はゼロバッドの方を見つめながら、祈った。
(((な、仲直りしないかな……?)))
◇
(マズゥゥゥゥゥイ!)
サトゥーは焦っていた。
前世日本人のサトゥーは、ヤウーシュとしては驚異的な忍耐力を持っている。
しかしヤウーシュとしての体に引きずられているからか、前世に比べれば遥かに怒りっぽい。そして先ほど、幾度となく苦汁を舐めさせられた『オアシス論法』を久しぶりに耳にし、つい激昂して戦闘用バリアとプラズマキャノンを起動してしまった。
これは失策である。
確かに日頃、例えばサトゥーはゼノザードの群れを蹴散らしたりしている。
しかしそれは身に着けているシャルカーズ製兵装に因るところが大きく、そして相手がガショメズである以上は技術力において同等。むしろ相手が上位モデルを装備していた場合、普及モデルしか所有していないサトゥーでは、数的不利も合わせて劣勢を余儀なくされるだろう。
だがサトゥーとて、ヤウーシュ。
ヤウーシュ脚力で逃げに徹すれば、撒く事くらいは出来る筈。
ただしその場合、この宇宙ステーションからの脱出も視野に入れねばならず、何よりサメちゃんと合流しての逃避行を始めなければならない。己一人ならまだしも、サメちゃんを危険に晒す訳にはいかなかった。更に言えばまたしても『二次バリア発生装置』が手に入らなくなる。
何たる短慮か。
サトゥーは今、己の行いを悔いていた。
(へ、平和的に解決出来ないかな……?)
周囲を取り囲んでいるガショメズの方をチラチラ見ながら、サトゥーはそんな事を願っていた。
◇
(へ、平和的に解決出来んやろか……?)
ゼロバッドはヤウーシュとの和解について考えていた。
獲物の性格について読み違えてしまったのは大失敗である。
仮に戦闘が勃発してしまっても、『1億パワー』の親衛隊がいれば勝利は確実だろう。だが勝ち方というものも有る。
現在地はメンテナンス通路であり、剥き出しの配管や配線は非常に脆弱。こんな場所で本気のヤウーシュと戦闘になったら、どんな被害が出るか分からない。特にこのヤウーシュは妙に悪知恵が働くので、よりクリティカルな設備の方へ逃げて被害を拡大させる様な戦術を取るかも知れない。
そもそもからして、この個体はどうしてこんなにも好戦的なのか?
何か特別な事情により例外的に裕福で、もしかしたら強力なシャルカーズ製兵器を身に着けており、それがこの自信に繋がっているのかも知れない。
否。
もしかしたら、シャルカーズ製兵器では無い可能性もある。
そう、例えば――
(そう言えば最近……ヤウーシュどもが自前で兵器を開発しとるとかいう噂聞いたで……。確かYMCAとかいう……何やったか、ヤウーシュ音楽振興協会(Yausch Music Cultivation Association)やったか? まぁどうでもええわ。そこが開発したとかいう……秘匿呼称は何やったか……イヤー何とか……『イヤーパッド』違う……)
――その時、ゼロバッドに電流走る。
(『イヤーカラテ』!
思い出したで、『イヤーカラテ』や! 詳しくは分からんが、何やホーミングしてくる自爆型の音響兵器で……まさかこいつ、それを装備しとるんか!? ここでワイもろとも自爆する気か!? だから強気なんか!?)
ゼロバッドは答えに辿り着いた。
頭のおかしい自爆兵器を開発しておきながら、何が『ヤウーシュ音楽振興協会』だ舐めてんのか。『イヤーカラテ』を使って目の前で自爆されるのは困る。
だが今更引く事は出来ない。
ヤウーシュ相手に喧嘩を売っておきながら、やっぱり『ごめんなさい』などしたら『舐め』られてしまう。商人は『舐め』られたら終わりである。
さりとて仕掛ける事も出来なかった。
たった『50コム』の売り上げの為に、目の前で『イヤーカラテ』を使われる訳にもいかない。
ゼロバッドは目の前のヤウーシュを見つめながら思った。
(な……仲直り出来んやろか?)
◇
(な……仲直り出来ないかな?)
サトゥーはガショメズとの和解を考える。
(無理だよなぁ……)
こちらを見つめて来るガショメズの単眼を見つめ返しながら、だが結論は出た。
苛烈な態度で一度要求を突っぱねておきながら、ガショメズ相手にこちらから譲歩などしたら、どんな要求をされるか分かったものではない。とは言え、自発的に戦端を開く事も出来ず。
(は、話し合いで何とか……)
理性的な解決を望んでいるサトゥー。
(((な、仲直りしないかな……?)))
(お、穏便に済まんやろか……?)
そして和解を求めている親衛隊に、話し合いを欲しているゼロバッド。
互いが互いに欲しいものを持っているのに、すれ違うが故に差し出す事が出来ない。
世界とは悲劇なのか。
どうしてヒトは分かり合えないのだろう。
ただ手を差し伸べる。それだけで良いと言うのに。
その手は誰かを殴る為ではなく、誰かと手を繋ぐ為。
その口は誰かを罵る為でなく、誰かと愛を語る為。
そして最強格闘技カラーテで劣等種族ミミズッパリを殲滅だ!
――と、その時だった。
≪うお何だ!?≫
≪ドローンだ、止めろ!!≫
親衛隊たちの包囲をすり抜ける様にして、突然何かが飛来。
それは手乗りサイズの球体で、表面で『青色の目玉』マークがパチパチと瞬きをしている。
撮影用の浮遊ドローンだった。
そのドローンはサトゥーとゼロバッドの間に割り込むような位置で停止すると、スピーカーから音声を出力する。
≪皆さんご覧ください!
私たちは今、 統合グリッド知性の『翻意』を禁じた銀河公正取引恒星法違反の現場を目撃しています!≫
――サメちゃんの声だった。