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第68話「お得な一品」

必要な商品を確保し終えると、次にゼロバッドは悪くない(Not bad)商店の出店先へと向かう。


足を向けたのは、エリアとエリアを繋いでいる通路のような区画。

そこもまた店舗が連なっている商売の為のスペースだったが、"メインストリート"から脇道に一本逸れれば、細くて暗い通路――配管や装置が剥き出しの――が入り組んでいるメンテナンス用の区画になっていた。


そしてそんな区画ですら『商売』をしている者たちが居る。

ただし他の区画に比べれば、その顔ぶれは大きく異なっていた。


まず他種族は居らず、全員がガショメズ。

その誰もが腕、あるいは脚といった部位を失っており、力なく床の上に座り込んでいる。そして目の前に台、あるいはボロ布を広げ、その上に商品を並べて『露天商』の様な事を行っていた。並べられている商品自体も他のエリアと比べれば質で劣り、最早ガラクタと言って差し支えない。


詰まる所ここは、ガショメズ世界における『落伍者たち』の吹き溜まりだった。


ゼロバッドはそんな吹き溜まりの、とある場所へ向かう。

それなりの広さに、それなりにの往来。何よりちょうど壁を走っている配管が背もたれ代わりになる、お気に入りの場所――なのだが今日は、生憎と先客が居座っていた。

両膝の曲がっているガショメズが腰を下ろし、店を広げてしまっている。


ゼロバッドは声を掛けた。


「やぁ兄弟、調子はどうや?」

「あ、客か?」

「すまんなァ買い物に来たんじゃないんや。ところで、そこ退いてくれるか? ワイの指定席なんや」

「はァ? 誰の席とかねぇよ」


話は終わりだ、とばかりにそのガショメズは『しっし!』と手で払うようなジェスチャーをする。

ゼロバッドは退かずに続けた。


「退いてくれんか? 優しく言ってるうちに聞いた方がええで?」

「うるせぇよ黙れよ。早い者勝ちこそが正義」

「ほーん」


そんな会話をしながら、同時にゼロバッドは『とある指令』を通信で外部へと飛ばす。

程なくして『吹き溜まり』の遠くから、何やら(ざわ)めきが聞こえ始めた。


「……何だ?」

「来たみたいやな」


その(ざわ)めき――落伍者たちの喧騒はあっという間に近づき、それを引き起こしていた存在が姿を現した。


武装した『ガショメズの一団』だった。

正確に言えば武器こそ所持していないものの、末端の膨らんだ四肢は明らかに兵装をコンシールしており、太い関節はアクチェータ出力の高さを窺わせる。明らかにこの場に不釣り合いな集団。


一体何をしに来たのか?

周囲の視線が集まる中、その武装集団はゼロバッドの前に集まると一斉に片膝を突く。


「「「お待たせいたしました」」」


彼らは『親衛隊』だった。

ルンブルク商会ではなく、ゼロバッドが個人的に雇っている"私兵"達。


「急に呼び出して悪いなぁ」

「とんでもございません。して今回のご用向きは」

「あぁ、それやけどな。実はこの兄弟が引っ越ししたいらしいねん。"丁重"にお手伝いしたってくれるか?」

「拝命します。引っ越しのお手伝いを、"丁重"に」

「な……何を言って――」


親衛隊は一斉に立ち上がると、そのまま『引っ越ししたい兄弟』の元へ殺到する。

そして"丁重"に担ぎ上げると、広げられていた商品の一切も回収し、後に何も残さずエッホエッホと運び始めた。


「な、何しやがる! 放しやがれー!」


運ばれる当人(?)は全力で対抗していたが、サーボモータの出力差はどうにも出来ない。そのままエッホエッホされていった。

それを見届けると、ゼロバッドはスペースの開いた"指定席"へとどっかりと腰を下ろす。


「よっこらせ」


そして両隣の露天商に笑顔――(モノアイ)をピカピカさせて――で挨拶をした。


「ま、よろしゅう頼むで!」

「ひっ!」


ガショメズは体を機械で構成している。

故に使用しているパーツの性能や金額から、ある程度の経済力や社会的地位を推し量る事が出来た。

そしてゼロバッドは倉庫に赴いた際、高額な拡張パーツの類は取り外して置いて来てある。だから見た目だけで言えば、サトゥーの前世的に言う『オンラインゲームの初期アバター』のような格好になっていた。外見に限れば周囲の落伍者とそう大差は無かったものの、だからこそ逆に周囲の目には恐ろしく映った。


「に、逃げろ!」

「うわぁぁぁぁ!」

「お、俺は何も売ってないぞ!」


近くの露天商たちが片足を引きずりながら、あるいは這いながら一斉に逃げだして行く。そんな後ろ姿を見ながら、ゼロバッドは不満げに呟いた。


「何や情けない……根性無しばっかりや」


突然現れた得体のしれない相手に生殺与奪権を握られる。

それは確かに恐ろしい事だろう。だが折角『尋常でない相手』と"物理的に"お近づきになれたのだから、これ幸いと人脈作りに勤しまなくて何が商人(ガショメズ)か。リスク無くしてリターンなど有るものか。


「ワイの若い頃なら真っ先に『伝票の仁義』申し込んどったで。

 今日は大サービスで、されたんなら受けたろう思っとったのに……まったく最近の若いもん(※製造番号)は向上心が無くてダメやな!」


そうボヤきながら、ゼロバッドは頭部にある超小型ファンを動かす。

それは空気中を漂っていた化合物の残留物質を吸い込み、内部の分子識別装置で成分を検出し始めた。


つまり『嗅覚』である。


「カビとサビとホコリに……生命体の分泌物と、発酵と腐敗による生成物。まったくここは変わらんなぁ……昔を思い出すで」


嗅覚が昔の、ゼロバッドの古い記憶を呼び覚ます。


かつてはゼロバッドも、この吹き溜まりの住人に過ぎなかった。

(※当時は別の(フレーム)なので製造番号が【0BAD】ではない)

だがゼロバッドは成り上がった。

ゴミを拾って売り、モノを盗んで転売し、金の為ならば何だってやった。

そして見事に吹き溜まりから脱出すると、小さな会社を立ち上げ、買収される形でルンブルク商会の末席に名を連ね、出世競争を勝ち抜き、今はその頂点に上り詰めている。


その強烈な『成功体験』が、今のゼロバッドという自我(エゴ)を形成していると言って良い。そしてその向上心は未だ満たされていなかった。


(ワイは更に"上"を目指すで……!

 確かに今回の、十人委員会からの干渉は『ちょっとした』痛手や……。せやかてローディエルの利益を全員で分け合えるとは思えん。必ず"(あぶ)れる"やつが出来る。それを考えれば、人脈(コネ)を作れてるウチの優位がそこまで揺らいだ訳やない……。

 あいつらホンマ、『DIY計画』が成功したら覚えとけや!!)


ゼロバッドは時折、露天商としてこの『始まりの場所』に戻って来る。

それは初心を忘れない為であり、己の原点に立ち返る為であり、満たされない野心を確認する為の、言わば大事な"儀式"だった。


(まぁ、それはそれとして――)


あとはストレス解消の為。

バカを言いくるめて不良品を売りつけるのは楽しいからね。


ゼロバッドは床の上に布を広げると、運んできた"商品"を並べた。


「――さぁ、悪くない(Not bad)商店オープンや!

 はい、並んだ数字がまずひとつ! 物の始まりが(ヒツ)ならば、菌の始まりがオピストコンタ、ガショメズの始まりがポリケータ!」


そして声を張り上げて客引きを始めた。

兎にも角にも衆目を集めなければ商機も無い。『啖呵売り』と呼ばれる手法だった。


「統合グリッド知性の始まりがI-WAYなら、標準化機構の始まりがISO668! 始めばかりで話にならない。続いた数字が(フタ)ならば、兄さん寄ってらっしゃいカブにたっぷりジアシスタ-ゼでサンキチ通るミルキーウェイ、憎まれ商会が独占禁止法! ニッキとシナモン成分検出の憎まれ役! 続いた数字が(ミツ)ならば、どう? 曲がったこのジャイロスコープ、ね? 三、三、六歩で補正がない、姿勢で落ちたかミジマの衛星! 衛星ばかりが軌道じゃないよ、ヨジマはグレートウォールの門前で、かのスモール・シティ・ビューティが33年エンジンオイル未交換で落とした船が33機! とかく3という数字はあやが悪い――」


啖呵売りをしているゼロバッドの目の前の通路――というより通路の端に腰を下ろしているのだが――には、それなりの往来がある。


本来『ああああああステーション』内で商売をする為には、ルンブルク商会から営業許可を取らなくてはならない。

"メインストリート"の方の店舗はその辺りを守っているが、『吹き溜まり』の露天商達は違った。そのほぼ全てが無許可の、つまり違法営業を行っている。


しかしルンブルク商会――ゼロバッドは敢えて、それを見逃していた。

コストを掛けて取り締まったところで見返りは乏しく、下手にステーション各地に散られるより、意図的に設けた"グレーゾーン"に集まってもらった方が監視も楽。それに"アングラ"なエリアでは"アングラ"な商品が扱われる様になる為、それ目当ての集客も期待する事が出来る。何より己が身を立てた『原風景』を残しておきたい、『第二の自分』が出て来て欲しい――そんな個人的な感情も含まれていた。


「続いて排熱しちゃおう!

 このブラックボックス。色が黒いか黒いが色か、機密が黒くて食いつきたいが、わたしゃ頻度分析で歯が立たない。色は黒いが味見ておくれ、いくぜ最新の線形解読! 暗号関数の非線形性を利用した、入出力の統計的な関係色が――ん?」


ふとその時、ゼロバッドの視界にとある存在が映った。

何か探しているのか、辺りをキョロキョロと見回しながら歩いている『小柄なヤウーシュ』が。


ヤウーシュはバカなので、簡単に丸め込める。

それに反抗されたところで、小柄な個体は大抵が卑屈なので『親衛隊』を使えば脅す事だって出来るだろう。


"お客様"決定である。

ゼロバッドは口上を中断すると声を掛けた。


「そこのヤウーシュの旦那!

 あんさん運が良いでぇ、今日は特別にお得な一品があるんや!」

啖呵売たんかばい

かついて縁日や露天商で行われていたマーケティング手法。またはそれをやる人。

流れるような口上で客を楽しませ、バナナや包丁など在り来たりな商品を販売する。店頭での実演販売や通販番組での『ギコギコはしません。スゥー(ギコギコ』などは現代に適応した啖呵売と言える。

落語『ガマの油』や映画『男はつらいよ』の作中シーンなどが有名。

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― 新着の感想 ―
こんなところでISO国際規格に出くわすとは... 古すぎてカビの生えた売り文句だな!
いやぁ、最後に銀河万丈の次回ナレーションを聞ける?とは(笑) 最低野郎 風 素晴らしいです
サトゥーは押しには弱いけど騙されやすいわけではないような。ここは押して押して押しまくるのが吉かと。ついさっきもアレ買わされてたし。
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